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10・絶望の朝が来た。

 前世で二十八年、今世で二十八年、合計五十六年の喪女生活が昨夜で幕を下ろしてしまった。

 いや、喪女=処女じゃないけど。

 でも気分的にはそんな感じ。初めてなのに痛くなかった。ファヴが手慣れていたからだろう。くすぐったくて気持ち良くて──


「申し訳ございません」


 前世の記憶が蘇った翌日、私の服を着替えさせながらメイド達が頭を下げた。

 だ、大丈夫だよ? 顔が赤いのは昨夜のことを思い出してしまったからだから! なにも怒ってないよ!

 メイドの代表が言葉を続ける。


「お使いになる方がいらっしゃらなくても、掃除洗濯はきちんとしていたつもりだったのですが、恐れ多いことにエギル様のお美しい肌に虫刺されが……」


 私は頭を横に振った。この子達のせいじゃない。

 そう、『隠密』を使って私以外に侵入を気づかせなかったレーヴァティン帝国の第一皇子のせいだ。そして私のせいでもある。

 生活魔術『洗浄』を自分の体に使ったら、こんなキ、キ、キスマークなんかすぐに消えるのだ。十年間の獄中生活で出来ていた床擦れの痕も昨日の『洗浄』で消えちゃったし。


 このキスマークを消さないのは、私の……うー! なにやってんだ、私!

 前世遊んだゲームでお気に入りだった固定NPCにトラウマを感じつつも心奪われてるってどうなの? って体も奪われたことになるのか!

 とはいえ今世は現実なんだよ? 帝国の第一皇子と親しくなってどうするの! あんな男、ちょっと顔と声が良くて生まれが良くて、竜に匹敵するほど強いだけじゃない!……うん。


 心の中だけで騒いでいるうちに着替えが済んで、私は中庭に案内された。

 咲き誇る花の中、椅子とテーブルが用意されている。朝起きたときはもう隣にいなかったファヴが、なに食わぬ顔で待っていた。

 弟のレギン様は、まだ恋人のところから戻って来ていないらしい。妹のレヴィル様は別の国のダンジョンで竜退治中だとか。


「おはようございます、エギル。昨日いただいた魔物パンを使ってサンドイッチを作ってみました。貴女ほどではないですが、私も料理するのが好きなんですよ」

「……ありがとうございます」


 ローストビーフらしきものと葉野菜を挟んだサンドイッチは美味しかった。

 魔術で冷やしたと思しきアイスティーも喉に嬉しい。


「どうですか、エギル」

「……美味しいです」


 ファヴは優しい笑みを浮かべて私を見つめている。

 彼が帝位を、帝位継承権を棄てるというのなら、ふたり一緒にダンジョンでカフェを開いて暮らすというのも悪くはないのかな。

 まあ『料理(甘いもの)』目当てでしかないのは明らかなんだけど。


「体は大丈夫ですか? 気をつけたつもりですが、初めてだった貴女には無理をさせてしまったかもしれません」

「っ!……だ、だ、大丈夫です。もう二十八歳のアラサーですから」

「アラサー?」

「聞き流してください」


 前世用語です。


「ふふふ。この国の王太子だったゲイル殿が浮気をして、貴女と婚約破棄をした理由がわかりましたよ」

「え?」

「貴女のように可愛い人が側にいるのに、手を出せないなんて拷問です」


 ファヴが、テーブルの上に載せていた私の手に自分の手を重ねる。

 昨夜私の全身に触れた大きな手だ。

 骨ばった長い指からは体温を感じないけれど、触れられた私の肌のほうは燃え上がりそうなほど熱くなった。


「国も双方の親も認めていた婚約者同士だったというのに、どうして許さなかったんですか?」

「キ、キスくらいはしてましたよ。でも一度胸に触れられたら凄く痛くて」


 たぶん十代だったからまだ成長期だったんだろう。


「……」

「ファヴ?」

「キスは許していたんですか? おまけに胸まで触らせて」

「婚約者だからキスくらいしますよ。胸は無理矢理触られて」


 ファヴがお馴染みの目が笑っていない笑顔になった。


「……ふうん。あまり楽しくない話ですね」

「え、でもファヴは私を好きなわけじゃなくて、魔物肉の『料理』目当てで手を出しただけでしょう?」


 彼がゲイルに嫉妬するとは思えなかった。


「もちろんです。貴女が私を好きだから、取り込むために抱きました」

「……」


 は、はっきり言うなあ。

 これだから自分に自信のあるイケメンはタチが悪い。

 顔も声も生まれも良くて竜並みに強い代わりに性格が歪んでるんだ、彼は。


「でも私は貪欲な男なんです。私のものになった貴女に、ほかの男の記憶があるなんて許せない」


 ふっと、ゲイルの顔が頭に浮かんだ。

 王太子のころの記憶だ。そもそも投獄されてから会っていない。実家のフォルセティ侯爵家が滅んだことも牢番達の会話を盗み聞いて知った。

 ゲイルも金髪で青い瞳だった。ファヴがダンジョンのボスである竜なら、ゲイルは下級魔物のダンジョンバットくらいレベルに差があるけど、色味は似てたしイケメンだった。私が嫉妬に狂うほどゲイルを好きだったのって……いや、考えないでおこう。


「体調に問題がないのならダンジョンへ行こうかと思っていましたが、今日はふたりで過ごしましょう。ゲイル殿に胸を触られた場所はどこですか? 同じ場所で私との記憶に塗り替えてあげます」


 ぴ、ぴゃー!

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