17・魔物ハート(虫魔物注意!)
ミステルティン王国の王宮へ戻ると、中庭では決闘真っ最中だった。
戻る……戻るねえ、戻るでいいのかしら。
まあゲイルと婚約してからの十年間を過ごしていた第二の実家ではあるけれど、監獄塔で過ごしてたのも十年なんだよね。今となっては獄中生活のほうが懐かしい気がする。前世の記憶が戻りかけてたのか、初めてファヴの面影が浮かんできたのは牢の中だったなー。
とはいえ、今の私にはほかに行くところがない。
本来の実家であるフォルセティ侯爵家はもう滅んでるもんね。
十年前グルヴェイグに謝って牢から解放されていたら、なにかが変わっていたのかな。一年前に王太子(当時はもう国王か)の元婚約者として、侯爵家の滅亡を止めることが出来ていたのかしら。
決闘の場にいるのは三人だけだ。
男性二人と女性がひとり。
これまで必ず視界の片隅にいた帝国兵士の姿がない。三人以外は立会人すらいないようだ。あの女性がレギン様が言っていた『人妻』で、立会人も兼ねているんだろうか。
……って! あの人グルヴェイグだ!
私は決闘の様子を見つめ直した。
片方は朝言っていた通りレギン様、彼と戦っている疲れきった顔の金髪青い目の男性は……ゲイル? うわあ、十年間で老けたなあ。同い年とは思えない。
いや、まあ、昨日までは私も死んだ魚の目をしてたけど。
そして、決闘しているふたりを舌なめずりするような顔で見つめているのがグルヴェイグ。レギン様が手を出した人妻って、あんたか!
そういえば前世のゲーム『YoursAge』の中で、レギン様が男性プレイヤーキャラとNPCを巡って決闘するイベントがあったよね。
ゲイルが男性プレイヤーキャラの立場? もしかして、ゲイルも転生者?
ん? 決闘終わったのかな? レギン様もゲイルも剣を降ろしたよ?
不満げな顔をしたグルヴェイグがこちらに気づいた。
思えば、彼女は他人を争わせるのが好きだったよねえ。魔術学園時代も決闘にまでは至らないけど、彼女を巡って争っている人間をよく見た。それを嬉しそうに見ている彼女の姿も。私がゲイルに婚約破棄されたときも、彼女は笑みを浮かべていたっけ。
「魔物なのよ!」
「魔物ですわ!」
突然叫んだスコルとハティを瞳に映し、レギン様が嬉し気に叫ぶ。
「犬狼型の魔物といえばフェンリル様の眷属! そんな凄い存在を引き連れてくるなんて、さすが兄者だぜ!」
「いや……ダンジョンの外に魔物は出せないだろう。しかし、普通の野獣にしては大き過ぎる」
浮かれるレギン様の前で、ゲイルが顎を捻っている。
ふたりとも決闘どころではなくなったようだ。
あー、うん、感覚が麻痺してた。スコルとハティ見たら普通驚くよね。
「スコルは魔物ではなく聖獣なのよ!」
「ハティ達はprettyな聖獣ですわ!」
「魔物はその女なのよ!」
「その女なのですわ!」
二匹は大きな前足を上げ、爪先でグルヴェイグを指し示した。
……ここでツッコミを入れられるのは、私しかいないよね。
「スコル様ハティ様、魔物はダンジョンの外には出られませんわ」
自分のために争う人間を見つめて舌なめずりしてるなんて、心が魔物なのかもしれないけどね。
それともゲイルの魔力がファヴ並みで、自然放出される魔力の供給を受けてダンジョン外でも生息出来ているとか?
私の言葉を聞いて、スコルとハティはふふん、という雰囲気の顔になった。
「スコルは聖獣だから知っているのよ」
「ハティも知っているのですわ」
「地母神アングルボザ様は、間違いを犯した人間を罰するために魔物に転生させるのよ」
「魔物としてダンジョンで生存競争に明け暮れるだけでは罰にならないから、人間の心を残した状態でダンジョンの外に転生させるのですわ。人間の心があれば外界の魔力濃度に合わせて自分の魔力を調節出来ますし、逆に人間の心がなければ反省することもありませんもの」
「黙りなさいよ、犬っころっ!」
仔狼の戯言と思って聞いていたら、グルヴェイグが怒鳴りつけてきた。
「私は間違いなんて犯してないわっ!」
えー、そこ? というか、あなた私の婚約者奪ったじゃん。
「そうよ、私は間違ってなんかない。だれもが私を愛してる。私を求めて命を懸ける。私は、私は……」
「魔物なのよ?」
「魔物ですわ?」
「「きゃふっ!!」」
二匹が吠えると、グルヴェイグの姿が変わった。
上半身は美しい女性のまま、下半身は八本の足を持つ巨大な蜘蛛だ。黄金で出来ているかのように光り輝きながら、足が動いて腹の辺りから出た糸を繰っている。
糸は二本伸びていて、レギン様とゲイルにつながっていた。
「エギル、あの魔物はどんな『料理』になるのですか?」
「『料理』出来ません」
私の隣でずっと興味なさそうな顔してたファヴが、空気を読まずに発言する。
ねえ、ファヴ……グルヴェイグは魔物になっても、まだ半分人間の姿なんですがー!
もしかして私、周囲にツッコミいれるために転生してきたのかしら。