7・ダンジョンでカフェを
ダンジョンは深くなるほど強い敵が出る。
聖剣で地下に封じられた竜のいるところ(ミステルティン王国の嫉妬の竜インヴィディアはもういないけど)が最深部だ。
ファヴニール様と私は少し潜ってデスバットを倒し、美味しい魔物パンとチョコハニトーと美味しいハニトーと美味しいチョコハニトーを作って、さらにダンジョンを下った。
入り口付近にいるダンジョンバットは下級の魔物、中層部にいるデスバットは中級の魔物、深層部には上級の魔物カースバットがいる。
即死より呪いのほうがランクの高い扱いなのは、発動確率の違いだと思われる。
即死は滅多に発動しないが、カース(=全体的な弱体化)はかなりの確率で発動するのだ。
私達はカースバットも倒して、凄く美味しい魔物パンと抹茶ハニトーと凄く美味しいハニトーと凄く美味しいチョコハニトーと凄く美味しい抹茶ハニトーを作って食べた。個人的には抹茶<チョコなのだが、『YoursAge』では抹茶の扱いのほうが上になっている。
私はひと口だけ、ファヴニール様の胃袋は甘いものだと底なしみたい。
糖尿病に気をつけて!
ファヴニール様、群れ全滅させるから魔物肉が大量に出来ちゃうんだよなあ。
インベントリがあれば保存しておけるのに。あ、『料理』用の魔物の死骸はファヴニール様が運んでくれました。もちろん彼もインベントリは持ってないんだけど、聖術で『封印』してくれたので死骸臭くなーい。
そして──
なにをやってるんだ、私はっ!
ああ、でもでも仕方がないじゃないか。
十年間獄中生活を送っていた貴族令嬢が突然の恩赦で解放されて、頼りの実家は一年前に滅んでて、いきなりここが前世で遊んだゲームの世界だと気づいて、顔だけは好きで笑顔の圧が凄いレーヴァティン帝国の第一皇子と知り合っちゃったんだから!
というか、下手に逃げてもすぐ捕まるよ。この国は帝国に制圧されてて、そこら中に帝国軍人と民間人の振りをした密偵がいるんだから。そもそも私、敏捷1だから! ファヴニール様の装備してる竜皮のマント、刺しゅうの模様的にたぶん敏捷+の効果があるし!
あああ、でも本当にどうしよう。
さっきファヴニール様が呟いていた、皇妃がどうとかいうのは本気じゃないよねえ?
王太子の婚約者だったのは十年前までのことなので、ブランクが長すぎて貴族社会に戻るのはもう無理です! というか、この人の顔は好きだけど怖いし! 前世のアイドルとかみたいに遠目で眺めてたい。
「ファヴニール様」
「ファヴでいいですよ、エギル。家族や親しいものはそう呼んでくれているのです」
「ファ、ファヴ……」
来た道を辿ってダンジョンの出口へ向かいながら、私は彼に話しかけた。
魔物肉の『料理』でHPが回復しているおかげか、十年間の獄中生活で衰えた体であっても息切れすることもなく歩けている。監獄にいたときは寝てもHPが全回復してなかった気がするんだよねえ。噴水のほとりに座ってステータスボードで見たときもMAXの半分もなかったっけ。
『料理』で消費したMPも『料理』を食べて回復していた。……永久機関?
ファヴが聖術で辺りを浄化してくれているので魔物は襲ってこない。
竜が滅んでも魔力濃度の濃いダンジョンの中だから、バット種以外にも魔物はいる。
ただ天井にいて攻撃しにくく、向こうもあまり積極的に攻撃してこないバット種以外の魔物は物陰に隠れて冒険者の隙を窺っているのだ。『索敵』があれば見つけられるんだったかな?
「実は私、ダンジョンでカフェを開こうと思っているのです」
「カフェですか?」
「はい。魔物肉はダンジョン外に出せませんから、ダンジョンの中にお店を開いて、冒険者に魔物肉を持ってきてもらって『料理』しようと思うのです」
「それはいいですね」
「開店したらファヴも来てくださいね」
「ええ、楽しみにしています」
「……それで、今日これからのことなんですけど」
「はい」
ううう、ファヴの必殺目が笑ってない圧の凄い笑顔だよう。
「私は王都の宿屋で泊まろうと思います。護衛の代金はおいくらお支払いしたらよろしいですか? ちゃんと決めないまま来ていただいて、すみませんでした」
「そんなこと気にしなくていいんですよ、エギル」
「いえいえ」
スキルポイントはまだ残っているから、体術を習得して夜中にこっそりダンジョンに入り、このダンジョンのとある場所に隠されている『隠密』技術の指南書を探そう。
『隠密』技術を使えば、帝国軍人や密偵にも気付かれずにこの王都を出られる。
適当なところで夜を明かして、乗合馬車でどこかへ旅立つのだ。
……なんというか、本能が囁くのだ。このままファヴといては危険だ、と。
少なくとも自力で竜を退治出来るようになるまでは距離を置こう。
ファヴは竜レベルの強者だからね。
「貴女のような世間知らずの女性がひとりで宿に泊まったら、良からぬものに襲われてしまうかもしれませんよ?」
「大丈夫です」
帝国が制圧した町では、そのイベントは起こりません。
「私の弟がこの町を制圧している帝国軍の責任者をしていますから、今夜は一緒にミステルティンの王宮に泊まりましょう。貴女には王太子の婚約者だったときに使っていた部屋を用意させますね」
「いえいえ、そんなお気遣いなく」
「明日はバット種以外の『料理』も作ってください。……本当はかなり研究が進んでいらっしゃるのではないですか? どの魔物肉でなにが出来るのかご存じのようですし」
探るような視線に射られて、私は息を呑んだ。