20・転生アラサー元令嬢はダンジョンでカフェを開きました!
レギン様とゲイルの決闘から一ヶ月後、私はレーヴァティン帝国のダンジョンでカフェを開いていた。
あの後ファヴと一緒に帝国へ向かうことになって、着いたらもう店舗が用意されていたのだ。
いや、ホント勘弁してください。追い詰められた社畜の現実逃避みたいなもので、本気でカフェを経営しようとか思ってなかったんですよー。などと泣き言を言っていても始まらないので、転生アラサー元令嬢はダンジョンのカフェ店主になりました。
「店主、来たぞ」
「いらっしゃいませーなのよ」
「いらっしゃいませーですわ」
特注品のヘッドドレスを着けてウェイトレス気分のスコルとハティが、やって来たお客さんへと駆け寄っていく。
回転する尻尾からの風がブンブン来る。
「今日はノイズロックとイビルスターフィッシュを持ってきた。カステラはここで食べるが、金平糖は持ち帰りにしてくれ。二体目のノイズロックは緑茶で頼む」
「わかったのよ」
「わかったのですわ」
お客さんから受け取った魔物をくわえて、二匹の聖獣が私のところへやって来る。
大きな口を開けて魔物を地面に落とし、
「カステラと緑茶なのよ」
「金平糖はお持ち帰りなのですわ」
「わかりました」
というか、伝えてもらわなくても全部聞こえてたんだけどね。
店舗と言っても、それほど本格的なものではない。結界の効果がある柱で魔物が侵入できないようにしているオープンカフェだ。柱以外は椅子とテーブルをいくつか持ち込んだだけという状態である。
私は生活魔術『料理』を使うから厨房いらないし、ダンジョンの中だから雨風ないしね。
ちゃんとした店舗じゃないのは仕方がない。
ここは帝国のダンジョンのほぼ最下層なのだ。
大工さん達をこんな危険なところへ連れてくるわけにはいかない。柱や家具を持ってきたファヴ配下の精鋭達でさえ、置いただけで逃げ帰ったという。家具の配置は私の指示でファヴとスコル達がやってくれました。
うん? そう。そんなところへ来るお客さんがまともな人間なわけがない。
デスロックのチョコカステラやカースロックの抹茶カステラよりノイズロックの通常カステラ、リドルスターフィッシュのチョコがけ金平糖やデビルスターフィッシュのホワイトチョコがけ金平糖よりもイビルスターフィッシュの通常金平糖を愛しているのはこの帝国の皇帝陛下、ファヴのお父君のヴィゾフニル陛下だ。
なんか、護衛もなしに毎日来る。強い(確信)。
ノイズロックの通常カステラをお皿に載せ、同じくノイズロックの緑茶をお鍋に作って茶碗に注ぐ。
片手鍋は現役だ!
つぶらな瞳をキラキラと輝かせたスコルとハティに見つめられているけれど、この可愛い屋さん達はまだ料理を運べない。というか、大き過ぎる仔狼なんだからお盆とか持てない。
「お待たせしました、どうぞ。金平糖はお帰りになるまでにご用意させていただきますね」
「うむ、重畳なり」
ファヴもだけど、前世のゲーム内の3Dモデルよりも美麗な皇帝陛下だ。
髭と言い注文の好みと言い、前世の人気歴史人物を思い出さずにはいられない。
「スコルも注文を運びたいのよ」
「ハティも運びたいのですわ」
「よお、来たぜ。……あ、親父また来てんのかよ」
「「いらっしゃいませーなのよ」ですわ」
レギン様も毎日来る。
「兄上様こそ毎日いらっしゃるではないですの」
「レヴィル姫殿下のおっしゃる通りでございます」
帝国に来てから紹介されたファヴの妹レヴィル様と、その護衛の姫騎士さんも入り浸っている。
このふたりも『YoursAge』の固定NPCだった。
男性プレイヤーキャラの結婚相手候補だったんだよね。女性プレイヤーキャラでも仲間に出来るから、何度か仲間にしたことがある。まあ、前世の話だけどね。
レギン様が持ってきたヴェノムカトブレパスでローストビーフサンドとエスプレッソを作って持っていく。
ちなみに皇帝陛下のカステラは普通サイズだが、レギン様は複数のヴェノムカトブレパスを持ってきたので大きなローストビーフサンドにしている。レヴィル様が朝から延々と食べているホットケーキも特大サイズだ。ずっと同じもの食べてて飽きないのかな?
大きい料理を楽しむために巨大な魔物を何匹も引きずってくるんだから、この人達は凄いと思う。
「お待たせしました」
「ありがと。兄者は?」
「すれ違いませんでしたか? 上層の魔物を狩りに行きましたよ」
「このダンジョンの浅いほうは迷路になってるからなあ」
などと話していたら、イビルワイバーンの尻尾を何本も束ねて引きずっているファヴが顔を見せた。
今日の彼は、ワイバーン種の魔物肉製羊羹に嵌っているのだ。
リドルワイバーンの芋羊羹とヴェノムワイバーンの栗羊羹は、皇帝陛下が来る前に食べていた。このダンジョンのワイバーンが殲滅されたから、明日はバード種がたくさん出現するんだろうなあ。
「帰りましたよ、エギル。……今日もまたお馴染みの顔ぶれが揃っているようですね。陛下、レギン、貴方達は暇じゃないでしょう?」
「俺は結構暇ですよ、兄者」
ゲイルは帝国への服従を拒んで処刑され、ミステルティン王国は正式に帝国の一部となった。
ちゃんとした代官が派遣されたので、制圧軍の責任者だったレギン様はお役ご免になったのだと聞いている。
「たまの休憩くらい大目に見ろ。そちも暇ではなかろうが」
「私はちゃんと自分の責任は果たしてから来ています」
「男としての責任はまだ果たしてないのではないか?」
「このダンジョンで寝泊まりするために仕事を詰めるくらいなら、もう結婚して宮殿で暮らせば良いではないですか。母上様もエギルに会いたがっていらっしゃいますわ」
ヴィゾフニル皇帝陛下の皇妃は実在した!
あまり目立つことが好きではない性格のため、帝国の宮殿の奥でひっそりとお暮しなのだそうです。
陛下がいつもお持ち帰りの金平糖、皇妃殿下と食べてるのかな。
私はこのカフェからお客さんがいなくなると、天幕を張って眠っている。
毎晩ファヴは泊まりに来ている。……そういうことだ。
私達の関係は隠していないけれど、正式に婚約したり結婚したりはしていない。まだ会って一ヶ月だしね。体と『料理』だけの関係はいかがなものかと思うものの、お互い大人で独身なんだからいいんじゃないかと思う心と、ぶっちゃけファヴに本気で恋愛対象にされたらそれはそれで怖いと思う心が合体しているので、この関係を是正する気も改革する気もない。是非もなし、なのである。……ファヴの顔はやっぱり好きだしさ。
「エギル、羊羹は特大サイズでお願いしますね」
「はーい」
「ファヴは話を誤魔化したのよ」
「誤魔化したのですわ」
そんなこんなで、転生アラサー元令嬢はダンジョンでカフェを経営中です!