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エピローグ ふたりのトラウマ

 ファヴニールは記憶力が良い。

 そのせいか、昔から目覚めても眠っているときに見た夢を忘れなかった。

 あまりにもはっきりと記憶に残っているので、現実と混同しそうになって困っていた。同じ時間を何度も繰り返すなんてこと、あるわけがないのに。


 一番鮮やかに残っている夢は、ひとりの少女を殺す夢だ。

 世界制覇を目指すレーヴァティン帝国の第一皇子なのだから、身を護るために人間を殺したことは一度や二度ではない。

 だが、そのときは違った。なんの罪もない、むしろともにダンジョンを攻略してきた仲間ともいえる人物を聖剣目当てで殺したのだ。夢から目覚めても、驚愕に凍り付いた少女の顔が頭から消えなかった。


 それ以降の夢もよく覚えている。

 夢の中、ファヴニールは同じ十五年を何度も繰り返す。

 そして彼女を垣間見るのだ。帝国で、大陸のほかの国々ですれ違うのだ。最初の夢と同じ姿をしているときもあるが、違う姿のときも多かった。それでもファヴニールには彼女が彼女だとわかった。


(……ただの夢なのに)


 そう、それはただの夢でしかない。

 現実は同じ時間を繰り返したりしないからだ。

 未来を夢で予知しているのかと思ったこともあったが、夢と同じことが起こるときもあったし起こらないときもあった。現実と同じように夢の中では様々な要素が組み合わさって世界が変化していて、だれかの思い通りにはならないのだ。


 夢の中の彼女は、弟のレギンと一緒に行動しているときもあった。

 妹のレヴィルに同行しているときもあった。

 しかし、絶対にファヴニールには近づこうとしなかった。繰り返す時間の中、彼女にもファヴニールに殺された記憶があったのだろうか。あってもおかしくはない。夢なのだからなんでもありだ。


 元フォルセティ侯爵令嬢エギルのことは、密偵からの報告がある前から気にしていた。

 エギルという名前が、夢で殺した少女と同じだったからだ。

 この大陸では珍しい名前ではない。けれど不思議に気になった。


 それに、彼女の状況は異常だった。

 王太子が心変わりして婚約を破棄する、そこまではさほどおかしなことでもない。

 まともな王太子なら婚約者の実家との関係を鑑みて破棄ではなく解消にするものだが、恋に浮かれた人間はどんな莫迦なことでもするものだ。女の趣味の悪い弟が証明している。


 しかしその上に、婚約を破棄された彼女は監獄塔に投獄されてしまった。

 貴族令嬢を平民用の牢獄へ送るなんてあり得ない。王太子の婚約者だったのだから、罪を犯した貴人を軟禁する王宮の塔に入れられるほうが納得出来る。

 そうでなくても自領で隠遁させるくらいが妥当だろう。──本当に罪があるのなら。大陸のどこの国でも呪術は罪ではない。


 恩赦で解放されたエギルが妙な真似をしていると密偵から報告があって、ファヴニールは彼女の後をつけた。

 エギルという名前は同じでも、外見は夢の彼女とはまるで違った。

 夢の彼女は平民の冒険者で、エギルは十年間の獄中生活を送った貴族令嬢なのだから、違うのは当然のことなのだけれど。


 外見はまるで違うくせに、エギルの言動は夢の彼女を彷彿とさせた。

 あまり口にしない自分の嗜好(甘党)を打ち明けずにはいられなくなるくらい、魅力的な『料理』を作り出す妙な技術を持っていた。

 だが、ファヴニールがエギルを手放せないと感じたのは、夢の彼女を彷彿とさせたからだけでも魅力的な『料理』を作るからだけでもない。


『え?……片手鍋を傀儡(くぐつ)化で遠隔操作して、ポコポコと……』


 自分無しだったら、どうやって魔物と戦ったのかと聞いたときの答えが止めだった。

 その光景を想像すると胸が温かくなり、エギルが可愛くて仕方なく思えた。

 エギルが自分の顔に見惚れていたのに気づいていたにもかかわらず、ファヴニールはその夜のうちに彼女を抱いてしまった。向こうから求めさせたほうが優位に立てると知っていたのに、どうしても我慢が出来なかったのだ。


 自分が離れていてもエギルを守れる手段が見つかるまでは関係を公表出来ないと思っていたところで、聖獣が現れて彼女と契約(テイム)した。

 『料理』目当てな部分があるのは自分も同じだし、なにより自分に匹敵する能力を持っているのがありがたい。

 帝国の第一皇子のお気に入りともなれば、敵も味方もどう動くかわからない。レギンに話したのは暗にエギルを守れと命じたつもりだったのだが、お気楽な弟は気づかなかったようだ。


 ダンジョン外にいた妙な魔物を倒したのは、もちろんエギルを守るためだったけれど、それまでのイライラをぶつけたのもある。

 十年以上前に婚約を破棄したと言っても、それまではあのゲイルとかいう莫迦がエギルの婚約者だったことに変わりはないのだ。おまけに胸まで触っていたという。出来れば細切れにしてやりたかったが、自分の顔に見惚れながらも自分を恐れている様子のエギルをこれまで以上に怯えさせる気にはなれなかった。

 つい最近まで会ったことがなかったのに、あの莫迦が言ったようにエギルがいつもあの莫迦を通して自分を見ていたのなら良かったのにと、切に願っている。


(私はたぶん、エギルに恋をしているのでしょう)


 ファヴニールはなぜか、自分がもうあの繰り返しの夢を見ないことを確信していた。

 繰り返しの原因となっていたものが消え去ったのを感じるのだ。

 後はエギルと幸せになるだけだが──


(体はつなげていますけど、私が本気で彼女を愛していると告げたら、喜ぶより怯えて逃げ出しそうな気がするんですよねえ……)


 レーヴァティン帝国のダンジョンの中、最下層近くのエギルのカフェの場所は夜になると椅子とテーブルを片付けて天幕を張る。もちろん聖獣達(スコルとハティ)は外だ。


「「きゃふきゃふ、酷いのよー」ですわー」


 その天幕の中、腕に抱いたエギルを見つめてファヴニールは微笑んだ。

 彼は貪欲な男だ。恋をした相手を手に入れるために労を厭うつもりもない。

 転生アラサー元令嬢に逃げ道はなかった。

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