第10話 悪役令嬢軍団
侯爵家パーティー翌日
さあ、今日のホットラブの暴露記事には、私の侯爵家パーティーデビューと、パールコート事件が出ているはずよ。
ホイットニー商団と私の評判は、切っても切り離せませんからね。
つまり、私の評判も良くなるはずだわ。いいえ、うなぎ登りね。ホホホホホホ
「どれどれ」
マリーゼは使用人に頼んで買ってきてもらったホットラブ暴露記事を手に読み始めた。
【さすが世紀の悪役令嬢マリーゼ様
自分よりも身分が上の伯爵令嬢であらせられるスワンドロ嬢のドレスにワインをぶちまけた。
最後には自分のドレスにも、ワインをかける奇行に走った。
正気の沙汰ではないと思ったら、新発売されたパールコートと言うホイットニー商団の汚れないドレスをアピールする為だった。
他の令嬢のドレスは汚れるが、自分のドレスは汚れないと、証明して見せたのだ。
しかもそこは侯爵家のパーティールーム。
男爵家は風前の灯である】
「┅┅」
何をやっても、悪役令嬢は無駄ですわね。トホホ。
それでも、パールコート▪ドレスショップと名前を改めたホイットニー商団の店には、連日人が押し寄せてきて大盛況だ。
◇◆◇
侯爵令嬢フランソワに、注文を受けていたドレスが出来上がった。
ホイットニー商団の者と挨拶も兼ねて、侯爵家を訪れる。
「フランソワ様、お待たせ致しました。こちらがご注文のドレスでございます」
フランソワの好みで、宝石とレースをたっぷり使用した豪華なドレスを広げて見せた。
「こんなに早く作って頂けて嬉しいですわ。また追加で注文したいので、商団の方は私の侍女に希望を聞いて頂けるかしら?」
「ありがとうざいます。それでは失礼致します」
商団から来たホイットニーの店の者は、新たな注文を頂けると機嫌よく部屋を出ていく。
う~ん。他の者を下げさせて何の話かしら?
嫌な予感がしますわ。
考えすぎかしら?
「その間にマリーゼ様は私とお茶をしながら、お喋りでも致しましょう」
「はい、喜んで」
マリーゼは気持ちとは裏腹の極上の笑顔を見せた。
◇◆◇
「実は私、マリーゼ様が嫌いでしたの」
パチクリ
いくら侯爵令嬢だからって、何をおっしゃいますの。
フランソワの突然の嫌い宣言にマリーゼは、頭をフル回転させて返事を考えた。
「私はフランソワ様が好きですわ」
「あらららら、どうしてかしら?」
フランソワの問いに、マリーゼはニッコリ笑ってから答える。
「それはフランソワ様も私と同じ悪役令嬢と呼ばれいらっしゃると知り、親しみのようなものを感じたせいかもしれません」
「まあ、同じですわ」
「えっ、何が」
フランソワの予想外の言葉に、マリーゼは素で返してしまった。
「実は私も マリーゼ様が、私よりも有名な悪役令嬢だと知り、いつの間にか親近感がわくようになりましたの」
これは、フランソワの本当の言葉なんだろうとマリーゼは思った。
マリーゼは、同じ悪役令嬢と噂される者同士に感じる以上の何かを、フランソワに感じていた。
「フランソワ様が、私と同じくらい有名だと知った時は驚きましたわ」
「やはりそう思われていたのね?私、今ではマリーゼ様を尊敬しておりましたのよ」
「それは、私もですわ」
「よかった。ですので、今はマリーゼ様の事が嫌いではありませんのよ」
「私は、フランソワ様とは、誰よりもお話が合うんじゃないかと思っていましたの」
フランソワはマリーゼの言葉に、悪役令嬢として人々から陰口を叩かれた日々を思い出して、しんみりとしてしまう。
「今回はパールコートのお陰で男爵家もマリーゼ様も救われたけれど、今後も悪役令嬢と呼ばれて後ろ指を指されるでしょう」
「分かっております」
「けれど、背中を丸めてはダメですわ。背筋をピンと張って颯爽と歩いてこその悪役令嬢です」
フランソワは手に持っていた豪華な扇子をパシッと片手に叩いた。
「あの私は別に、悪役令嬢を目指したことはないのですが」
「あらららら、悪役令嬢も悪くなくってよ。少なくとも皆から注目を集められない人間に、そんなレッテルは貼られませんわ」
フランソワの言葉は、真実だと思う。
若く美しい貴族の娘であるマリーゼとフランソワだからこそ、悪役令嬢と噂されるのだろう。
「今後、何かあれば私が力になりますわ。悪役令嬢には、侯爵家位の後ろ楯がなくてはね」
フランソワは、チャーミングにウインクをした。
「ありがとうざいます。凄く嬉しいですわ」
マリーゼは心強い味方を得て、満足感に浸っていた。
「じゃあ、これで悪役令嬢軍団の結成ですわね」
(え?軍団┅┅悪役令嬢軍団か。まあ、悪くないわね)
フランソワも、子供の頃からイタズラ好きで我儘お嬢様と呼ばれていた。
今では侯爵家の悪役令嬢と噂されているが、実は彼女が罪のない人を、いじめているのを目にした者はいない。
勿論、噂は山程流されているけれど。
「ところで、悪役令嬢軍団というからには、他にもお仲間がいらっしゃるのでしょうか?」
「私とマリーゼ様の2人だけですわ。悪役令嬢ってあだ名を付けられる貴族令嬢なんて、滅多におりませんのよ」
「┅┅┅そうですわね」
(嬉しくないですわ)
「そう言えば、フランソワ様は、ホットラブに暴露記事を書かれた事はございますか?」
「私には文才がないので、記事を投稿するなんて考えたこともありませんわ」
マリーゼは、男爵家の使用人にホットラブ暴露記事を一誌だけ購入させて、バランティノ男爵家やマリーゼの事が書かれている時にだけ、部屋に運ぶように言い付けてある。
他の暴露記事についても、時々購入して読んでいる。
他人の書いた記事では、自分の記事の参考にはならない。
自分の書く記事は、自ら歩いて人に聞いて回って、初めて書けると思っている。
そうしなければ、人の真似で終わってしまう。
けれど、昔読んだ沢山の記事で心を救われたことをマリーゼは忘れたことはなかった。
マリーゼも自分の書いた記事で、幼かった頃の自分と同じように、心が救われる人がいたらと思っている。
勿論、暴露記事なので暴露される相手はたまったものではないだろう。
「マリーゼ様、ところで悪役令嬢って何なのかしら?例えば自分の邸の使用人達とか弱いものを虐めるのは嫌なんですけど」
「そうですわね」
「悪役令嬢軍団として、日々、研鑽を積む必要があると思いますの。どんなことをすれば、悪役令嬢として高みを目指せるのかしら?」
フランソワが真剣な顔で、とんでもない事を言い出す。
「えっ、それを目指すんですか?悪役令嬢と言われなくなる事を目指すのでなくて?」
さすがのマリーゼも、フランソワのぶっ飛んだ思考には、驚かされてばかりいる。
「あらららら。私は悪役令嬢は、貴族令嬢の一つのステータスだと思っておりますわ」
「ふふふ。そうですね。では、ここで問題です。
例えば、ホイットニー商団で買い物をする時に、赤いドレスが一着しか無くて、自分も欲しいのに、他の方が購入しようとしてたら、どうされますか?」
「譲って差し上げますわ」
当たり前でしょ、とフランソワは正解を確信している。
「私もそうします」
「そうですわよね」
「それじゃあ、ダメなんです」
「え?」
「悪役令嬢を目指すんですよね?だったら、その赤いドレスを奪う┅┅事は出来ませんので、お店の方に同じもの、もしくは、それ以上の赤いドレスを用意させるんですわ。期日に間に合うように」
「でも、お店の方に悪いのではなくて?」
「そこが悪役令嬢のポイントなんです。
在庫がないドレスを無理矢理注文するのは、一見酷いと思われますが、実際には、店はドレスが無くなったら、仕入れるか作るかして新しいドレスを用意するものなんです。
だから、在庫の無いお店も、一見無理を言ってるお客さんも双方得をしているってことなんです」
マリーゼはドヤ顔で、話を終わらせた。
少し興奮気味に。
「さすがですわ」
こうして、どうしたら悪役令嬢として人に迷惑をかけずに、研鑽を積めるかと言うどうでもいい話に花が咲いた。
頭がお花畑の2人の元に、王国から悲惨な戦地の話が聞こえてくるのは、もう少し後になる。