11・DO、GE~ZA(ど、げーざ)(虫魔物の話があるので注意!)
「うわあ、兄者のサンドイッチじゃん。帝国の食材に匹敵するようなものが、この国にあったの?」
嬉しそうな掠れた声が響き渡り、私の背後から伸びてきた手がテーブルの上に残っていたファヴのサンドイッチをお皿から摘まみ上げた。
この掠れた声には聞き覚えがある。今世じゃなくて前世でだけど。
振り返るまでもなくわかった。レーヴァティン帝国第二皇子レギン様だ。
「なにこれ美味ぁ! 甘くて香ばしくて……焼き立てだったらもっと美味いんだろうなあ」
「……レギン」
「ご馳走様でした、兄者。もしかしてこのパン、兄者が焼いたの?」
「……レギン。私は貴方に、サンドイッチを食べても良いとは言っていませんよ?」
「……」
ぴょーん、と間抜けな効果音が聞こえた気がした。
私の背後にいたレギン様は、向かいの席に座っていたファヴの前に飛び出してDO、GE~ZA──前世でいうところの土下座をしたのだ。
『YoursAge』にはキーに設定して主人公に取らせることの出来るポーズがいくつかあった。最初からランダムに持っている戦闘勝利ポーズのほかは、親しくなったNPCに教えてもらうのだ。
ランダム作成される通常NPCが所有するポーズはプレイごとに違っていたが、固定NPCが所有しているポーズは変わらなかった。DOGEZAはレギン様固有のポーズだ。敵にすれば所持金の消費と引き換えに相手がいなくなり、味方にすればこちらの願いを聞き届けてくれやすくなる。
ちなみに、座って笑顔のまま弟を見下ろしているファヴことレーヴァティン帝国第一皇子ファヴニール様の固有ポーズは、しゅっと立って前髪をかき上げるというスタイリッシュなものだ。
ポーズを設定出来るキーはふたつ+そのふたつ同時だったので、DOGEZAはふたつ同時に設定しておくことが多かった。
ひとつのキーに設定していたら戦闘時に間違えて押してしまう。後一撃で止めがさせるというときに所持金と引き換えに敵がいなくなってしまっては悲し過ぎる。
「申し訳ありませんでした、兄者! 兄者のお作りになったお料理を食せるなど久しぶりのことでしたので、思わず我を忘れてしまったのです」
「そんな言い訳が通用するとでも思うんですか? 父上がいらっしゃったら、美しくないと斬り捨てられていたところですよ?……いえ、父上も甘いものには目がありませんでしたね」
レーヴァティン帝国の皇帝一家は仲が良い。
ファヴは父親のヴィゾフニル皇帝に憧れていて、だからこそ受け継いだひと房の赤毛が魔術使用時にしか煌めかないことにコンプレックスを持っているのだ。
レギン様は単純に兄であるファヴが好き、大好き。基本好感度が下がらない固定NPCなんだけど、ファヴも交えて三人でダンジョンへ行ったとき、FFでファヴにダメージを与えると一気に落ちるのだという。ネットの攻略サイトで読んだ。
私は初回プレイで殺されたトラウマが大きくてファヴを仲間に入れることはなかったが、レギン様との日常会話で『兄者』の素晴らしさを嫌になるほど聞かされた。
もっとも聞いていて、凄いお兄さんだなー、と思うより、怖いお兄さんだなー、と思う話のほうが多かった。
まあ男兄弟だから、強さ=尊敬になってしまうのかもしれない。……しかし、ヴィゾフニル皇帝甘党なのか。ますます某戦国武将っぽいイメージだな。
「すみませんでした、エギル」
「え?」
なんで私に振った! 私のために作ってくれたサンドイッチだったから?
「お気になさらないでください。私はもうお腹がいっぱいですわ。レギン様はお兄様のファヴのことが大好きでいらっしゃるのですね」
レギン様はファヴのように偽名を使わず行動している。
というか、初対面でレーヴァティン帝国の第二皇子だと宣言して来る。
土下座中だったレギン様が顔を上げ、私に気づく。ずっとファヴとサンドイッチしか見ていなかったのだ。
「……あれ? もしかしてあんた、フォルセティ侯爵令嬢のエギルか。へーえ、兄者に愛称呼びを許されてるとは凄いじゃん。もしかしてこのサンドイッチのパン、あんたが作ったのか?」
「え、ええ……」
作ったというか、スキルを使ったというか。
いやいや、ここは魔術のある世界。自分の魔術は自分の力!
なんて思っていたら、ふと良いことを思いついた。
「レギン? 私に特別扱いをされていると気づいた上でエギルを呼び捨てにするのですか?」
「し、失礼したな、エギル嬢。俺はレギン、レーヴァティン帝国の第二皇子だ。兄者の弟なんだぜ!」
ほーら、名乗った。
金髪のファヴと違って黒髪のレギン様はひと房の赤毛が目立つから、隠していても気付かれてしまうと思っているかららしい。染めたらいいと思うよ?
それはともかく、
「初めまして、元フォルセティ侯爵家の娘エギルでございます」
ファヴが視線で立ち上がらなくても良いと言ってくるので、座ったまま挨拶をする。
さーて、どうやったら思いついた展開に話を持っていけるかな?
「美食家の兄者に認められる料理の腕を持つとは素晴らしい方だな」
「ありがとうございます。……ファヴ、レギン様もいらっしゃることですし、よろしければ今日は三人でダンジョンへ行きませんか?」
悩んだ末、直球で言ってみた。
十年も獄中にいたから貴族令嬢として学んできた交渉の技術なんか忘れてしまったし、ファヴ相手に通用するとも思えない。
そんなことがあったとしか覚えていないゲイルとの記憶を塗り替えるために昼日中から、ウフーン、なことをされたくはないのだ。
……夜は、まあ、仕方ないかな、と思う。
料理目当てとはいえファヴが私に執着していることは間違いない。傍から見ればただの恋人同士だ。
あ、でも昨夜は『隠密』使って来たよね、家臣達に関係を明かす気はないのかな?
「バット種が全滅したときは、普段物陰に身を隠しているキャタピラー種(=芋虫モンスター)が姿を現します」
「キャタピラー種からは、どのようなものが作れるのですか?」
「キャタピラー種からは大福という、丸くて美味しいお菓子が作れます」
「へーえ。兄者ってば甘いものが好きなことまで教えてるんだ。もしかしてエギル嬢を妃に迎えるの? フォルセティ侯爵家の令嬢なら問題はないんじゃない?」
……それはお断りしたいんですけどねー。
「大福……初めて聞きますね」
「キャタピラー種の魔物肉を水と『料理』すると抹茶が作れます。少し苦いですが、大福の甘さを引き立てる美味しいお茶ですよ」
「ふむ、それは興味深いですね。……レギンも来ますか? とりあえず、残りのサンドイッチは食べてもいいですよ」
なんだかんだ言って、ファヴもレギン様を可愛がっている。
兄が絶対君主制の恐怖政治兄弟だが。
嬉し気に残ったサンドイッチを頬張りながら、レギン様が答える。
「ごめーん、兄者。俺、今日は先約があるんだ。人妻に手を出したら、その夫に決闘申し込まれちゃって」
「なにをやってるんですか、貴方は」
「あ、そうだ。それで許可もらいに来たんだよ。俺が決闘に負けたら、向こうにこの国の聖剣渡してもいい? もちろん負ける気はないんだけどさ」
レギン様に言われて、ファヴは呆れた顔で同じ言葉を繰り返した。
「なにをやっているんですか、貴方は」




