4・『エギル』って名前にすると初期好感度がアップするんですよ。
オープンワールド系のRPG『YoursAge』は、フリーシナリオとマルチエンディングの自由度の高さを謳っていた。
特殊エンディングの条件に引っかからなければNPCと結婚して、そのままゲームを続けることも出来た。『黄金の首飾り亭』にいるのは可愛い女の子だけだったが、NPCの好感度アップと結婚に関するイベントはプレイヤーキャラの性別に関わらず豊富で充実していた。
子どもを作って子どもにプレイヤーキャラを継承することは出来なかったけどね。
ファヴニール様はゲームのジャケットにも描かれていた固定NPCのひとりだ。
普通のNPCはランダム生成方式で毎回ビジュアルと名前が変わる。
彼はレーヴァティン帝国の第一皇子で、父である皇帝の命令で冒険者として各地を旅している。冒険者ギルド受付のおっさんが口にしたヴァーリとは彼の偽名で──
「どなたかとお間違えじゃないですか? 初めまして、お嬢さん。私はヴァーリという名の冒険者ですよ」
あ、あ、あ、ヤバイ。
偽名で活動している人を本名で呼んでどうする。しかも今世では初めて会うのに。
今世のミステルティン王国はレーヴァティン帝国と仲が悪かったんだよね。ゲーム内でも仲が悪くて、プレイヤーキャラがミステルティン王国に聖剣ミステルティンを献上すると舞い上がって国力も考えずに周囲に侵攻して帝国に制圧されてたっけ。
「し、失礼いたしました。私はエギルです」
前世でも今世でも二十八歳のアラサー喪女独身です。……前世では前科はなかったなあ。
「エギル……素敵なお名前ですね」
ああ、気づかれた。元フォルセティ侯爵令嬢エギルだって気づかれてるよ、これ。
皇帝命令で冒険者として活動しているからって、第一皇子が自国の軍と一切関わりを持たないなんてことあるわけがない。
前世ではゲームだからそうなんだろうと受け止めてたけど、今世の元侯爵令嬢の感覚で考えると、彼が冒険者として活動していること自体が帝国の大陸制覇計画の一環のような気がする。恩赦を与えるために監獄塔の囚人をチェックしたとき、私の存在も認識したんだろうなあ。
目が笑ってない笑顔でファヴニール様、もとい冒険者ヴァーリが言う。
「補助的な役割が多い呪術の使い手が初めてダンジョンに潜ると言われたら、受付の方が心配するのも当然ですよ。良かったら私が護衛として同行しましょうか?」
「え?」
「そうだよ、お嬢さん。ヴァーリさんがついててくれれば百人力さ!」
おっさんに私の能力を説明していたときからいたのか、ヴァーリ。
というか、やっぱり監獄塔から釈放されてからずっと密偵に尾行されてたんだろうねえ。市場で買い物したものを突然シチューにして食べてたんだから怪しまれるよ。
ゲームでも偉そうな王侯貴族に逆らって投獄、その国が帝国に制圧されて恩赦、密偵の尾行を見破ると賞金首の捕縛を依頼されるイベントがあった。釈放されたときにそれが頭に浮かんだから、前世のことを思い出したんだよなー。
「あ、いえ、こちらで冒険者登録さえしていただければ、ひとりで大丈夫です」
「……」
「……お願いします」
前世の初プレイで殺されたときと同じ笑顔を向けられて、私は彼の申し出を受け入れた。だって圧が、圧が凄い。それに私、敏捷1だから走っても逃げられない。
レーヴァティン帝国の第一皇子と知ってか、単に有名な冒険者としての信頼か、受付のおっさんは安堵の表情で私の冒険者登録を完了させてくれる。
……この国の竜はもう一年前に倒されてるから大丈夫かなあ。
帝国の皇帝は第一皇子のファヴニール様と第二皇子のレギン様、そして皇女のレヴィル様に他国のダンジョンの竜を倒すよう命じている。
より多くの竜を倒して聖剣を集めたものを皇太子にして帝国を譲ろうというのだ。いずれ大陸を制覇する帝国の後継者は、それくらいでなければ務まらない。
前世の初プレイのとき、ジャケット画像でひと目惚れしたファヴニール様を仲間にして喜々として一頭目の竜を倒した私は、聖剣を我が物にしたい彼の手で殺された。プレイヤーキャラにエギルと名付ければ初期好感度がアップするという裏技以外の攻略法は見ていなかったので、竜を倒したときに殺されないだけの好感度に達していなかったのだ。
笑いながら襲いかかってくるHP5000MP1500炎術LVMAX(敏捷はたぶん98とかあった。そのとき倒した竜より強い)のファヴニール様の姿は、私のトラウマになった。
『YoursAge』自体は気に入って何度もプレイしたけれど、以降は一度も彼を仲間にしたことも話しかけたことすらない。
間違えて話しかけてしまったときはすぐにロードをしていた。
……ああ。セーブもロードもない今世では絶対に会いたくなかったよ。