3・トラウマが来た!
『YoursAge』では大陸に七つの国があった。
邪悪な七体の竜を封じた七振りの聖剣に由来する国々で、国名と聖剣の名前は同じだ。
聖剣に封じられても竜は邪気を放って魔物を生み出していて、それぞれの王都の地下には内外の魔力濃度の差異から生じたダンジョンが出来ている。冒険者が竜を倒してもダンジョンは消えないが、聖剣は役目を終えたとして外に出すことが出来るようになる。装備するのも国に献上するのもプレイヤーの自由だ。
冒険者ギルドは最終的に竜を退治することを目標に、冒険者達をサポートしている。
初心者にはレベルを上げるための簡単な仕事──町と町、ときには国をも跨ぐ配達業務とかダンジョン外の野獣(魔物肉はドロップしない)や悪党の討伐とかを斡旋してくれる。
ダンジョンでの依頼を斡旋してくれるのは中級者以上からだけど、個人的に入るのは許されている。ただし依頼があってもなくてもダンジョンに入るのは自己責任。怪我しても殺されてもギルドには助けてもらえない。
「二十八歳……かい」
冒険者ギルドの受付には、おっさんがいた。
ネット小説のように美人受付でないのは、『YoursAge』の仕様だ。
一応エルフやドワーフが存在する世界観なのだが、彼らはレーヴァティン帝国の隠れ里にいてイベントでしか会えない。プレイヤーキャラは人間しか選べなかった。
「二十八歳だとダメですか?」
「ダメじゃないが……体が資本の仕事だからなあ。大抵の冒険者は三十歳で引退するんだ」
知ってる。
『YoursAge』のプレイヤーキャラは十五歳でスタートして、十五年後の三十歳でゲームが終わる。ゲーム自体はフリーシナリオで、プレイヤーキャラの行動で変わるマルチエンディングだった。
エンド名に『王』がつく特殊エンディングは、条件を満たしたところで強制終了だったけど、条件を満たすのが難しいから十五年いっぱい使っても無理だったりしたっけ。
「あんたは美人だし、どうせなら……」
おっさんは申し訳なさそうな顔で視線を動かす。
ギルドの隣にある店を勧めているのだろう。
『黄金の首飾り亭』は酒場だが、二階では可愛い女の子とイチャイチャも出来るそういう店だ。『YoursAge』のR18は戦闘時の残酷な表現のせいだったけれど、せっかくだからと『黄金の首飾り亭』を作ったらしい。
ゲームではプレーヤーキャラが男女どちらでも利用出来て、二階に上がると暗転、ウフーンって感じの音声が響いて金貨一枚を取られた。
金貨一枚(=銀貨二十枚ほど)は高価なものの、たまにパラメータがアップしたので懐が温かいと良く利用していた。
アップデートで可愛い男の子も選べるようになれば良かったのに。カッコいい男性ならなお良し。
この世界では合法であるし職業に貴賤はない。ないが、前世の私はアラサー喪女(28)だった。
職場の先輩に誘われた婚活合コンへ行ってストーカーに刺されて死んだことを、この世界がゲームと同じだと気づいたときに思い出していた。
あ、ストーカーと言っても私のストーカーじゃないよ。婚活合コンを開催していた飲食店を出た直後、参加していた別の女性のストーカーに刺されたのだ。私ってば状況が理解できずに突っ立ってたんだよねー。
まあ前世を悔やんでいても仕方がない。
今はとにかく魔物肉を『料理』して美味しいものを食べよう。
魔物肉はダンジョンでしかゲットできないし、アラサー喪女(28)に『黄金の首飾り亭』のようなサービス業は荷が重すぎる。ちなみに『黄金の首飾り亭』も全国組織、どの国の王都にもあるのだった。
私はおっさんに首を横に振って見せた。
美人って言ってくれてありがとねー、と心の中で感謝する。
美形両親から生まれた元貴族令嬢だから基本の造作はいいと思うんだけど、嫉妬に狂ったせいで目つき悪くなってたし日夜呪術研究に明け暮れてたから隈出来てたし、一年前に実家の滅亡を聞かされてからは死んだ魚の目になってたから、美人って言われるのは十年以上ぶりだったよ。
「どうしてもダンジョンに入って魔物肉を手に入れたいんです!」
「ま、魔物肉ぅ? 皮や骨なら武具の素材になるが、魔物肉なんか手に入れてどうする気だ!」
「美味しく食べます!」
「魔物肉には毒があるぞ?」
「知ってます」
「……お嬢さん」
おっさんの瞳に、市場で向けられたのと同じ憐みの光が宿る。
「なにがあったか知らないが、自害だなんて地母神アングルボザ様が悲しまれるよ?」
これまで出て来た固有名詞でわかるように、『YoursAge』は北欧神話を元に名付けをしている。
なお、七体の竜は七つの大罪由来の名前が付けられている。
要するに『YoursAge』は中二病まっしぐらのゲームだったのである。
大陸全土の信仰を集めているのは地母神アングルボザ様で、職業によってはその三柱のお子様を守護神として崇めている。
アングルボザ様の夫神ロキ様は異界に流されたという設定だ。
ご本神が手を下したわけではないが、アングルボザ様は牡馬と浮気して子どもを産んだ夫神ロキ様のことを許してないから迎えに行かないんじゃないかと言われている。
フォルセティ侯爵家はダンジョンの魔物を積極的に退治していた武人の家系で、神狼フェンリル様を祭っていた。
私個人は呪術を修めるため冥府の女神ヘル様に守護をお願いしている。
「いえ、あの、私は食べても大丈夫なんです」
冒険者ギルド受付のおっさんは、可哀相なものを見る目で私を映す。
いや、ホント『料理』したら大丈夫だから! たぶん!
でも今世では生活魔術なんてだれも知らないからなあ。ミステルティン王国知性の最高峰、王国立魔術学園で勉強してた私が言うんだから間違いない。そういうわけで説明のしようもない。呪術を研究してたら発見したってことにしようか。呪術には毒の利用も含まれるし。
「それはどういうことですか?」
「ヴァーリさん!」
突然背後から響いてきた、甘く艶やかな低い声におっさんが安堵の表情を浮かべる。
私はその声を知っていた。
今世で聞くのは初めてだが、前世のゲームで何度も聞いた。そもそもその声の主が目当てで、私は『YoursAge』を購入したのだ。あー。婚活合コンなんか行かずに家でゲームしてれば良かった。アラサー二十八歳の週末がそれでいいのかどうかは別として。
おそるおそる振り返ると、眩しいほどの黄金の髪を持つ男性が立っていた。
ぶっちゃけイケメンだ。
ゲーム内の3Dモデルよりも美しく、体も均整が取れている。『YoursAge』ではプレイヤーキャラもNPCもゲーム中で十五年経過しても外見の変化はなかったけれど、今世は現実だからかちゃんと年齢を重ねている。二十代後半か三十代前半くらいかな。
優しく細められた青い瞳に照らされて背筋が凍る。
彼は、私を恐怖させるトラウマは──
「……ファヴニール様」