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35/考察

 テイルと共に、礼拝堂へと入る。

 グラフォさんは奥。長椅子に身体を預けて、こちらに顔を向けていた。


「こっちだ」


 呼ばれて、近くへと向かう。グラフォさんはぽんぽん、と自身の隣を叩いて、わたしにそこに座るように促した。

 そうして、はあ、と息を吐いてゆっくりと話し始めた。


「俺は昔、ステラ各地を巡っていた。だから主教の正しい予言も知っているし、かつてこの世界に何が起きたのかも知っている。救世主カルミアの末路の真実もな。全てを記録することが、俺が魔法使いとして生まれた意味なのだと、そう思っている」


 グラフォさんは右手を軽く持ち上げた。そこに、おそらくはグラフォさんのものであろう魔力が集中していく。やがて現れたそれは、なにやら四角い形をしていた。

 一体何なのだろうかと見つめていると、グラフォさんはわずかに口元を緩めた。


「お前は見たことがないだろうな。いや、お前どころかこの世界に住むニンゲンのほとんどが目にしたことがないはずだ」


 グラフォさんは四角い何かを、少しだけわたしに近づけて見せてくれた。


「これは本だ。俺の魔道具は杖ではなく、本の形をしていた」


 そう言うと、グラフォさんは本と呼んだそれの表面を摘んで開く。中には綺麗な、薄く白い紙が大量に挟まれていた。それらには、これまでに見たことがないほどの大量の文字がびっしりと記されている。ところどころに知っている単語は見受けられるが、繋がった文字列の意味を理解することは難しい。そもそも本とやらに触れたことなどないし、商売目的以外に文字が利用されているのを見るのも初めてのことだった。


「たくさんの紙と文字で構成されたこれには、俺がこれまで見たこと、知ったことが記録されている。本当は読ませるのが一番いいんだろうが、それでは時間がかかりすぎる。今必要であろうことだけを、語ることにしよう」


 グラフォさんはぺらぺらと紙を捲ると、とあるところでその動きを止めた。そうして、どこか憂鬱そうな表情で口を開いた。


「まずは、ステラについて知っておくべきだろう。この世界を救うというのに、この世界について知らないのでは問題がある。お前も、そう思うだろう?」


 グラフォさんの言う通りだろう。本物の救世主とメルリヌスさんに言われ、実際そのように在りたいと考えている。そうしてステラやそこに住むヒトビトを救うことになるのだとして、実際にそれらについてわたしは知らないことが多すぎる。

 素直に頷くと、グラフォさんは続きを語り始めた。


「この世界にはな、かつては学者と呼ばれる存在がいたんだ」


 カレらは文字を使い、道具を使い、頭を使い、この世界に存在するありとあらゆる事象を解き明かそうとしていた。

 けれども今、学者と呼ばれる存在はもういない。


「今から六百年ほど前のことだ」


 星暦九百年の頃。学者たちはとある大発見をしたのだという。それは、ステラの外には別の世界が広がっていること。ステラが星と呼ばれる、外の世界の土台となるものの内側にある世界だということ。ただそのステラにも、外の世界と同じように星と呼ばれる土台となるものがあるはずだということ。

 カレらは、主教に伝えられている外の世界が実際に存在することを見つけたのだ。

 ところがカレらはそれを発表することなく、この世から消えてしまった。いや、アステールの手によって殺されてしまったのだと言う。


「外の世界の存在とこのステラについて解き明かした学者たちは、まず真っ先にアステールさまにその事実を確かめに行った。そこで、カレらは殺されてしまったのさ」


 それは、つまり。


「ああ。学者たちの発見したことは、アステールにとっては隠したい事実だったのだろう。俺が考えるに、おそらく隠したかったのは外の世界の存在ではない」

「じゃあ、何について」

「ステラについて、だ」


 学者たちが解き明かしたのは外の世界が存在することだけではない。グラフォさんにその内容が伝えられる事はなかったが、カレらはステラそのものについても何か発見をしたのだ、と語っていたという。


「知ってはいけないことを解き明かしてしまったのだ。だから、アステールさまは学者たちを殺した。二度と同じことが起こらぬように、これ以上の学問を禁じた」


 だからって、殺していいわけがないだろうに。


「けど、そうまでして知られたくなかったことって、一体なんなんでしょうか」


 なんとなく。なんとなくだが、頭に浮かぶ答えはある。

 それはメルリヌスさんの発言だったり、今聞いたグラフォさんの話から想像したこと。あくまでも、想像でしかない。


「……この世界そのものが、外の世界の模倣品なんじゃないか。俺は、そう推測している」


 グラフォさんの答えは、わたしが想像していたものと同じものだった。


「それが事実かどうか、確かめる方法は俺たちにはない。だが、そうだとすればアステールさまの行動にも納得がいくんだ。考えてもみろ。仮にこの世界が外の世界の模倣品だったと知ったら、民たちはどう思う。ああ、中には何も思わぬモノもいよう。だが、だが——」


 結局は偽物だった。世界もニンゲンたちも、全てが作り物で模倣品でしかなかった。それは、自分自身の存在を否定されたような気になるだろう。自分自身の存在も、結局は何かを真似て作られたものでしかない。結局それは、偽物でしかないのだから。


「お前と共にやって来た二人。あれらは外の世界からやって来た存在なのだろう。予言にあるお客さま。それが、あの二人なのだろうからな」


 グラフォさんの言葉に頷いて、肯定の意を示す。グラフォさんは、そうだろうな、と淡々とした口ぶりで頷いた。


「メルリヌスは初めて会った時、アステールさまを倒すと言っていた。その真意は知らん。何が本当の目的なのかも俺には読み取れん。ただ、それでもお前に言っておきたいことがある」


 真剣な眼差しで、グラフォさんはわたしを見つめる。


「——あいつらのことを、本当に信用していいのか?」


 グラフォさんの問いは当然のものだ。外の世界からやって来たよく分からない存在。おそらくはこの世界が何なのかを知っている存在。そして、この世界の王であるアステールを倒そうとしている存在。

 そんな人たちを、信用するのかとグラフォさんは訊いている。

 分からない。わたしには、何も分からない。

 メルリヌスさんのことは好きだ。それは、一緒に過ごした時間が嫌な時間ではなかったから。メルリヌスさんはわたしのことを普通の女の子として扱ってくれたから。ただの、モルガーナとして見てくれていたから。

 烏兎のことはよく分からない。それでも、彼女が悪人ではないことだけは分かる。彼女をどうにかしたいと思ったのは、わたしの本心だ。

 あの二人を信用すべきではないのかもしれない。それでも、疑うことはできても、嫌いになることは到底できそうにもなかった。


「二人が何を考えているのかは、分かりません。それでも、わたしは二人を信じたいです」


 疑いの気持ちはある。それでも、信じたいという気持ちを捨てることはしたくなかった。

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