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2・ニンジンは切ってません。

「牛乳ください!」


 ミステルティン王国の王都広場から少し離れた通りで、私は牛を連れて牛乳を販売しているおじさんに片手鍋の蓋を取って突き出した。

 片手鍋はさっき、同じ通りの鍛冶屋の出店で購入したものだ。

 銀貨一枚出して銅貨三十枚のお釣りをもらった。ニンジンも一本買ったから、今の手持ちは銀貨二十九枚銅貨二十九枚、ニンジンのお釣り代わりの萎びたリンゴ一個だ。


「あいよ!……え?」


 鍋の中身を確認した店主が、顔色を変えて私を見る。

 うん。ニンジンと萎びたリンゴをまるまま入れた鍋突き出されて、牛乳入れてくれって言われたら、そんな顔にもなるよね。


「あんた……あー、はいよ」


 帝国軍人に悪さをされておかしくなった貴族女性だとでも思われたのだろう。

 店主はなにも聞かずに鍋へ牛乳を入れてくれた。

 心配してくれてありがとう。でも本気で大陸支配を企んでいる帝国は、占領地での自軍の行動には厳しいから大丈夫だよ。とりあえず『YoursAge(君の時代)』の中ではそうだった。国内の不満を抑えるための場当たり的な拡大政策でもなければ、制圧後のこと考えて行動するものだからね。


 鍋一杯分の牛乳代銅貨一枚(本来なら銅貨二枚のところを負けてくれた!)を支払って、憐れむような市場の視線を受けながら広場へ戻る。

 噴水のほとりに腰かけ、膝に鍋を置いて両手を翳す。

 魔術学園で習った通りに魔力を放出して──生活魔術『料理』を発動! さっきスキルポイントを消費して習得したのだ。もちろん『洗浄』と『修復』も習得している。魔術学園の授業科目にはなかったゲーム内特有の魔術だ。


 MPを10消費して蓋を開ければ、


「よっしゃあ!」


 『洗浄』魔術はもう試していたので生活魔術がちゃんと発動するのはわかっていたけれど、まるままのニンジンと萎びたリンゴと牛乳でシチューが作れたのは嬉しい。

 片手鍋のお釣り代わりにもらった木製のスプーンを手にして、私はシチューを食べ始めた。ほっかほかだ。

 この大陸では銅貨以下の価値を持つ硬貨がないので、このスプーンのようにちょっとしたものをお釣りとしてくれるのだ。銀貨三十枚は前世でいうところの十五万円くらいかな。朝食付きの安宿なら、どれくらい泊まれるだろう。アラサーだけど貴族社会と監獄しか知らないお嬢様だから、いきなり宿に行くのはちょっと怖い。


 『監獄しか知らないお嬢様』ってなに、そのパワーワード。


「……んーっ! 美味しい! 美味しいよう、お母さーん」


 前世と今世、どちらの母に呼びかけているのかは自分でもわからないまま、私は泣きながらシチューを貪った。ああ、今世の父や弟にも食べさせたかった。

 美味しい。いや、本当にこれまで侯爵令嬢として食べてきたどの料理よりも美味しいわ。

 ニンジンと萎びたリンゴと牛乳しか入ってないはずなのに、ほど良く香辛料が効いてて鶏肉まで入ってるもんね。玉ねぎとジャガイモも。生活魔術『料理』凄い!


「ごちそう様でした!」


 ゲームでは三回分の回復アイテム=三食分の片手鍋シチューを食べ終わり、私は両手を合わせた。

 ああ、やっぱり食は人生の基本よねえ。

 ダンジョン外の食材はどんなものでも+牛乳ならシチュー(MAXHPの10%回復)、+水(噴水の水でOK! 無料!)ならスープ(MAXHPの5%回復)が出来上がる。前世のスイーツや贅沢ご飯を食べたければ、ダンジョンに入って魔物肉をゲットするしかない。


「うん、そうだ。冒険者ギルドへ行こう」


 空になった片手鍋を手に、私は立ち上がった。鍋の中は『洗浄』して残りの銀貨が入った革袋を入れた。

 魔力濃度の関係で、魔物肉はダンジョン外に持ち出すと霧散してしまうので市場では売られていない。

 『料理』していない魔物肉自体には毒もある。ゲームの中でもそういう設定だった。


 魔物肉が霧散した気体を吸い込んでも毒を受けるんだよね。軽い気持ちでインベントリから取り出して『料理』しようとして、何度『状態異常:毒(弱)』になったかしれない。

 懲りろよ、前世の私。

 なお、ステータスボードは開けたけどインベントリは今世にはないようだ。あればチート出来るのになあ。


 ダンジョンで魔物肉を『料理』して、カフェでも開いて余生を過ごそうかなー。

 呑気にそんなことを思いながら、私は噴水広場に面した冒険者ギルドへと足を向けた。

 冒険者ギルドは国に関係なく、大陸全土に広がっている組織だ。……よく考えるととんでもないな。国境のない戦闘技術者集団じゃん。依頼内容見ると国際情勢がわかったよ。まあ戦争には関与しないって設定だったけどね。

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