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第11話 ガストンのアイデア

 フランソワとすっかり意気投合したマリーゼは、2人で街中を闊歩(馬車で店の前まで行く)している。


様々なお店の商品を購入して、ホイットニー店を躍進すべくアイデアのヒントを盗もうと日々研鑽していた。


ところが、このセコいマリーゼの考えが、思わぬ効果を産み出す。


「あらららら?久しぶりに、アンティーク街に来ましたけど、皆さん、あなたの噂をしているようですわ」


「おほほはほっ、いつもの事ですわ。気にしたら負けです。それにフランソワ様の噂かもしれませんわよ」


そう、2人の耳には、悪役令嬢が~と言うように自分達の噂をしてるらしいことには聞こえている。


だが、どんな噂をされているのかまでは聞き取れなかった。


「また、うちの領地の悪役令嬢が、うちの商品を買ってくれたんだ」


「こんな小さな店の事も気にかけてくれて、そんじょそこらの悪役令嬢じゃないね」


いつの間にかマリーゼと相棒のフランソワまで、悪役令嬢があだ名のように呼ばれるようになっていた。


しかも本人達は悪役令嬢と悪口を言われていると信じて疑わないが、ある一部の小さな店からは、人気のある2人であった。


◇◆◇


「まあ、なんて怪しいお店なのかしら」


マリーゼは、馬車の窓から見えた明らかに怪しい店がまえの店の前に、馬車を停めた。


「私こんなお店に入るのは、初めてですわ」


フランソワは、マリーゼの腕にしがみつき後を付いてくる。


店の中は薄暗くて、やはり怪しそうで不気味。


戸棚には、ガラス瓶に入った赤や青、緑の液体が並べてある。


「どんな怪しいお店でも、入ってみないと分からないじゃないですか」


怖がるフランソワとは対称的に、マリーゼはワクワクしているようだ。


「怪しい店で、悪かったな」


店の奥から店長らしき男が顔を出した。


髭面のむさいおじさんである。


「怪しくても、お気になさらず。むしろ望むところですわ」


マリーゼなりに、気を遣ったつもりなのだが。


「気にしてねえよ。むしろあんたらが口に気を付けろ」


さすが、むさいおじさん、悪役令嬢をものともしませんわ。


「それで、ここは何のお店ですの」


フランソワが、キョロキョロと回りを見回した。


「何だ、魔法薬か魔法道具が必要で来たんじゃないのか」


店長は久しぶりの客かと思ったのにと、ガクッと肩を落とす。


そんなあからさまに肩を落とす方を初めて見ましたわ。


「私、汚れない服を発明したのですが、何か面白い魔法道具があれば買いますわ」


マリーゼは魔法道具については、日常生活でも使っていたが、専門店に来たのは初めてなのでワクワクしている。


「なんだその道具は。便利だな。汚れてから、汚れを落とす魔法道具はあったんだが」


おじさんは、何を売り付けようかと悩み始める。


「まだアイデアの段階なんだが、話しても横取りしないと誓えるか?」


おじさんは、何か凄いアイデアを持っていそう。


「悪役令嬢の名にかけて誓うわ」


マリーゼは、小さな胸をどんと叩いた。


「悪役令嬢の名にかけられても困るんだが、まあ嬢ちゃんも、自分のアイデアを教えてくれたしな」


「お願いしますわ」


マリーゼのドキドキ、ワクワクが止まらない。


「包帯を使って、皿や壺を包むフタに活用したいと考えているんだ」


おじさんは、内緒だぞと、小声で話し始めた。


「包帯をフタに?」


2人は顔を見合わせて、予想以下のアイデアにガッカリしてしまった。


「おい、なんだその顔は。普通の包帯じゃないぞ」


「普通じゃない?魔法道具ですの?」


フランソワは、一生懸命なおじさんの話にのってあげた。興味はないけど。


「隣国では、透明の紙をラップと呼んで、患者の包帯に使っているんだ」


「ラップですか?初めて聞きました」


マリーゼは、隣国の道具と言われて興味を引かれた。


「傷口を押さえて、薬も布のように染み込まず、肌にピッタリくっつく」


おじさんが奥から、ラップと呼ばれる道具を持ってきた。


木の筒に半透明の紙が何重にも巻き付いているように見える。


やはり始めてみる道具だ。


「こんな道具、初めてみましたわ。でも、話を聞く限り、包帯として役立っているようですけど」


フランソワは、何故他の用途に使う必要があるのか分からなかった。


「いいえ、一つの道具から他の用途を探す。それが新しいアイデアや道具を生み出すヒントになるんです。素晴らしいですわ」


「ほお、よく分かってるじゃないか」


おじさんは、今初めて見るようにマリーゼの顔を見直した。


「それでは、早くフタをして見せて下さいませ」


マリーゼは、新しいアイデアも自分の知らない新しい道具も大好きだ。


「おお」


おじさんは、奥から砂糖漬けの果物が入った壺を持ってきて、カウンターの上に置いた。


「フタを取って、代わりにラップを掛ける」


おじさんはハサミで、壺より一回り大きくラップを切ると、壺の上に掛けた。


おじさんがラップと読んでいる透明の紙を、壺の上にのせただけである。


「ふ~ん、それだけですの?」


マリーゼは時間の無駄だと言わんばかりに、つまらなそうに、ラップがのった壺を見た。


「うっ、まだアイデアを考え付いたばかりで、この後が大事なんだよ」


おじさんは、明らかにアイデアに煮詰まっている様子だった。


「さっき、肌にピッタリくっつくとおっしゃっていましたけど、壺にはくっつきませんの?」


マリーゼが、壺にのせたラップの端を手で包んで、ツボに押し付けた。


「なっ、俺もラップの用途を聞いた時に、壺に引っ付くと思って考え付いたんだが、ラップに張りがあって分厚いんだよな」


おじさんは、半ば諦め掛けていたアイデアを、捨てられずにいた。


「今はまだ考え付きませんが、私が解決できたら、共同開発者として版権を半分、バランティノにも分けて下さいな」


マリーゼは自分でもずうずうしいなと思う条件を出してみた。


「バランティノ店の有名な悪役令嬢だったか。聞いてるのと実際に会うのでは大違いだな。でもバランティノに売られたら、うちの店に客なんて来なくなっちまうよ」


おじさんは、そんなの不当だと訴えている。


「では、バランティノのラップの売上から10%をお支払い致します」


マリーゼは、実は最初から版権だけを貰うのは難しいだろうと考えていた。


「俺のアイデアなんだ。20%だ。これ以上は譲れない」


「あなたも、おっしゃっていましたわよね。バランティノに売られたら、売れない。つまりバランティノだから売れますの。


それに、この状態では、まだ商品とも呼べませんわ。15%で」


「分かった。その通りだ。15%でいい。アイデアが浮かんだら頼む。俺の名はガストンだ。よろしく頼む」


「バランティノ男爵の娘、マリーゼですわ」


「私はアレグレット侯爵家の娘、フランソワですわ」


長いこと話し込んでいたが、3人はやっと名前を名のって、挨拶を交わして、2人は店を後にした。


◇◆◇


「確かに面白い商品だけと、どう解決すればいいのかしら」


マリーゼは部屋に数日こもり、ラップの筒をくるくる回して眺めていた。


「おいおい、誰が可愛いマリーゼを、部屋にこもらせて悩ませているんだ」


シスコンのヨーク卿が、数日部屋にこもっているマリーゼを心配してやってきた。


「お兄様、いいところにいらっしゃいましたわ」


マリーゼは、アイデアに窮すると、いつもヨーク卿に話を聞いてもらっている。


そして不思議な事に、ヨーク卿と話すとアイデアが浮かぶのだ。


「よし、僕がマリーゼの好きなケーキを買ってきたから、お茶をしながら聞いてやろう」


ヨーク卿はテーブルに付きながら、持ってきたケーキの箱を侍女に手渡した。


「さあ、では、可愛いマリーゼを困らせている原因を、聞かせてもらおうか」


ヨーク卿は青く美しい瞳でウインクしながら、マリーゼの話を促した。


「実は街中を通った時に見付けた店で、隣国で使われてるラップと言う包帯の役割をしている道具がある事を知りましたの」


マリーゼは、ガストンから半ば強引に預かってきたラップを、テーブルの上に置いた。


「ほお、これを包帯に。便利だな。何が問題なんだ」


ヨーク卿は、一目見ただけで、ラップが包帯として充分な機能を果たしていると理解したようだ。


「実はこのラップを┅┅クロエ、ハサミを引き出しから出したら、休憩してきていいわ」


「かしこまりました」


新しくマリーゼの侍女になったクロエは、ハサミを引き出しから取り出して、テーブルの上に置くとお辞儀をして部屋の外に出ていった。


「新しい侍女か。まあ、アンの事もあったから、気を付けろよ」


信頼していた侍女に裏切られるのは辛い。でも、部屋から追い払ったのは、辛い思いをしたくないからではない。


マリーゼもアイデアを出して物を作るのが好きだから、アイデアは人に知られてはいけないと身に染みている。


マリーゼは、万が一にもガストンとの約束(ラップを秘密にする)を破るわけにはいかないと思っている。


それには、慎重に物事を進めなくてはいけない。


「はい。それで、このラップを砂糖の入ってる容器の大きさにあわせて切って、フタをします」


気を取り直して、マリーゼがラップを切り、砂糖の容器にのせた。


「フタにはなってないが」


「さすがお兄様、それです」


「どれ?」


ヨーク卿が、おどけて辺りを見回した。


「もう、お兄様。そのラップを食べ物を保存する為に、フタにしたいのです」


マリーゼは、簡単にガストンとの経緯を話して聞かせる。


「このラップは、薄く出来ないのか?」


「薄く?」


「分厚くて包めないように見えるぞ。軽く静電気が起きてるが、薄めると、もっと引っ付くと思わないか」


ヨーク卿は、砂糖の容器の上にのせたラップを自分の手のひらにのせて、具合いを確かめている。


「まさか、ラップ自体の形態を変えてしまうなんて考えてもみませんでした」


「いや、マリーゼなら僕が言わなくても、近いうちに同じ答えにたどり着いたと思うよ」


ヨーク卿は、ラップをマリーゼに手渡して、椅子から立ち上がった。


「何かあれば、いつでも相談しておくれ。またな」


ヨーク卿は、これからマリーゼが、忙しく動き出す事が分かっているように、部屋から出ていった。


「お兄様、いつもありがとうございます」


さあマリーゼ、お兄様にここまでお膳立てしてもらって、あとはラップを薄くして包めるようにするだけ。


きっと簡単じゃないだろう。


でも失敗する訳にはいかないわ。

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