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幕間 オタサーの姫は女神になった。(名前だけ)

 彼女はオタサーの姫だった。


 高校時代は運動部でマネージャーをして、スタープレイヤー達をこっそり股がけしていた。あまりにこっそりしていたので日陰の女を望んでいると思われたのか、卒業後はだれも連絡してこなかった。

 尽くすのにも秘密にするのにも飽きたので、大学ではオタク系サークルに入ってチヤホヤされることにした。

 女性に縁のないオタク達は、早口でしゃべるのを聞き流しながら頷いてやれば簡単に彼女の虜になった。態度に差をつけることで特別扱いを促し、彼女はオタサーの姫となった。


 最終的には、彼女を求める男達が刃傷沙汰を起こしてサークルは解散された。

 大学やサークルメンバーの親が手を回したらしく、事件は(おおやけ)にはならなかった。

 自分を求めて争う男達が血塗れになる姿をもっと見たかったのに、と残念に思いつつも、これ以上同じ場所で騒ぎを起こしてもいけないと感じ、その後は卒業までおとなしくして過ごした。


 会社に入ってからは、思うように男達を虜にすることは出来なかった。

 合コンに行けばお持ち帰られ率100%だったのだが、宿泊施設で目覚めたときはいつも男の姿はなかった。それでも見た目が良く聞いている振りをして聞き流すのが上手い彼女は、合コンに呼ばれ続けた。

 アラサーとなり、そろそろ落ち着かなくてはならないと考えるようになったものの、彼女はオタサーの姫だったときの快感を忘れられないでいた。


 最後に一度だけ、あの快感を感じたい、男達が自分のために争い血を流すのを見て楽しみたい、と考えていた彼女は会社の後輩と付き合い始めた。

 口が上手いだけの軽い男と言われていたが、過剰な自信を持ち尽くされるのを当然と思っているスポーツマンや早口で趣味の話を捲し立てるだけのオタクとしか付き合ってこなかった彼女には自分を認めて褒め称えてくれる理想の男に思えた。

 これまでの合コンで自分を持ち帰り、朝になるといなくなっていた男達と同じタイプだということに彼女は気づかない。


 もう一度血塗れの刃傷沙汰を見て、後輩の愛を確かめたら彼ひと筋になろう。

 勝手にそんなことを決めて、彼女は前々からすり寄って来ていた既婚上司に身を任せた。──なにも起こらなかった。

 後輩は、お幸せにと言って去っていった。彼には婚約者がいるのだという。


 どういうことだと詰め寄ったら、鼻で笑われた。

 ちょっと遊んだだけでカノジョ気取りはやめてください、そもそもあの上司と不倫してるんでしょう? と嘲笑された。

 もしかして自分は、これまでも男達に弄ばれていただけなのか? そう考えそうになるのを必死で止めて、彼女は復讐を開始した。家族にバラすと既婚上司を脅して、後輩の悪評をばら撒いたのだ。自身が後輩の婚約者の家へ行って暴れたりもした。後輩は仕事を辞め、婚約も破棄された。後輩への復讐が終わった後、既婚上司との不倫も会社にバラしてやった。


 復讐が終わって、彼女は転職した。

 新しい会社での初めての合コンの日、後輩と再会した。それまでも復讐を仄めかされていたので、合コンではストーカーに狙われていると言って男達に守ってもらおうとしたのだが、だれも守ってくれなかった。むしろ面倒に巻き込まれたくないとばかりに距離を置かれた。

 後輩は彼女との対角線上にいた間抜けな女、合コンで今やっているゲームの話ばかりしていたKY女を刺した後、目的の彼女のことも刺殺した。それ以降のことはわからない。だって死んだから。


 新しく生まれ変わった彼女は、以前のときよりも美しかった。

 名前はグルヴェイグ。濁点が多くて可愛くないけれど、確かこれは女神の名前だ。

 何度殺されても甦る女神。オタサーの姫だったころ、サークルメンバーのだれかが話していた。


 美しい彼女は、何人もの男達に求められた。

 彼女を巡って決闘騒ぎが起こることもあった。でも血塗れの刃傷沙汰を見たいという望みは叶わなかった。流れるのはいつも彼女の血だ。

 男達が争っているのを見ているうちに興奮して本性を見せてしまうからだ。男達は決闘していたことを忘れ、グルヴェイグに攻撃を始める。


 名前が同じだけで、この世界の自分は女神ではないらしい。

 何度殺されても甦る部分が同じだけの魔物だ。

 どんなに繰り返しても求めてくる男達が変わっても、最後は決闘になって本性を現し討伐される。


(……冗談じゃない。見たいのは他人の血よ!)


 彼女は一度に複数の男を誘惑するのはやめることにした。

 ちょうど婚約者持ちの男を誑かしたので、彼ひとりを利用する。一国の王太子なので、上手く操ればたくさんの血が見られるだろう。自分を巡って争うことで流れる血が理想だが、贅沢は言っていられない。

 彼女は──グルヴェイグは何度殺されても甦るものの、殺されるときに痛みを感じないわけではなかったのだ。それに、自分に夢中で決闘していたはずの男達が本性を見た途端態度を変えるのも気に食わない。彼女は、こうまで血を求める自分の異常さについて深く考えることはなかった。


(しばらくは上手く行っていたのだけれど……)


「グルヴェイグ」

「なぁに、ゲイル」


 彼女が選んだ男は失敗して、自分のものだった城の片隅に軟禁されている。


「本当にレギンは、決闘で俺が勝ったら聖剣(ミステルティン)を差し出すと言ったのだな?」

「ええ、その通りです。もちろんゲイルが負けることはないでしょう?」


 実際はどちらが勝っても構わなかった。

 レーヴァティン帝国の第二皇子レギンはグルヴェイグの虜だ。ゲイルに勝って彼女を得れば、喜んでチヤホヤしてくれるだろう。上手く唆せば兄の第一皇子を誅して皇帝となり、大陸に血の嵐を巻き起こしてくれるに違いない。

 問題は決闘がおこなわれることだ。血を見られないのは残念だが、今回は離れたところで結果が出るまで待っていよう。そうすれば、興奮して正体を見せてしまうこともない。


 オタサーの姫だったけれど、彼女は前世でゲームをしたことがなかった。

 ネット小説などもバカバカしくて読んだことがない。現実で男達を自由に操るほうが楽しいに決まっている。

 なので、彼女はゲームの強制力、なんて単語を知らない。そもそもせっかく運命から逃れかけていたのに、新しい男にすり寄って決闘というイベントを呼び込んでしまったのは彼女自身だ。


 これまでミステルティン王国国王ゲイルを唆して、忠臣達を一族郎党滅してきたときの血塗れの記憶を愉悦とともに思い出しながら、彼女はこれからも自分の望む通りにすべてが進んでいくのだと夢見ていた。

 前世でだって、そんな都合の良いことは起こらなかったのに。

 彼女はただ現実から目を背けて、相手の言動を都合良く解釈していただけだったのに。自分の妄想と現実が乖離していることに薄々気付いているからこそ、刃傷沙汰というはっきりした結果を求めていることに、彼女はいつまでも気づこうとしない。

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