8・長い今日が終わる。(終わらない)
私は必死で笑顔を作り、ファヴの提案を断った。
「いえいえいえ。お気持ちは嬉しいですが遠慮しておきます」
「……」(笑顔の圧!)
「……お世話になります」
「今日も明日も護衛料金は魔物肉の『料理』で結構ですよ。ふふふ、そもそも私達の仲で護衛料金だなんて無粋な話はやめておきましょう」
どんな仲だよ!
冒険者ギルドで話しかけられたときに逃げ出しておけば──
生活魔術『料理』のことを秘密にしておけば(その場合魔物肉が食べたいと言っていたことをどう誤魔化せば良かったのか)──
恩赦で釈放された直後に、銀貨三十枚で乗合馬車に乗って行けるところまで行っておけば良かったんだよなあ。今さら考えても遅いけど。
「そういえばエギル。私が護衛に来なかったら、どうやって魔物を攻撃するつもりだったんですか?」
「え?……片手鍋を傀儡化で遠隔操作して、ポコポコと……」
「っ!……そ、それは可愛らしい光景ですね」
吹き出して笑っているのは素の顔なのかしら。あーもう、前世の初プレイのとき、その顔見せてくれてれば何度殺されたって仲間にし続けたのに。
ファヴの顔は好きなので、冒険者活動時の専属料理人にならなってもいいです。
……などと思っていた、このときの私は甘かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『料理』は普通にダンジョンの外に出せました。
ゲームでは当たり前だったとはいえ、今世ではインベントリもない。ファヴが『料理』にかけてくれていた聖術の『封印』を解いてもらうときは緊張したなあ。
あ、そっか。エッケザックスの怠惰の竜アケディアが呪術使いだったから、対抗する性質の聖術を習得したんだね。
そして、私は懐かしいミステルティン王国の王宮へやって来たのでした、まる。
前世のゲームでは聖剣献上のイベントで大広間を見ただけだった。
王族と結婚して国王・女王エンドを迎えるのに必要なアイテムを集めて来たときも、婚約者(=ランダム生成のNPC)と会うのは大広間だったっけ。
今世では八歳で王太子のゲイルと婚約して十年間、たまにフォルセティ侯爵領へ帰るとき以外の時間を過ごしていた第二の実家だ。
いろんなことを思い出して滅茶滅茶嫌な気分になるんだろうなあ、なんて恐れていたけれど、特にそんなことはなかった。自分でも呆気にとられるくらい。
前世の記憶を思い出して、ここがオープンワールド系のRPG『YoursAge』の世界だと思い出したから? でも亡き両親と弟に対する愛情は変わらないよ?
……うん、まあ、十年の獄中生活のせいだな。涙も涸れ果ててるし。
白い石造りの城の奥には、高くそびえる塔がある。
国王として即位したゲイルはミステルティン王国が帝国に制圧された後、あそこに軟禁されているのだという。
玉座を放棄して生き延びるのか、あくまで帝国に逆らって処刑されるのかは彼の自由だ。
命を懸けてもゲイルを逃がそうなんて忠臣はまずいないと思う。
そもそも彼が聖剣を献上されたくらいで舞い上がって隣国フロッティへ侵攻しなければ、こんなことにはならなかった。
本当の忠臣はフロッティへの侵攻を止めた時点で滅ぼされている。この大陸は群雄割拠弱肉強食の時代だけれど、国力も弁えずに阿呆な侵攻してれば自滅するのは当たり前。ゲイルには大義名分もなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……くはー」
持ち込みの魔物パンを添えて夕食を済ませ、お風呂に入って寝室へ。生活魔術『洗浄』は覚えたけれど、前世日本人としては湯船に浸かるのが最高の愉悦です。
ミステルティンの王宮のところどころに帝国兵士が立っているのは変な感じ。
付き添ってくれているメイド達も帝国から来た女性なのか、見覚えがない。まあ十年ぶりだし?
ファヴの弟の第二皇子、ミステルティン王国を制圧した帝国軍の責任者だというレギン様とは会えなかった。恋人に会いに行ってるんだって。
ファヴと違って、レギン様の好感度はアップしやすかったなあ。
その代わりほかのNPCとの好感度もアップしやすいから浮気が多くて、仲間にしても結婚まですることはなかったっけ。男性プレイヤーキャラだと、レギン様とNPCを取り合って決闘するイベントがあったらしい。いつも女性プレイヤーキャラで遊んでたから詳しく知らないけど。
「はー……」
お風呂でぬくもった体で、ベッドの上でゴロゴロする。
王宮の寝具はとっても柔らかくて心地良い。
獄中の硬い寝具に慣れちゃってた反動もあるんだろうけど、帝国から持ってきた寝具なんじゃないかな? 質が良過ぎる。
なんだかんだでレーヴァティン帝国は、大陸で一番豊かで文化的だ。学問や芸術ならもっと優れた国もあるが、生活を楽しむことにかけては帝国の右に出る国はない。
帝国の巨大な闘技場で武闘大会や料理大会が開かれてたっけ。
あれ? 料理大会って生活魔術『料理』で作ったものの持ち込みだったよね?
帝国では生活魔術『料理』が知られてる? でもファヴ知らなかったしなあ。
「ふわあ」
考えても仕方がない。ここは『YoursAge』に似ているだけの別の世界なのかもしれない。……ステータスボード開けるしスキルポイント割り振れるけど。
まあ今日のところはもう寝よう。恩赦されて冒険者登録してトラウマと会って疲れた。
ダンジョンに忍び込んで『隠密』の指南書を手に入れるのは今度にしよう。
体術もまだ習得してない、し……ぐー……おっと、寝る前にメイド達に指示しなくちゃ。
私はメイド達に控えの間に下がるよう命じ、寝た。