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4/一日の終わり

 空がだんだんと暗くなり始める。この裏庭は北側にあるから、沈む夕日を見ることはできない。

 ボロボロになった的を片付けていると、ザクザクと土を踏みしめる音が近づいて来た。

 振り返ると、黒いワンピースを揺らしながらメロンが裏庭へとやって来ていた。


「モルガーナさま、今日も一日お疲れ様でした」


 夕方。メロンが迎えに来ると、今日もまた一日が終わるという実感が湧く。


「ありがとうございます。メロンも今日一日お疲れ様でした」

「いえいえ。っと、それは……」


 わたしが手にしていた的に気がついたメロンは、興味深そうにそれをじっと見つめる。


「モルガーナさま。その丸いの、随分とボロボロですけど」

「ああ、これですか。魔法の稽古に使用していて。ええと、これを魔物だと思って攻撃するんです。何度も使用しているので、そろそろ作り直さないといけませんけど」


 そうなんですね、と言うとメロンはそわそわとした様子でわたしと的を見比べる。何度かそうした後、メロンはよし、と頷いてわたしに視線を向けた。


「モルガーナさま。私、その魔法見たいです!」

「——はい?」


 メロンが魔法を見たいと言うのは初めてだった。


「それは、ええと、構いませんけど。その、うまくできるかどうか」


 ちら、とテイルに視線を投げる。

 テイルは興味がないのか、わたしから離れて崖の下を見下ろしていた。

 まあ、好きにしろということだろう。


「分かりました。それじゃあ、少しだけ」


 そう言うと、メロンはぱっと明るい表情を見せる。


「やったあ! モルガーナさまの魔法、一度見てみたかったんですよね。神父さまもシスターたちも、訊いても詳しくは教えてくれなかったし」


 それはそうだろう。

 水と氷を操るだけ。治癒魔法も完璧には程遠い。

 魔法が使えないニンゲンたちから見ても、わたしが平凡、いや、それ以下なのは明らかだった。

 的を枝にかけて、少し距離を取る。

 メロンはわたしから少し離れたところでじっとその様子を眺めていた。

 魔道具を編み出すと、メロンはわあ、と声を漏らす。どこか期待に満ちたその声に、少しだけ後ろめたさを感じてしまう。大した魔法を使うわけじゃないから。


「魔力固定」


 杖を持ち上げて、氷刃を周囲に展開する。


「——確定(セット)射出(ゴー)!」


 きちんと詠唱をしたおかげで、氷刃たちは全て的に突き刺さってくれた。

 安堵のため息を吐いていると、パチパチと手を叩きながらメロンが駆け寄って来る。


「すっごい。すごいです、モルガーナさま! これなら魔物も一撃ですね!」

「一撃、とはいかないと思いますけど。けど、ありがとうございます」


 本来なら褒められるような魔法ではないのだが、それでもこうしてキラキラとした眼差しを向けられると少し嬉しい。


「ああでも、教会には魔物や魔人は近づかないんでしたっけ。じゃあ、実際に使用することはないのかなあ。けど、もし何かあってもモルガーナさまがいれば安心ですね!」

「安心してはいけませんよ。魔物はともかく、魔人は神出鬼没という話ですし。そうでなくとも、もし何かあったら、速やかに安全そうな場所に避難してくださいね。わたしにできることなんて、何もないんですから」

「そんなことありません!」


 自分で思っていたよりも大きな声が出たのか、メロンは慌ててすみませんと口にする。


「でもでも、モルガーナさまにできることがないなんて嘘です。だってモルガーナさま、魔法が使えます。私にはよく分からないけど、それってやっぱりすごいことですよ。それに、いつもみんなに親切にしてくれるじゃないですか。良い子でいるじゃないですか。不満一つ口にしないし、欲しいもの一つねだらないし。それに」


 それに、とメロンは少し俯く。


「私、知ってます。気がついてました。モルガーナさまが、シスターたちに悪口言われてるの」

「悪口なんて、そんな」

「いいえ、あれは間違いなく悪口です。良くないですよね。シスターたちが救世主さまを信じないで、あることないこと言って。それでも、モルガーナさまはなんにも言わないで、そんなシスターたちにもにこやかに、親切に接して。そういう風に居続けるのって、きっとすごく難しいことなんです。誰にでも親切にって、私にはできません。私だったら殴っちゃいますもん」


 えへへ、と舌を出しながら、冗談めかしてメロンは言う。


「それでもそうしないで、優しく居続けることを実行できるモルガーナさまはすごいです。優しくするってことができてるじゃないですか」


 それはただ、そうするしかないだけのこと。親切に優しく、そう在れと望まれただけのこと。けれど、その望みに応えることができているのならよかったと思う。

 きっと特別褒められるようなことではないはずだけれど、それでもメロンはそれがわたしにできることだと言ってくれた。できていることがあると言ってくれた。

 その言葉は、素直に受け取らなければ失礼だろう。


「……ありがとうございます、メロン」

「いえいえ。お礼を言われるようなことは言ってませんよ。あ、もう真っ暗になっちゃう。みんなが待ってます。行きましょう、モルガーナさま」


 早く早く、とその場で駆け足を始めたカノジョに頷いて、足早に裏庭を去る。


「にゃあ」


 わざとらしい鳴き声を出しながら、テイルが肩に飛び乗ってきた。

 生活棟の窓からは明かりが漏れている。今頃みんな、食堂でわたしたちを待っているのだろう。

 正直帰りたくない。けれど、帰る場所は他にない。

 それに、せっかくメロンが褒めてくれたのだ。


「——よし」


 親切なヒトでいられるように気合を入れる。

 これからもそう在れるように、頑張らなくては。

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