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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

パーティーからの追放、それからの成長

作者: 野崎ハルカ

 僕の所属するパーティーはギルドでも有数のAランクパーティーだ。人数は五人。最初期のメンバーであるリーダーのグラン、白魔導士(しろまどうし)のリン、そして僕。途中からパーティーに参加した騎士のレンに盗賊(まが)いの仕事をしていたアルカで構成されていた。

 パーティー名は「白銀(はくぎん)(つるぎ)」。伝説になってもいる剣の名前で、いつか手に入れようと夢に見ていたものだ。ここに来るまで本当に色々なことがあった。何度もダンジョンに挑んでは返り討ちに会い、喧嘩もしたし脱退騒ぎだってあった。それでもぶつかり合っては仲直りをして絆を深めてきたんだ。


 それなのにーー。


「ユース、お前にはパーティーから抜けてもらう。残念ながら、お前ではこれ以上ついてこれない」

「…………え?」

「すまない」


 何を言っているのか分からなかった。リーダーでもあり幼馴染でもあったグランから告げられたのは、「白銀の剣」からの追放だった。ついてこれない? そんなわけがない。だって今までだって困難には何度もぶつかってきた。それでも力を合わせて乗り越えてきたんだ。これからだってそうやって乗り越えていけばいいはずだ。


 その筈なのに。

 こちらを見るグランに冗談の気配はない。真剣に、僕を追放すると言っている。それを認めたくなくて、周りにいるメンバーに目線を向ける。


「冗談でしょ。ねぇ……リン?」

「……」


 いつも優しく微笑んでくれるもう一人の幼馴染の顔に笑顔はなかった。痛々しいものを見るように顔を歪めている。

 そんな顔をしないでよ、リン。いつも見たいに笑って、否定してよ。


「嘘だよね、レン。だって、僕たちは五人で『白銀の剣』だったじゃないか。これまでも、これからも。そうでしょ?」

「ッ! すまない……!」


 実直で正義感の強いレンは嘘を嫌う。だからレンの言葉からこれが嘘ではないことが分かる。分かってしまう。現実を受け止めれない僕に、彼はどのような気持ちでいるのだろう。

 すがるように、最後の人物を視界に収める。


「ねぇ、アルーー」

「諦めなよユース。これはワタシたちが話し合って決めたことだ。もう、決まったことなんだよ」


 口にしかけた言葉を遮り、アルカは言う。いつものおどけたような雰囲気はなりを潜めて、それが彼女なりの真剣な表情だと突き付けられる。

 いつもの優しいパーティーの空気はなく、誰もかれもが普段とは違った態度でいた。きっと、鏡で見たら僕の顔は酷いことになっているだろう。認めるしかない。僕は、これ以上このパーティーに所属することは出来ない。


 僕はもう、「白銀の剣」のメンバーじゃないんだ。なくなって、しまった。


「……最後に、教えてくれないか。どうして、僕が付いて行ってはいけないのか」

「最初に行っただろ。ユースではこれ以上俺たちの戦いに付いてこれない。ここで抜けた方が身のためだ」

「――ッ!!」


 思わずグランに掴みかかる。力が足りない。そんなこと何度も経験してきた。今までの冒険は、一人じゃ出来ない事ばっかりだった。だけどそのために仲間がいるんじゃないか。そうやって補ってきたのが僕たちじゃないか。なのに、どうして今更そんなことを言うんだ――! 

 正面からグランの顔を見る。勝ち気な顔は、見たことがないくらいに感情が抜け落ちていた。


「はっきり言えばいいじゃないか! 僕では足手まといだから抜けろって!」


 やめろ。皆の顔が見えないのか。


「ずっと! 仲間だと思ってた! このメンバーで、いつか伝説の剣を見つけるんだって! そう思ってたのは僕だけだったのか!?」


 違う。誓い合ったあの時間は本物だった。


「努力した! みんなの力になろうと頑張ってきた! なのに、僕の何が駄目だったんだ……っ!」


 手から力が抜ける。床に崩れ落ちる。今更、罪悪感が湧き上がってくる。頭の中がぐちゃぐちゃだ。何を口走ったのかすら考えが追いつかない。頭を上げる気力すら湧かない。


 僕に胸倉を掴まれても表情を変えなかったグランは、部屋の出口である扉に向かう。

 手を伸ばそうとして、しかし裾を掴む寸前に怖くなった。


「じゃあな、ユース。お前との冒険は楽しかったぜ。本当だ。きっと、お前以上の仲間はこれから先も見つからないだろうさ。……だから、ごめんな」


 グランに続いて、三人が部屋を出ていく。何かを言われた気がするが、何も頭に入ってこなかった。

 静かになった部屋には、蹲る僕の姿だけがあった。


 暫くして、一つの部屋から小さな叫びが聞こえだした。



 あれから、どれくらいの日が立ったのだろう。一度、故郷に帰ろうかとも考えた。それでも、そのたびにもう叶わなくなった夢が頭をよぎって、僕の足を縫い付けた。

 未練たらたらな状態で、ギルドの建物内に居座っているだけの置物だ、僕は。


 「白銀の剣」は、変わらない活躍を続けている。ギルド内でも話題になっていて、特に話を聞こうとしていない僕の耳に入ってくるぐらいだ。 あれから、どれくらいの日が立ったのだろう。一度、故郷に帰ろうかとも考えた。それでも、そのたびにもう叶わなくなった夢が脳裏を掠める。

 そう思うたびに胸が締め付けられるように痛む――気のせいだ。


「ユースさん。たまには、依頼を受けてみたらどうですか?」

「エレナさん……」


 隅の方にいる僕に声をかけてきたのはギルドの受付の人だった。冒険者を始めた時からお世話になっている人だ。

 気遣うように、こちらに近づいてくる。


 依頼、か。そういや宿代(やどだい)を稼がないとな。なにか手頃なモノはあるだろうか。そう考えて、エレナさんの方を見て体が硬直した。

 おかしなことなどない。紛れもない善意だ。その手には依頼書が数枚収まっていた――その全てがB級。


「いえ、すみません。暫く休憩させてもらおうかなと思ってますので」

「そうですか……。あの、何か困ったことがあったら来てください。相談くらいなら私にも出来ると思いますから」

「はい。ありがとうございます……」


 それでも心配なのか。こちらに何度か視線を寄越しつつも元の場所にエレナさんが戻っていく。それを見届けて、僕は小さなため息をこぼした。

 嘘は言ってない。今の状態でまともに依頼をこなせるかは不安が残る。だが、依頼を受けなかったのはそれだけが理由じゃない。そう考えて、自己嫌悪が胸の内から湧き上がってくる。


 ――そう、善意だ。善意、なのだ。気分転換に、わざわざA級なんて最高難易度を受ける必要なんて欠片もない。

 エレナさんは冒険者ギルドの受付として、それ以上に人として僕を気にかけてくれた。久しぶりだというのなら、肩慣らしとして丁度いい難易度を。そう思って、依頼を持ってきてくれたのだろう。温かい、ありがたい気遣いだ。


 ……だから、僕が悪いんだ。

 素直に受け止められず、「僕はA級なんだ!」って、依頼書を見てそう思ってしまった。――思い上がりも甚だしい。

 こんな、朝からやる気なく冒険者ギルドに居座って、依頼も受けずに下を向いて座り続けているような、それが今の僕だ。


 また、何度目かの考えを繰り返した。


 ――恐らくそこまで時間は経って居ないだろう。まだ日は沈んでいない。

 僕が「白銀の剣」を抜けてからもう数日が経過していて、少しばかりは冷静になれていたのだろう。もしくは……いや、止めておこう。

 

 気分を変えるため、そう考えて、椅子から立ち上がる。

 すこし、気がかりなことがあった。


「…………行くか、ダンジョン」


 依頼は受けない。ダンジョンに入るのに必要なのは冒険者の資格だけで、別に依頼を受けなくてもダンジョンに入ることは出来るから。

 ただ、きっとダンジョンに行こうと思えたのは、罪悪感があったから。こうやっていても、迷惑をかけるだけ。どうせ、いつかは向き合うことになるのだ。


 外に出るための扉に手をかける。そして、扉を開いた。

 そうやって、気付いた。脱力しているのか、または力んでいるのか。取っ手を握った時に感じた違和感の元を見る。自分のモノであるはずの腕が、振るえていた。


 ――気のせいだ。

 抜け落ちたように空っぽに感じるのも、熱いほどに痛い胸の痛みも。全部が全部、気のせいなのだ。

 力を籠め握りこぶしを作り、そして解いた。外へと歩き出す。

 

 進んだように錯覚しながらも、歩く原動力はきっと、目を逸らしたくなるほど醜いものなのかもしれない。




 暗い洞窟の様な環境は、異様なまでの静けさに包まれていた。本来ならモンスターが住み着いており危険なこの場所も、気配はたったの一人だけだ。その一人は、壁に背中を預けるかのように立ちすくんでいた。


(随分と時間がかかったかな)


 ダンジョンの外に出れば、恐らく日は落ちていることだろう。僕がダンジョンに入ったのはまだ日が真上にある時で、本来ならもっと早くに出ているつもりだった。それがここまでかかっており、加えて息を荒げているのは、ひとえに苦戦していたからだ。


 戦ったのは氷狼(アイスウルフ)。指定難易度はB級。前までなら、片手間で倒せていたようなモンスターだ。いや……前までなら、じゃない。「白銀の剣」なら、と言うのが正しいだろうか。だからこそ、今の現状が良くわかる。


(使っていた武器はボロボロ。明日にでも、鍛冶屋に行かなきゃいけないかな……。はは、何をしてるんだろう……僕は)


 武器の手入れは自分でできるようにしているが、損傷が激しいと鍛冶師を頼らなきゃいけない。当然お金がかかる。ただでさえ宿代のことを考えなきゃいけないのに、出費を増やしてしまっているこの状況はよろしくない。

 依頼を受けていないのだ。当然金銭的な報酬は、魔物から手に入れたものを持ちかえるしかない。しかし、そうしようとする気力は湧いてこない。


 戦って得られたものは、決して僕が望んでいるものではなかった。


(――本当は分かってたんだ。パーティーの中で、きっと、僕が一番弱いんだって……っ)


 ずっと気付かないふりをしてきた。それでも心のどこかで諦めていたから、あの時パーティーを抜けろと言われて少しだけ、納得してしまったんだ。離れたくなかった。もっと一緒に冒険したかった。……夢を一緒に、叶えたかった。

 また一緒に依頼を見て話し合いたかった。戦って、疲れながらもお疲れ様と(ねぎら)いながら、一緒にご飯を食べたかった。それももう叶わない。


 僕がここに来たのだって、確信を得るためだった。「白銀の剣」はAランクのパーティーで、当然グランたちは文句なしのA級だ。だけど、僕は違う。

 エレナさんはB級の依頼書を持って僕に声をかけてくれた。それは彼女が考えた上での判断だ。A級とは言え、それに長い時間をかけた僕に、出来る依頼を考えてくれた。「白銀の剣」のメンバーの中で一番遅くA級になった、なり立ての僕のために。その気遣いが嬉しくて、辛かった。


(分かっていた。…………分かっていたんだ……っ! それでも! それでも、諦めきれなかったから……出来る限り強くなるために考えて、考えて……っ。力になろうと、支えになろうと努力してきた、そのつもりだったのにッ!)


 ――届かなかった。進み続けるメンバーの中で、僕だけが止まってしまった。グランの言ったことは間違いじゃない。これからも難しい依頼やダンジョンの奥深くに進む彼らに、僕が付いて行ってもいらぬ怪我を負うだけ。リーダーとして、グランの判断は正しかった。

 仲間についていけなくなってしまった僕が駄目なのだ。僕だって、足を引っ張ってまで大切な仲間を傷つけるつもりなんてない。本当なら、僕の方から脱退を申し出るべきだった。それを、優しさに甘えてしまった。

 その結果がこれだ。まだ、自分から言いだしていれば、見捨てられたなんて自分勝手なことを考えずに済んだのだろうか。


(もう、帰ろうかな)


 どれだけ考えても、どれだけこうするべきだったなんて思っても。結局行きつくのは自分勝手な理想だけで。

 そしてまた、自分勝手にも逃げるんだ。「僕は仲間を大切にしていた」なんて、良い人であろうとするんだ。そう思う資格なんて、既にないというのに。



 ――決心がついた。なんて、そう思おうとしているだけだけど。

 ずるずるとこのままの状態を続けているよりは、家に帰って両親の手伝いをした方がいいだろう、と。随分と後ろ向きな考え方で、逃げているだけど、僕にはそれしか考えられなかった。それでも、先のことを考えて少し気分が軽くなる。明日の内に身支度を済ませて帰ろう。故郷に。


(……息も戻ってきた。これなら帰りも戦えるかな)


 そうして今いる場所に背を向けて――悲鳴が聞こえた。

 聞こえた方に意識を向けて刃こぼれした剣を構える。耳をすませれば、甲高い悲鳴と同時に地鳴りのような音が聞こえ、こちらに近づいてくる。嫌な予感がした。今までも、何回か見てきた事態の気がする。


「――ぃて! 誰か助けて!? やだーー!!」

「ッ! やっぱり!」


 こちらに近づいてくる姿が見える。恐らく駆け出しだろう冒険者の少女がこちらに走ってきていた。後ろにモンスターの大群を引き連れて。


 モンスターパレード。稀に起こる現象で、基本的に大きな群れに手を出すと起きてしまう。知識もそんなにないんだろう。何が起きてるのかもあの少女は分かっていないはずだ。幸い群れの中で一番強いのはC級。さっきの氷狼(アイスウルフ)より弱い。これなら今の僕だけでも対処できる。少女は足元しか見えていない。その少女とすれ違って、僕はモンスターパレードと対峙した。


「――って、ちょっと!? 危ないですよ!」

「知ってる! けど大丈夫! 君は早く逃げて!」


 こちらに遅れて気付いた少女が警告を発するが、その時には僕はもう最前列のモンスターを切り伏せていた。一応範囲魔法も使える。モンスターが多いから時間は少しかかるけど、問題はない。

 一応の保険として少女を守れるように魔法を準備して、剣を振った。




「はぁ……はぁ……ッ」


 疲れた。僕でも倒せるモンスターだったが、パレードと言われるくらいでとにかく数が多い。魔法を使うための魔法力も底をついてしまった。

 これだからダンジョンに入るときはパーティーを推奨されているんだ。幾ら個人として強くても、一人でできることには限りがある。それを人数で補うのだから。


 息を整えつつ倒し損ねたモンスターがいないか確認していると、後ろからパチパチと音が聞こえた。


「いやー、凄いですね! あれだけの数を一人で倒しちゃうなんてっ!」

「……ッ……君は……?」

「はい! モンスターに襲われていた冒険者です!」


 パチパチと言う音は拍手だった。逃げてもらったはずなんだけど、戦闘の音が聞こえなくなったからか戻ってきたらしい。襲われていたにしては随分と元気な様子で、怪我もないみたいだ。良かった。

 生きているモンスターもいない。取り合えずは安全だ。


 振り返り向き合う形になると、少女は勢いよく頭を下げてきた。


「助けてくれてありがとうございます! おかげで今も生きれてます!」

「……いや、いいんだ。たまたまここにいただけだし、僕でも倒せたからね。怪我とかはない?」


 感謝を受け取り、怪我をしていないかを念のために聞いておく。魔法はもう使えないけど、回復薬は持っているから怪我をしているなら今の内に対処しておきたい。後々に放置しておいて泣かれても気分が悪い。

 頭を上げた目前の少女は、体の調子を確かめるように手を動かす。


「はい! 至って健康体ですっ」

「ならいいんだ」


「それであの――」


 怪我の有無を聞き、それから何度か話を交わした。思った通り彼女は冒険者になったばかりで、試しに覗いた場所が群れの場所だったらしい。離れようとしたら見つかってしまったんだそうだ。助かったからよかったものの、一応気を付けるように言っておく。運が悪ければ死人が出るから、そこは油断できない。


 反省する彼女を見て、これくらいでいいかと思い話を打ち切る。予想外に疲れてしまった。これ以上は戦えない。早く帰ろう。


「待ってください。あの、私、ソニアって言います!」

「……? ああ、僕はユース。どこかで縁があったらまた会おうね」


 と言っても、故郷に帰るからもう会うことはないだろうけど。歩き出そうとする僕を止めるように少女は動いた。

 ……話は終わったはずなんだけど、何か気になることでもあるのだろうか。


 唐突な自己紹介を挟んだソニアと名乗る少女は、続けてこう言った。


「ユースさん。いえ師匠! ――私を弟子にしてくれませんか!?」

「…………ん?」


「私を冒険者として鍛えてください!」

「???」


 モンスターパレードと言う衝撃的な出会いを果たした駆け出しの冒険者は、そうして僕に弟子入りを志願してきた。

 どうしてそうなったんだろう……。




「――師匠! これでどうでしょう?」

「あー、うん、そうだね。少し体制が悪いかな? それだと体重を乗せきれないと思う」

「……なるほど。なら、こうですね!」


 僕が故郷に帰ることを決めてから早くも数か月が経過した。未だ僕は故郷に帰れていない。

 それもこれも、ソニアと言う少女に妨害されていたからだ。あの時、ダンジョンの中で僕は弟子入りを断った。僕は人に教えを授けれるほどの技量はないし、故郷に帰るつもりだったからだ。そのまま何とか猛攻をいなし、僕は宿に帰って眠りについた。明日には馬を借りようと、そう考えて。


(まさかエレナさんを味方に付けるとは思わなかったなぁ……)


 その次の日。馬の前に流石に剣をボロボロのままにしておくのは気が引けて、鍛冶師の下に行った。空いた時間で知り合いに故郷に帰ると伝え回ろうと思ったその時だ。

 冒険者ギルド内で、件の少女ソニアは仁王立ちをしていた。その横には優しかったエレナさんがいて、百パーセントの善意で弟子入りの手伝いをしていた。入ってきた僕を見つけて目を光らせるソニアと、依頼書の件もあって会いずらいエレナさんに捕まったあの時は、未だに鮮明に思い出せる。


 あの手この手で弟子入りをしてこようとするソニアから逃げ続けていたが、結局押し切られ師匠をやることになってしまった。

 だからこうやって、分かる範囲で戦う術を教えている。


「そのままで。教えたとおりに振ってみて」

「はい!」


 腰を落とし槍を構えるソニアの連携を見る。僕が使っているのは片手剣だけど、幾つかの武器を試していたことがあるから基本的な扱い方は分かる。けど基本的なことだけだ。

 おかげで教えるために僕も一から基礎をやり直すことになった。関わったことのない人にもどうすればいいのかを聞いて回っていたため、このひと月で知り合いが増えてしまったものだ。


 ソニアは俗にいう天才だった。もしくは秀才。教えたことを必ずものに出来るように何度も繰り返し練習し、努力を怠らない。加えて自分の意見を伝えてくる。多分何処に師事しても上手く行くと思う。

 どう考えても僕である必要はないんじゃないかと常々思うが、任された分出来るだけのことをするつもりだ。


 何より、見落としていた点や自分でも出来ていなかったことを明確に形に出来たため、むしろ僕の技量まで上がっている。冒険者を辞めようと決意して、その末に成長していると言うのは皮肉だろうか。あれだけ望んだ成長が、諦めたとともに上がってくるなど何の冗談だと思う。


「――終わりました。どうしますか? これからダンジョンに行きますか?」

「……そうだね、そうしよう。ついでに幾つか依頼を受けようか。C級に上がったから今までより難しくなるよ?」

「~~ッ! 望むところです!」


 自信満々にこちらを見てガッツポーズをするソニアが眩しくて、思わず目を背ける。彼女は最近C級に上がった。出会ったころはE級であったから、驚異的な成長と見ていいだろう。僕との差も、きっと遠くないうちに詰められるだろう。そして、すぐに僕は彼女の師匠を辞めるだろう。放棄するのではなくて、指導する必要がなくなるという形で。

 羨ましいと、そう思ってしまう心を諫める。


 細めた視界で前を歩くソニアを見つめる。ああ、本当に――嫌になる。


(――嫌いだ。あの時すぐにでも帰っておくべきだった。無理やりにでも振り切っておくべきだった。そうすれば、こんな思いを抱かずに済んだのに)


 嫌になる? 何を。

 嫌いだ? 誰を。

 そんなの決まってる。ソニアの心に付け込んで、仕方ないを装って冒険者を続ける自分にだ。弟子入りを受け入れれば、僕は冒険者を続けなければならない。辞めた人間に教えられることは少ないから。そう騙して、冒険者と言う場所に僕は縋った。純粋に強くなろうとする少女を利用して、僕は居場所を求めた。

 帰ると考えては現状に縋り付いて、芯もなくふらふらと宙に浮いている。


 驚くことに、師匠と弟子の関係は順調に進んだ。僕も彼女も実力を伸ばしお互いを成長させる。ある意味で理想的なあり方だろう――外面だけを見れば。

 実力は伸び、出来ることも増えた。それでも僕の心はあの時の情景に縛られたままで、一つも変わっていなかった。




 暗闇に斬撃の音が響く。気合の入った一撃と共に、モンスターが悲鳴を上げる。

 ここはダンジョンの中層。初心者を脱し、実力者でも中の上に近い者たちが狩場として使う階層だった。


 付着した血を払い、槍をしまう少女は油断をせずに軽口を叩く。


「いやー。C級でも上位の腐敗樹(ディケイトツリー)も、私と師匠なら楽勝ですねー!」

「……いや、楽勝ではなかったでしょ。その槍、ちょっとだけど持ち手部分腐ってるんじゃない?」


「――。あはは、何のことでしょうかねー?」


 腐敗樹(ディケイトツリー)。腐敗した毒を周囲にばら撒くモンスター。長時間の戦闘になればなるほど、こちらが不利になる。持ち手や防具まで腐らせてくるため、短時間で撃破しなければならない。ソニアは油断せず、全力で倒しに行っていた。しかし意表を突かれ、攻撃を喰らってしまった。

 僕と出会ってからも、ソニアは何度か槍を変えている。成長に追いついていないことが多いからだ。今使っているのは、確か一か月前の物。そろそろ変え時なのかもしれない。


 それでもC級上位。協力してとは言え単独でも何体か討伐している。これをC級なり立てで出来る人はそうそういない。やはり彼女は凄い。今でも、隙を作らないように立ち回っているのだから。


「そろそろ時間ですかね……。どうします? もう少し粘りますか?」

「確かにいい時間だけど、ソニアはどうしたい?」


 分かり切った質問。今よりも強くなろうとする少女が、この場で帰ろうと言うはずがない。

 現に、ソニアは勝ち気な瞳でこちらを見据え、ある方向に指を指した。それは下に向かう階段。答えは決まっていた。


「――決まっているでしょう! もう少しで何か掴める感じがするんです。後少し経験値を積みたいと思います!」

「……なら、決まりだね」

「はい!」


 本当に……眩しい。僕たちにも、こんな時間があったのだろうか。




 そうして、僕たちは一つ階層を降りた。まだまだ中層。後少しなら時間はある――はずだった。

 油断はしてなかった。最大限の警戒で、落ち度は何もなかった。ただ一つ、どうしようもないことを上げるのであれば、運が悪かった。それに尽きる。


「逃げろッ!! ソニア!」

「――っ!」


 一階層降りただけ。本来であればちょっとは強くなってるかな? ぐらいのモノだ。

 その筈なのに。僕たちの目の前にいるのは、明らかに深層の、見たことのないモンスターだった。

 ――見たことがない。元はA級のパーティーにいた僕が、だ。


『――GAAAAAAAAAッッッッッ!!!!』


 黒色が形を持ったような異形。巨人を彷彿とさせるその姿は、悪鬼羅刹の擬人化。

 今までの経験と、人間としての本能が叫ぶ。あれはA級の、しかも上位のモンスターだ。今の僕たちでは、恐らく敵わない。逃げるのを優先するべきだ。だが出来ない。二人で逃げることは出来ない。既に敵対されている。背中を無防備には晒せない。

 どちらかが囮になるべきだ。それはどちらか? ――決まっている。僕が囮になるべきだ。


 横にいるソニアに視線を向ける。その細い腕は、少なくない量の赤で染まっていた。負傷している。かくいう僕も、避けきれたわけではない。

 対面と同時に放たれた瓦礫の衝撃。その余波に巻き込まれ二人して傷を負った。防ごうと起動した魔法は僅かに時間が足りなかった。情けない……!


「ソニア。僕が時間を稼ぐ。その間に、上に行って助けを呼んできてくれないかな」

「いいえ、殿(しんがり)なら私が努めます。師匠が助けを呼んできてください」


 反省は後だとやるべきことをする。

 流石に意図には気付かれる。けど助けを呼んできてほしいのも事実だ。恐らく残った方の命は保証できないけれど、やらないわけにはいかない。

 ソニアの負傷はあのモンスターの攻撃が掠った時に出来たもの。その時に悟っているはずだ。まともに受ければ死ぬ、と。だが、先の未来で明らかに大成するであろう逸材をこんなところで失うべきではない。生きるべきはソニアだ。


 譲ろうとしないソニアと揉めている時間はない。モンスターの動きは緩慢だが、驚異は未知数。何をしてくるか分からない。

 だから、魔法でソニアを遥か後方に吹き飛ばした。加減はした。ダメージはないはずだ。そして、道を塞ぐ魔法を詠唱する。


「――ッ。何をしてるんですか師匠っ!」


 焦るソニアがこちらに来ようとするのを防ぐ。これで彼女は後ろにしか進めなくなった。後はその気にさせればいい。

 なるべく大きな声で、伝わるように叫ぶ。


「実力的にはまだ僕の方が強い! 時間を稼ぐのは僕の方が最適だ! だから、ソニアにはソニアにしか出来ないことをしてほしい! 救援を呼んで、僕を助けてくれ!!」


 ――これでいい。これで彼女は上まで走らなければいけない。それに、助けを呼んだ先でA級の冒険者が居れば、もしかしたら本当に助かるかもしれない。

 最も、その可能性は限りなく低い。それでもそれしか助かる方法はないと、彼女は考えるだろう。


 葛藤するような気配の後に、ソニアは凄まじい速さで駆けていった。


『GAAAAAAAAッッッッッ!!!』


 僕が上げた大声を威嚇か何かと思ったのか、モンスターは雄たけびを上げる。

 反射的に耳を塞ぐ。緊張か、焦りか。知らず知らずのうちに口角が上がっていた。間違いなく、今までで一番の危機的状況にも関わらず、だ。


 慣れ親しんだように剣を構え、魔法の準備を並行する。足手まといだろうと腐っても僕は元Aランクパーティーのメンバー。

 ソニアが地上に出るまでの時間ぐらい、命を懸けても稼いで見せる。


「――こい、化け物!」

『GA? GURAAAAAAッッッッッ!!!』


 そうして、命がけの時間稼ぎが始まった。




 迫りくる太い黒腕の攻撃を間一髪で避ける。

 生じた風圧に吹き飛ばされそうになる体を支え、すれ違いざまに腕を一閃。少しだが、浅く皮膚を切り裂いた。

 弾かれる可能性を考慮していたが、どうやら通じるには通じるらしい。


 続いてもう片方の腕で大きくスイング。考えたのか、地面を這うように近づいてくる大きな腕に回避する場所がない。

 無理やり魔法を暴発させ、体を宙に浮かす。少し遅ければ吹き飛ばされていた。だが空中では体の制御が効かない。バランスを崩し転倒する。


「――ッ。……めちゃくちゃだな。動くたびに風圧が衝撃波みたいに体にたたきつけられる……ッ!」


 戦闘が始まってからどれだけの時間が経ったか。ソニアは外に出られたのか。いや、もしかすると十分も経ってないかもしれない。

 極限の状況に、時間の感覚はとうに狂っている。恐怖をかき消すために口を動かしては、気を紛らわせている。そうやって、目の前のことだけに集中する。


 体を起こしなるべく距離を取る。攻撃は最小限に。近づいては離れてを繰り返す。


「大ぶりな攻撃ばかり。気を付ければまだ対処は出来る。だけど当たらなくともこちらを追いつめるとか、ふざけてる……!」


 モンスターの直接的な攻撃はまだ当たっていない。しかし、僕の体には無数の傷跡が出来ていた。

 腕や足を振るうたびに起きる馬鹿みたいな風圧。それによって色々な物が吹き飛ばされてくる。破片や石ころが飛ばされて、いくつも体を打ち付ける。このままでは、出血により動きが鈍る可能性がある。それまで生きているかも分からない身だ。本当にどうしようもない。


 追撃してくる外からの大蹴りを屈んで避け、攻撃はせずに振った足の方に走る。体のバランス的にすぐには攻撃できないはずだ。

 その間に氷の魔法を詠唱。幾つかの傷口に掠るように放つ。決定打にはならないが、少しでも動きを鈍くしたい。


『GURAAAAAAッッッッッ!!!!』


 何度目かの咆哮。痛みに呻いているのか怒りに支配されているのかは定かではない。こちらが動きやすくなるように祈るしかない。避けるたびに、走馬灯を幻視する。

 生きた心地など無いに等しい。


 モンスターから見て斜め左に陣取り、状況を予想する。そうして。

 モンスターが――回った。


「――なっ!?」


 蹴りぬいた足をそのままに一回転。こんな行動他のモンスターはしない。

 基本的にモンスターは本能で動いているようなもの。つまり、あのモンスターは知能があるような行動をしたということ。まさかこの状況で成長している? 

 ……考えている暇はない。一度避けた大ぶりの蹴りがまたもや迫る。驚きに行動が遅れ、逃げる場所も魔法の詠唱も間に合わない――


「――ぐっ!? あああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 壁に叩きつけられる。間違いなく、一瞬息が止まった。生きているのが奇跡に近い。体の制御を手放したことで風圧に押され、結果的に受け身を取るような形になった。同じことなど二度と出来ない。


 霞む視界でモンスターを捉える。駄目だ。頭を切ったのか血が流れてきて、左が使えなくなる。疲労困憊。相手を捉えるのは右の眼だけ。相手はA級上位の未確認モンスター。

 どう考えても絶望的だ。勝ち筋が見当たらない。


「……こ、こまで……か」


 未知のモンスター。

 圧倒的な格上。

 十分もった方だろう。最後に弟子を庇って死ぬ。僕みたいな人間には上等な最後じゃないか。ああ、でも、まだ体は動く。呼吸もままならならない。詠唱できるのは一度だけ。


「っ……それ……でもッ!」


 まだ時間は稼げる。

 こちらに向かってくる黒いモンスターを視界に入れ、もはや恐怖も感じないこの身で最後の賭けに出る。武器は衝撃で折れた手元の剣。つかえる魔法は一度っきり。振るう筋力など絞り出してようやく一振り。

 だから、必ず当てる。


 詠唱を完成させる。折れた剣を利用する。手元にある剣を逆手に持ち替え、投擲の姿勢をとる。折れた剣の先から光があふれ出た。疑似的な槍の再現。

 近寄るのを待っていたら潰される。なら、攻撃だけでも当てればいい。ぼやける視界いっぱいにモンスターが入るまで待ち、思いっきり、切り札を投げた。


「――ぁ、た、れぇぇぇぇぇえええええええッッッ!!!!」


 声を振り絞り、限界を超えて放った槍は、モンスターの頭を捉えた。突き刺さり血しぶきが舞う。衝撃か驚嘆か、モンスターが派手に後ろに倒れる。

 悶えるように、モンスターは地面で暴れだした。


 それを見届け、耐えていた意識が霞む。


『GAAAAAAッッッ!!!???』


 モンスターの声は聞こえない。だけど叫んでいるのは分かる。

 倒れる体を支える力もない。ただ、落ちる視界の中で――一つの影を見た気がした。




「――ぇますか!師匠っ!」

「――はいっ!」


 一軒の建物。治療の魔法が使える者や医療に詳しい知識を持つ者が所属する大きな病院の一室にて、もはやお馴染みと化したやり取りが行われる。

 大きな声を上げるのはまだ年若い少女。対する相手は包帯をグルグル巻きにした半ミイラと化した男。と言っても、僕とソニアだけど。


「いいですか!? 今回のことは奇跡です! あの状況で二人が生き残ることは絶望的でしたッ!」

「……そ、それは、ほらっ。過ぎたことだし……っ」

「――反省してください!」


 ソニアの目が細められる。おかしい。なだめようとしているのに一向に機嫌が直らない。もしかして口に出せば出すほど怒らせてたりしないだろうか。


 いや怒る理由は百も承知だ。

 あの時、死ぬ気で放った一撃はモンスターに直撃した。視界を奪い、一時的に動けなくすることに成功したのが功を成し、僕はこうして生きている。あれがなければ、ソニアは僕を抱えることが出来なかった。


 そう、最後に見た誰かの影。それは応援を呼んで一足早く戻ってきたソニアだった。優しい彼女からすれば、一応とはいえ師匠である僕が死んでしまうかもしれないと気が気でなかったのだろう。……借りが出来てしまったかな、これは。


 因みに言えば、あの異常なモンスターは倒されていないらしい。僕を抱えたソニアとすれ違いで応援が駆け付けたが、暴れた後だけを残して姿を消した。ギルドは討伐体を結成して行方を探っているけど、まだ見つかっていないらしい。

 僕もソニアも情報を提供した。遠からず対処されるだろう。推定でもA級上位の力を持つ、未確認のモンスターだ。ギルドが放っておくとは思えない。


「ソニアさーん。面会時間は終了ですよー」

「あ、分かりましたー! それじゃあ師匠。これ――」

「――分かってる分かってる! 反省はしてるし、もうしないよっ!」


 担当の女性が面会の終了を告げ、ソニアは椅子を立つ。口に出すことは分かっていたから、先んじて返事をする。


「……分かってるならいいんです……心配、したんですからね」

「うん。ありがとね」

「……いえ」


 扉が閉まり、部屋が静かになる。一応重症の身なため、この部屋にいるのは僕一人だ。少し寂しい。

 考え事をするには最適なんだけどなぁ……。


 この時間になると、気が沈む。

 別に彼女を悲しませるつもりはなかった。あの場で、自分に下せる最良の選択をしたつもりだった。どちらかが囮になるべきで、時間稼ぎは僕の方が出来る。優秀で伸びしろのあるソニアがあそこで終わるのは認められなかったし、僕個人の意見としてもソニアが生きるべきだと思った。


「なんてっ、言い訳にしかならないよなぁ……」


 あの黒いモンスターと対峙した時、僕の心の中に微かな喜びがあった。

 それはきっと忌避されるべきものだ。ああ、ソニアを守らなきゃいけない。だから、戦わなければいけなくて、死んでしまっても仕方ない。そう考えた。

 酷い話だ。助けてくれと言葉にして、心の底では死ぬつもりだったのだから。


 ――一人になった時、自分に嫌気が差した。「白銀の剣」は僕にとってとても大切な場所で、それを無くして、世界が色を無くした様だった。たまたま助けた少女に弟子入りを志願されて、なし崩し的に師匠の真似事をして、少しはましな生活になった。それでも何かが欠けたように日々を過ごした。

 今なら分かる。僕は死にたかった。自分で死ぬ勇気がなかったから、あの場で、絶望的な状況で、笑えたんだ。


「けど、死ねないよなぁ」


 ここで目覚めた時、初めてソニアが泣いている所を見た。特別なことをしてあげられたわけじゃない。ソニアは僕が師匠じゃなくても強くなれた。僕が彼女を避けていたのも薄々気づいていたはずだ。なのに、僕が死にかけて、そこまでの価値などない僕のために……涙を流した。

 軽いのかもしれない。他の人から見れば、たかがパーティーを抜けた程度で塞ぎ込んで、死のうと考える僕を馬鹿にするだろう。ふらふらと意気地なく逃げ続け、死のうとして、偶々生き残ったから生きたいと思うなんて、意志が軽いように見えるだろう。口だけの薄っぺらな人間だと。


 僕もそう思う。自分がこんなに惨めだなんてこうなるまで思いもしなかった。

 それでも、僕なんかのために泣いてくれる人がいる。まだ生きる理由を明確に見つけられないけど、ソニアが僕を師匠と呼ばなくなるその日まで、見届けたいと思ったんだ。

 だから――。


「とりあえず傷を治して、それからは……忙しくなるかな」


 これまで以上に学ぶ必要がある。出来ないことは何とかして他の人に頼み込もう。

 元「白銀の剣」のユースじゃなくて、ソニアの師匠である冒険者のユースとして、行動していこう。死ぬのはその後でも良い。


 出来れば、彼女が師匠と呼ぶに相応しい人になれますように。




「――お疲れ様です! 師匠!」

「うん、お疲れ」


 ギルドで換金を済ませる。

 あれから階層を幾つか下に降りた。ソニアも、B級への昇進に対する声がかかっている。これに受かれば、晴れてB級冒険者に昇格。僕との差は実質一つだけになる。まだ学ぶことがあるからと昇進試験を受けていないが、すぐにB級になるだろう。


 帰路を歩く傍ら、横を歩く少女に話しかける。


「強くなったね。これならB級にもなれるんじゃない?」

「んー……。いやぁまだまだですねー。もう少し準備してからにします」

「……準備?」


 何の準備だろうか。少し考えてみるが、答えは見つからない。B級に上がるための準備と言うことだからと自分のことを思い返して、それでも思いつくのは知識と実技。

 戦い方に問題があるわけではない。実力も十分なはずだ。贔屓目なしにしても落ちる確率の方が低い。何を不安に思っているのだろうか。


 こっそりと様子を伺っても、ソニアはいつも通りの顔だった。


「秘密です。あっ、安心してください! 試験はしっかりと受けるので!」

「……んー、そう?」

「はい!」


 まあ本人には本人の考えがあるのだろう。ソニアは一人でも戦うことが出来る。試験は受かるだろうと踏んでいるし、本人が大丈夫と言うなら深入りする必要もないかな。

 そう考えて、一つ引っかかった。


 一人。そう、一人なのだ。ソニアと会って師弟関係になってから、ソニアは他の人と協力したことがあっただろうか。ダンジョンで出会ったときは一人だった。それからは、ダンジョンに潜るときは二人だったはずだ。その前については聞いたことがないけど、パーティーを組んでいたのならあの時他に人がいたはずだ。

 ソニアは、パーティーを組んだ経験がないんじゃないか?


「……気になったことがあるんだけどさ」

「何ですか?」


「ソニアってさ、パーティー組んだことある?」


 気になって聞いた。

 今更気付いたことに自分を責めたくなるが、それは置いておく。冒険者を続ける限り、必ずパーティーを組むことが必要になってくる。ギルドはパーティーを組むことを推奨している。何故なら、その方が安全で戦いやすいからだ。だから、僕たちはパーティーを作った。


 無意識に避けていたのだろうか。未だ、僕の心は「白銀の剣(あそこ)」にあるのだろうか。

 それでは駄目だ。ソニアの師匠でいるのなら、考えておくべきことだった。


「…………パーティー、ですか? 組んだことないですよ?」


「――そっ、かー。そうか……。ゴメン。今まで気づかなかった……っ!」


 思わず天を仰ぎ見る。これは師匠失格だ。自分のことにかまけて、必要なことをしてこなかった。

 そうやって、見落としていたことがいくつもあるのだろう。ちゃんと向き合わなければ……!


「……えぇっとー、その。今はー……必要ないかもしれないけどさ。いつかパーティーを組む機会が来ると思うんだよね。臨時でもさ。だから一度は経験しておくべき……だったかも」

「そうですね。師匠の口から、パーティーと言う単語が出たことはなかったですね」

「すみません……」


 バレていた。なんなら気にされていた。

 もしかすると、ソニアが言った準備と言うのはパーティーのことだったのかもしれない。僕が気付いていないから、私でどうにかしよう。とか考えていたのではないだろうか?

 ……幻滅でもされていたら、立ち直れないかもしれない。


 引け目と情けなさで、顔色を伺いながら提案する。


「そうだ。試験までまだ時間はあるだろうし、さ。臨時でパーティー組んどく? 信用できる人を探すよ?」


 そのためなら、街中を駆けまわることも視野に入れる。全力で協力してくれる人を探してみせよう。

 ところが、ソニアは首を振った。


「いえ、今はまだパーティーを組みません。一応、他の人に聞いたりして何をするのかは頭に入れてます。時期が来たら、自分で動きますよ」

「っ。そうですか……」


 まさかの他の人に頼っていたという言葉。

 幻滅どころじゃなく、頼りにされていなかったという現実。

 これじゃ、師匠失格どころじゃない。汚名挽回とは行かないかもしれないけど、残り少ない時間で何とか信用を取り戻せないだろうか。


 どうする。どうすればいい。

 ソニアはもう十分冒険者としてやっていける。戦い方についてはもう教えることがない。”あの”モンスターにあった時から、これまで以上に強くなることに意欲的で、すぐに第一級に成り上がるだろう。

 知識はどうだ。他の人に聞いたと言った。頭の回転も速いから、もしかすると必要なことは既に覚えきっているかもしれない。そうなると、だ。

 ――本格的に僕に出来ることがない。


「……はぁ」


 小さくため息をつく。もう、僕に教えられることはないかもしれない。

 薄々どころではないぐらい気付いていたけど、何ならそれを望んでいた時もあったけど……ッ!

 ここでそれが壁になるとは。本当にどうしたものだろうか。僕の弟子が優秀すぎて、師匠として出来ることがない。何で僕が師匠なんだろうか。


 僕に残されたものは何か。

 ――金銭かな? ソニアの力を十全に発揮できる武具でも作ってもらう? 今夜は食べ放題的な意味でのパーティーでもしちゃう?


 客観的に見て血迷った僕は、今まで以上に下手に出て機嫌を伺う。


「――ソニア。時間がある日を教えてくれないかな……!」

「……急に何ですか? 空いている日なら、明日も明後日も空いてますけど?」

「っ! そうか! それならさ、明後日武具屋に行こう。B級進級の前祝いってことでさっ」


 そうだ。これしかない。

 どうせ稼いだ金額の半分は両親に送っていた。残ったのも宿代とかにしか使ってない。

 それなら、全財産をはたいて使える物を買おう。というか、買わせて欲しい。これじゃ名ばかりの師匠だよ。


 ソニアは怪訝そうな顔でこちらを見上げていた。


「武具屋ですか? 気が早いような気もしますけど。この槍も、まだ使えますよ?」

「――安心してほしい。A級になっても使えるぐらいの物を買うから」


「……いくらになるんですか、それ」


 さて、取り合えず明後日からは硬いパンで生き延びる術を探そうか。

 いくらになるだろうか。貯金のほぼすべて吹っ飛ぶと思うけど。


「んー? ……全財産?」

「何で曖昧なんですか……。まだ大丈夫ですよ。そのお金は後に取っておいてくださいっ」


 断られてしまった。名案だと思ったんだけどなぁ。流石に血迷いすぎたかなぁ。

 ならどうすれば……!


 ああでもないこうでもないと唸りながら歩いていると、同じ冒険者だろう人たちの話が耳に入った。

 二人して声の方を向く。


「例の黒鬼(ブラックオーガ)。討伐隊が発見したってさ」

「知ってる。戦力が整い次第討伐に挑むらしいな。最低でもB級だとよ」


 聞き流しても良かっただろうけど、僕とソニアにとっては聞き逃せない内容だった。足が止まる。


 黒鬼(ブラックオーガ)。僕とソニアが遭遇し、奇跡的に生存できたものの行方がつかめなかった黒いモンスターだ。ギルドは仮名称として黒鬼(ブラックオーガ)と名前を付け、行方を追っていた。

 二人して質問攻めにされたっけ。


「見つかったんですね」

「そうだね。脅威は未知数に近いから、ギルドとしても警戒せざるを得ない。恐らくA級も何人か参加するんじゃないかな?」


 黒鬼(ブラックオーガ)は、ギルドとしても五年ぶりに発見された新モンスターだ。それもA級上位の難易度に指定される強さ。だからか、その存在は瞬く間に周知されることになった。大きな体躯に知性の片鱗。他のモンスターとは違う部分が多い。最大限の戦力で挑むはずだ。

 冒険者はそれからも話を続けたが、自分たちには関係ないと考えたのだろう。飽きたのか話題を変えていた。


「A級のパーティー。『蒼空(そうくう)(たて)』は参加、か」

「他にもパーティーは幾つか参加を表明しているらしいですし、負けることはないんじゃないですか? 師匠も戦えていましたし」

「……僕は時間稼ぎに徹底していたからね。距離を空けていたのもあるけど、倒すとなるとすぐやられてたんじゃないかな」



 その時を思い出しながら答える。

 驚異的なまでの暴力を振りかざし、近づけば被弾する可能性が高い。離れても、攻撃の余波でジリジリと体力を持っていかれる。恐らく体力も相当なものだ。

 加えて時間が経っている。きっと僕と相対した時より強く、そして厄介になっているだろう。今までの常識が通じるかも怪しい。知りえる情報は全て明かしたけど、実際に見てみないと判断はつかないんじゃないかと思う。


 相対したからこそ、不安は完全には消えてくれない。

 立ち止まる僕たちは、不安を拭うように話を続けていた。




 がやがやと騒々しい中で、二人して依頼を眺める。

 黒鬼(ブラックオーガ)の発見から数日が経ち、深層から中層の幾つかは立ち入りが禁じられていた。つまり、一応A級の僕は良いとしてもB級に上がりかけているソニアは、使っていた階層には潜れないことになっていた。


 そのため何とか達成できそうな依頼を探している、のだけど。


「駄目ですね。何日か前のものも、根こそぎ持ってかれてます!」

「駄目かー! ……ちょっと出遅れたとは感じてたけども……」

「時間を空けたのがまずかったですね」


 当然僕たちと同じ結論に至る人はいる訳で、同じ境遇の冒険者に先を越されていた。

 依頼書が張られたクエストボードは数枚を残して何もなく、寂しい印象を受ける。依頼にありつけなかった冒険者は昼間から酒を飲みだす者までいて、暇な冒険者でギルドがあふれかえっていた。

 それ故の騒がしさだ。


 空いていた日に予定が入ったのか忙しく動いていたソニアと、それによって何とか師匠らしいことを探そうと四苦八苦していた僕は、見事争奪戦に出遅れてこうしてギルドに佇んでいるわけだ。

 それでも粘ってみたけど、だんだんと諦めが脳内を埋め尽くしてきた。


「――仕方ない。当分は基礎を中心に訓練しよう」

「そうですね。この調子だと、数日はダンジョンに潜れないと思います。潜っても大した収穫はないと思いますし」


 依頼を諦めて、二人して出口に足を向ける。幸いやりたいことも幾つかある。時間は潰せるはずだ。

 この後は、訓練場にでも足を運んで――


 バタン! と、勢いよくギルドの扉が開いた。騒いでいた人たちの意識もそっちに向けられたのか、少しの静寂が訪れる。入ってきたのは、息を切らした冒険者だった。ダンジョン帰りなのか、幾らか汚れている。その冒険者は、歩くことすら辛いのか今にも倒れ込みそうだ。


「マスターはいるか!!」


 声を出すことすら辛そうな状況で、それでもと切迫した声を上げる。マスターを呼ぶほどの状況だということはただ事じゃないだろう。

 別の意味で騒がしくなるギルド内で、僕たちも動けずにいた。


「――どうした」


 喧噪を切り裂いて、ギルドのマスターが現れた。受付の人が後ろに付いている。すぐに呼びに行ったらしい。

 注目が、入ってきた冒険者とギルドのマスターに集まる。喧騒は静まっていた。誰も物音一つ立てない。立てられる空気じゃない。


 そうして、冒険者は――ギルドにとって聞き逃せないことを口にした。


黒鬼(ブラックオーガ)が! アイツが拠点に攻めてきたッ!!」


 一瞬、何を言ったのか分からなかった。そうなったのは僕だけじゃなく、この場にいる全員の思考が僅かに止まった。脳が理解を拒んだかのように、活動を止めたのだ。


 冒険者は、持ち得る情報を伝えるために矢継ぎ早に口を動かす。


黒鬼(ブラックオーガ)は討伐隊の拠点を襲撃! 重傷者もいるっ! 負傷した奴を庇って交戦中だ! 誰でも良いから応援が欲しい! このままじゃ壊滅するかもしれない!」


 拠点を襲撃。黒鬼(ブラックオーガ)の動向は監視されていたはずだ。安全を図るように拠点は階層を跨いで設営されて、今そこにはB級冒険者が数十人とA級冒険者が数人いる。戦力が足りないという事態は想定しづらい。

 が、襲撃されたのが問題になる。階層を跨いでいた。つまり黒鬼(ブラックオーガ)は拠点に気付いていないはずだ。それを襲った。明らかに今までのモンスターの行動じゃない。


「今連絡のつく冒険者を集めろ。大至急だ」


 冒険者を落ち着かせたマスターは、冷静に事態を把握したのか行動に移す。

 そうして、体が機能を取り戻したかのように動かせるようになった。少し呼吸がしづらい。


「……師、匠」

「うん、明らかに異常だ。恐らくだけど、拠点にいた人たちも予想外だったはず。想定外からの攻撃で、被害が大きくなっているのかもしれない」


 上手く働かない頭を必死に回して事態の把握に努める。

 討伐隊は、まだ編成途中だったため数が揃っていたわけではない。それでもA級とB級の集まりだ。それが後手に回って防戦中。死者が出ているかは定かではない。とは言え、戦闘に参加できる人がどれだけいるか。


 討伐出来る可能性を考えてみても、あの冒険者の様子では可能性は相当低い。たどり着いたのが一人と言うことは、他の人はまだダンジョンの中。今も仲間を庇いながら戦っている可能性が高い。けど、そのままではいつか倒れる。壊滅の危険性は間違いなく存在する。


「大丈夫か?」

「ほら。これ飲め」

「あ、ああ……っ。ありがとう」


 重要なことを伝えた冒険者は、ギルド内の人たちにより冷静さを取り戻していた。それでも気が気でないんだろう。しきりに体をゆすっている。

 無理もない。襲われた現場を目撃して、一人だけその場を離れたのだから。ダンジョン内にいる仲間のことが心配で仕方ないだろう。


 どうしたものか。応援が欲しいというのなら、僕も参加するべきなのだろうか。だけど、僕が加わったところで何か変わるだろうか。足手まといになるだけだという想像が、僕をこの場に縫い留める。大事なことのはずなのに、動くことが出来ない。


「状況を改めて教えてくれ」


 ギルドのマスターが、確認のためか冒険者のもとに戻ってきた。

 冷静さを取り戻したからか、先ほどよりも整理された情報が冒険者の口から発せられる。それを耳を傾けて聞く。聞くことしか今の僕には出来ない。

 ――そのはずだった。


「まともに戦える人は半分を切ってました……ッ! 負傷者とそれを守る人員に分かれて、無事な中でも実力のある人たちが、恐らく今も黒鬼(ブラックオーガ)と戦っています。俺は、『白銀の剣』の人たちに助けられました」


「――ッ!??」


 その言葉を聞いた時、何を思ったか。

 動けないはずだった。足手まといと決めつけていたはずだった。もう、僕は『白銀の剣』とは関係はない。関係はない。ない、はずなのに。


「ゴメンっ!! ソニア!」

「――師匠!?」


 衝動に身を任せるように、体が自分のものじゃないかの様に動いた。向かう先はダンジョン。

 何をしたいのかも分からないまま、ただひたすらに足を動かした。




『ユース! オレさ! いつか最強の冒険者になるんだ! そん時はお前も一緒な!』


 関係ない。


『ねぇユース! 私たちなら、いつかこの剣を見つけられるよね!』


 関係ない。


『君は努力家だな。だが、君に出来ないことは俺たちがやればいい。仲間だろう?』


 関係ない。


『あははっ! ここまで居心地のいい場所は初めてだよ! よろしく、あたしはアルカだ!』


 関係、ない。




「――ああッ! ちくしょう! 何がしたいんだ僕は!?」


 ひたすらに足を動かした。

 誰もいないダンジョンの中を、自分でも驚くほどの速さで駆け抜けた。場所は分かっている。何が起きているのかも。

 唯一、自分が何をしたいのかだけ分からない。何で、こんな必死に走っているのだろう。


 ああ、ソニアには悪いことをした。ソニアには、僕のことは何も話していない。きっと、今頃困惑しているだろう。何故急にダンジョンに向かったのだろう、と。

 ゴメン。僕にも分からないんだ。何で、抜けたパーティーのことにこんなに必死になっているのか。


「もう関係ないっ! きっとみんなだって、僕のことを望んでない!」


 区切りは付けた。そう思っていた。

 パーティーを抜けたあの日、僕たちの関係は終わった。僕は『白銀の剣』を避けたし、みんなだって僕と会っても良い思いはしないだろう。そもそも、みんなは強い。一番弱かった僕が駆け付けたとして、何が出来る? もしかしたら、既に黒鬼(ブラックオーガ)を追い詰めているかもしれない。僕が走っていることに、意味はない。


「それなのにっ! どうしてっ!」


 口をついて出てくる言葉は纏まってなくて、感情のままに空気を揺らす。けして狭くないダンジョンの中で、泣き言が反響した。

 ――それでも足は止まらない。


『ユース、お前にはパーティーから抜けてもらう。残念ながら、お前ではこれ以上ついてこれない』

「それでもっ!」


 実力が足りなかったのか。

 何か知らないうちにみんなを困らせていたのか。

 グランは、みんなは、何も教えてくれなかった。分からないままに、別れた。


 もし『白銀の剣』に僕が相応しくなかったとしても、積み上げた思い出が僕だけの思い違いだとしても、それでも――


「それでも僕はっ! みんなを大切だと思ってたんだ!!」


 このパーティーなら夢を叶えられるって。ずっと同じようなことを繰り返して行けるんだって。疑いを一度も持たないぐらいに、僕はあの場所が好きだった。みんなが大好きだった。

 だから。


 死なないでくれっ、みんな。




 一層二層と階層を下に降りて、ようやく討伐隊の拠点がある階層にたどり着いた。

 そこは、悲惨な状況だった。拠点だったものは瓦礫と化し、負傷者は自分の想定よりも多かった。程なくして限界が来ると、考えなくとも伝わるくらいには。


「あいつはギルドに着いたのか!? 良かった……ッ!」

「助けは来るのか……。そうか……。ありがとう。それだけでも頑張れるよ」


 降りた先で、僅かに残った物を壁にして怪我をした人やそれを治療する人が集まっていた。

 降りてきた僕に気付いて声をかけられたため、間もなく助けが来るとだけ伝えた。


 中には恐らくあの冒険者の仲間であろう人もいた。

 助けが来ると知り明るくなっている場に水を差すのは本来なら気が引けるけど、今の僕にはそんな余裕がなかった。


「戦える奴なら、向こうの先で戦ってる。俺たちを守るためにアイツを引き連れて距離を取った。俺たちも、戦えるようになったら加勢するから、先に行ってくれ……ッ!」


 拠点だった場所から少し離れた広場で、A級と動けるB級が戦っているらしい。その中に、『白銀の剣』はいると彼らは言った。


 そして、大きく開けた広場に出て――倒れている人を庇うように立つ親友グランと、武器を持った腕を振りかぶる黒鬼(ブラックオーガ)の姿があった。グランの動きが遅れている。

 あれでは、避けることも出来ずに直撃する。


「――ッッ!!」


 ――間に合え、と。走ってきた速度をそのままに加速して、両者の間に割り込むように飛び込んだ。


「あ?」


 ガンッ! と言う音と共に、振り下ろされた棍棒らしき武器の軌道が変わる。狙いは黒鬼(ブラックオーガ)の持つ武器。

 それにより僅かに横にズレ、棍棒はグランを掠めるように地面に叩きつけられた。大きな衝撃。その威力により、二人して同じ方向に吹き飛ばされる。


 参ったな……。

 ダンジョンに入ってすぐ、もしものために溜めていた力による一撃は、攻撃を僅かに逸らすことしか出来なかった。前に戦った時より明らかに強くなっている。僕の攻撃では、傷一つ付かないんじゃないかと思わされる。


「――っと!」

「――ッ!」


 何とか受け身を取ることに成功する。辺りを見回して、庇われていた人がどこにいるのかを探す。どうやら、別の人の方に吹き飛ばされたらしい。後衛らしき人に抱えられている。

 これなら大丈夫だ。


「間に、合った……っ!」


 安堵の息を吐く。

 それから、敵であるモンスターを視界に入れる。前よりも大きく、異常なほどに筋肉が発達していた。尋常じゃない威圧感だ。


 「一応、これでも成長したつもりなんだけどな……!」


 黒鬼(ブラックオーガ)と戦った日から。いや、優秀な弟子を持った日から。

 負けて入れらないと僕の中の何かを刺激したのか、やり方を変えて自分なりに強くなろうと努力したつもりだった。それでも、足りない。まだ倒すには至らない。


「何でっ……何でここにいるッ!? ユース!」


 負傷して動きづらいだろうグランは、僕がここにいる事実を認めたくないのか叫ぶ。もう何か月も会っていなかったのに、それでも分かるぐらいには動揺している。周りを見渡した時に、他のみんなも見つけた。一様に、驚愕を顔に張り付けている。


 ……そんなに驚かれるかな。


「何でって……。助けに来たんだよ」

「馬鹿か! アイツは今の俺たちには倒せない! お前が来ても何も変わらなねぇッッ!!」


「――知ってる」

「……は?」

「一度戦ってるから、知ってる」


 その上で、助けに来た。さっきから妙に心が落ち着いている。

 来るまではあんなに悩んでいたのに、今は不気味なくらいに冷静でいられる。多分命の危機から来る意識の切り替えなんだけど、今はそれに感謝しかない。お陰で――答えが見つけられた。


 何故体が動いたのか。終わったはずの関係にずっと引きずられて、今まで悩んでいたのか。その答え。簡単だからこそ、見落としていたもの。

 ……けれど。


「いろいろ言いたいことはある。けど、今はアイツをどうにかしなきゃいけない」

「……」

「だから――」


 それを話すのは今じゃない。


「――僕たちの問題は置いといてさ。今は、協力しよう? 応援も来るらしいしさ」

「…………そうかよ」

「うん、そう」


 複雑そうな顔をするグランを説得する。何を考えているのかまでは予想できないけど、A級冒険者としての理性が回答を導き出すだろう。結局、今僕たちがやることは増援までの時間稼ぎと、活路を見出すことだけ。そのために僕たちはここにいるのだから。


 それに、さっきから動かない黒鬼(ブラックオーガ)のことが気がかりだ。叩きつけた棍棒を持ち上げてから、時が止まったかのように動かない。チャンスとばかりに力を溜めているけど、さっきまでの力には届かない。


 少しの間の硬直。その後に、グランは動き出した。




「――チッ、分かったよ。……話は後だ」


 手のひらに収まる鋼の剣を力強く握りしめ、グランは僕の隣に並ぶ。かつてのことが頭をよぎる。もう何年も昔に感じるような、大切な時間を。

 ……本当に、しっくりくる。


 二人して黒鬼(ブラックオーガ)を睨みつけ、それに合わせて他のみんなも動き出そうと構えるのが見える。


「分かってるだろうが、俺たちの役割は時間稼ぎだ。くれぐれも前に出て、ヒーラーの仕事を増やすなよ」

「……了解」


 そして、止まっていた黒鬼(ブラックオーガ)が動き出した。

 血を連想するような紅い眼がこちらを向く。その瞳に映ったのは、剣を構える僕。まさか――


「行くぞッ!」

「っ! ああ!」

『GAAAAAAAAAAAAッッッッッ!!!!!』


 走りだす僕たちを迎え撃つように、A級上位難易度の黒鬼(ブラックオーガ)は身を震わせる咆哮を放った。




 ――予想通りに、僕と戦った時よりも黒鬼(ブラックオーガ)は格段に強くなっていた。


「ユース!」

「ッ! ああ!」


 迫る一撃を避けて後ろにいたグランと入れ替わる。外した攻撃の隙をついて、グランは黒鬼(ブラックオーガ)に一撃をいれた。

 それを視界に入れながら次の行動に移る。止まればただの的だ。常に動き回らなければならない。


 急いで黒鬼(ブラックオーガ)の視界に映るように横に移動する。グランとは反対の方向だ。

 そうして黒鬼(ブラックオーガ)は――こちらに目線を向けた。


「――やっぱり……っ!」


 この場にいる人と共に時間稼ぎを始めてから少しして、僕たちは一定のパターンを繰り返していた。

 グランを中心に奴に傷を負わせる者と、そのサポートに動く者。そして囮。囮は僕だ。


 知能が発達している分厄介……と言うのは間違っていなかった。いずれこの動きにも対応される。それまでに応援が来てくれれば、を願うしかなかった。

 気付いたこととして、黒鬼(ブラックオーガ)の最優先対象は僕だ。僕を執拗に狙うのは、恐らく僕が傷を負わせたことを覚えているからだろう。最大限警戒されているらしい。


 先に潰したいのか力の籠った血気迫る一撃を余裕を持って躱す。この場は僕一人だけじゃない。後方の人の支援もあって、僕の身体能力なども上がっている。気を付けなければいけないけど、まだ余裕を持って行動できる。


『GYAAッッッ!?』


「――今ッ!」


 攻撃は最小限。あくまで僕は囮。注意を引くのが役目だ。

 後ろからの衝撃に驚く黒鬼(ブラックオーガ)の腕の下を潜り抜け、銀色の鎧を纏う騎士然とした男とすれ違う。


「頼んだッ!」

「――頼まれたッ!」


 何度も目に焼き付けた力強い一閃。それは僕の一撃よりも深く、黒鬼(ブラックオーガ)の皮膚を切り裂く。流石騎士。何度も繰り返し体に染みついた動きは澱みなく、既に次の行動に移っている。


「退きな!」


 後方から放たれた合図とともに一斉に標的から離れる。

 少しして、巨大な爆発が黒鬼(ブラックオーガ)を襲う。思わず目を覆いたくなるほどの光と、鼓膜を揺さぶる轟音。上級冒険者達の唱えた魔法だ。直撃と共に煙がまき散らされる。


 魔法の影響で生じた煙に紛れて後方に集まる。相手は情報のないモンスター。対応できているとはいえ、些細な情報の共有は必須だ。前線で感じた情報と、後方で観察した情報をすり合わせる。


「あんたら、どう感じた」

「皮膚が異様に硬い。一応刃の通りやすいところを狙っているが、このままでは到底倒せそうにない」

「同じく。ついでに少しずつだが対応されてきている。動き方を変える必要があるぞ」


 今わかってることは幾つかあるが、それも決定打にはなりえない。最初から注目されていた破壊力は、強化された僕たちでもただじゃすまない負傷になる。攻撃は通るには通るが、それも皮膚を浅く切り裂く程度。傷口を責めるように工夫はしているが、それで倒せるかと言えば否だ。

 何よりも問題なのは戦力の不足。今は何とかして回しているだけで、いずれ魔導士たちの魔力が尽きる。僕たちも少しずつ避けきれなくなってきている。服は所々が破れ、少なくない傷からは血が流れ始めている。


「はっ! あんたらなら余裕だろ。似たようなピンチも何とかしてきたじゃないか!」

「簡単に言ってくれるな、アルカ。君も前に出たらどうだ」

「おいおい騎士様。か弱いあたしを前線に出そうなんて正気かい? 守ってくれよ? ナ・イ・ト・サ・マ?」


「――私は君を一度もか弱いなどと思ったことがない」

「…………良いから早く方針決めるぞ」


 少し離れた所で話すグランたちに耳を傾けつつ、黒鬼(ブラックオーガ)を包む煙を視界に入れ警戒する。

 僕がこの場に来てから既にかなりの時間が経過している。応援のための戦力を集めたとして、大人数でここまで来るのは容易ではない。もしかしたら、未だダンジョンには入れていないんじゃないかという予想が頭を過ぎる。


 僕の役割は囮だけど、それもどこまで続くかは分からない。ふとした時に、狙いを変えられてしまえば僕の役割は消滅する。時間が経つごとに不安が燻る。手汗を拭うことすら忘れて、この後の行動を予測する。

 そして、焦る僕を落ち着けるように緑の光が体を包んだ。


「おい! 何私は関係ないと言わんばかりな顔をしているんだい、ユース!」

「――っえ?」


 思わず気の抜けた声が漏れる。僕?


「あんたも含めてあたしは言ってんだよ! 何いらない緊張募らせてんのさ! あんたの行動ぐらいあたしたちでカバーできるっての!」

「え? いや、そんなことは考えてない――」

「――大丈夫だよユース。みんなで支え合えば大丈夫。この場にいるのは私たちの意思なんだから!」


 身近なところから聞きなれた声がした。僕を包んだ光は治癒の魔法。白魔導士であるリンの一番得意な魔法だ。後方で支援に徹していたリンは、見るだけで安心させられるような笑顔を浮かべてこちらを見ている。

 何か月も会っていなかったのに、僕の心の内は、かつてのパーティーメンバーには筒抜けだったらしい。




「……ほんと、(かな)わないなぁ」


 戦いの中では不釣り合いな会話。肩の力が全て抜けそうになる。本当に敵わない。

 懐かしいという感傷や、もう以前の様な関係ではないと分かり切っているのに、何かしっくりくるような感じがしてしまう。


「君の失敗は私が支えよう。私の失敗は君が支えてくれればいい。この場は一人だけでは成立しない」

「その通りだよっ。傷や支援は任せて!」

「そーいうこった! あたしたちに任せな!」


 近づいてきたレンは僕の背中を軽く叩いた。リンは早速支援のための魔法を唱えていて、アルカは短刀を構える。

 煙も薄れてきて、話す時間ももうない。情報の共有は既に終わっている。ここからはまた同じことの繰り返しだ。それでも気持ちは軽い。


 同じようにパーティーメンバーと情報を共有していたらしい他の冒険者も、準備を済ませ次に備える。

 そうして、比較的近くにいた冒険者の一人が僕に声をかけてきた。


「あー、ユース……だったよな? 気負いすぎんなよ。囮役を買って出くれんのは助かっちゃいるが、俺たちも大ぶりな攻撃を避けられないほど鈍っちゃいない。あんたに任せっきりにはならないさ」

「はい……! もし失敗した時は、お願いします……っ!」

「――おうっ!」


 煙がはれる。その中から、黒鬼(ブラックオーガ)の姿が現れる。

 何回目かによる仕切り直し。この場にいるみんなが少ない疲労を抱え、それでも折れずに食らいつく。


『GAAAAAAAAAAAAッッッッッ!!!!!!!!!!!!』


 逃した獲物を捕捉しなおすように、漆黒のモンスターは雄たけびを上げた。


 それを合図にしたかのように、僕たちは一斉に走り出す。




 僕たちを追い抜くように飛ぶ魔法に、負けないように足を動かす。他の冒険者に目がいかないように注意して端に走り、黒鬼(ブラックオーガ)をおびき寄せる。知性と本能のどちらを元に動いているのかは定かではないけど、やはり黒鬼(ブラックオーガ)はこちらに向かってきた。

 ――まだ囮役は続けられる。


『GAAAAッッッ!!!』

「ッ!」


 迫る棍棒を横に避け、続いて振りかぶられた左のスイングを広場の壁に衝突するかのような勢いで後ろに下がり躱す。追いつめられたような構図だけど、これでいい。

 体制を立て直す黒鬼(ブラックオーガ)ではなく、その後ろにいる三人に注目し相手を待たずに動く。


「オラァァ!!」

「斬る!」


 流石に無視できなくなってきたのか、それとも学習したのか。黒鬼(ブラックオーガ)は二人に気付き棍棒を振り下ろした。地面を砕く衝撃波に二人は止まるが、本命は二人じゃない。

 黒鬼(ブラックオーガ)の視界外に、魔法を用いて壁を走る一人の冒険者の姿がある。


「上ががら空きだよ! 黒鬼(ブラックオーガ)!」


 事前に話していたうちの一つ。黒鬼(ブラックオーガ)は大きく、僕たちでは足元や良くて腹部近くまでしか狙えない。だから、上半身に刃が通るのかは不明だった。それを試す。

 常人では想像のつかないような戦い方をするアルカなら、上まで近づく方法を持っている。


『GAAAッッッ!!』

「チィッ!」


 斬られると同時に黒鬼(ブラックオーガ)はアルカの存在に気付く。

 そして黒鬼ブラックオーガは――棍棒を捨てアルカを叩き落とした。


「っ! アルカ!!」

「平気さ! それより気を付けろ!」


 地面に叩きつけられたアルカは、少なくないダメージを負った。それでも被害を最小限に抑えている。流石と言うべきか。


 逸れた注意を元に戻す。

 一瞬、こちらに視線を向けた二人と目が合う。声に出さずとも同じ考えをしているだろう――勝機が見えた、と。時間稼ぎではなく、明確に倒す方法が見つかった。後はどうやってその機会を作り出すかだ。


「ユースッ! レンッ!」

「ああッ!」

「了解した……!」


 それからも黒鬼(ブラックオーガ)との戦闘は続く。アルカに注意が向かないように引きつけ、機会を伺って様子を観察する。アルカが黒鬼(ブラックオーガ)を切りつけた時、明らかに様子が違った。武器を捨てることなんて、今までの戦闘ではなかった。


 なら何故そう動いたのか。そうせざるをえなかったからだ。あの強大なモンスターは顔を庇っている。正確には、顔についた傷跡を。


(まさかここで役に立つとはね……ッ)


 命がけで、文字通り死ぬつもりで放った一撃。僕の今までの中で一番の攻撃が、このモンスターの弱点になっている。

 成長し、A級のパーティーを苦しめ甚大な損害を生み出した黒鬼(ブラックオーガ)が、初めて見せた弱み。そこが、倒すための突破口になるはずだ。


 だけど気になる点もある。武器を捨ててアルカを地面に落としたあの時、僕はその一撃を見切れなかった。支援を受けて、今まで掠っても避けきれていた黒鬼(ブラックオーガ)の動きが、一瞬とは言え目で追えなかった。

 距離があるにも関わらず。


(もしかして……黒鬼ブラックオーガはまだ全力じゃない? なら、どうすればアイツをたおせ――)


「ッチ! おい馬鹿っ! ユースッ!!」

「――え?」


 間抜けな声が自分から出たのかすら意識外にいく。視界が黒く染まった。衝撃と共に吹き飛ばされる。何かに当たったという認識と共に、体に激痛が走る。飛んできたのは、黒鬼(ブラックオーガ)が武器として使っていたはずの棍棒だった。


 完全な予想外。武器を手放すというのは既に見ていた。けどまさか放り投げるなどと言う行動に出るとは思っていなかった。思考に意識を割いていたのも失態だ。


『GURAAAAAAッッッッ!!』


「クソッ。速ぇ、な!」

「速度が上がったのか。さっきまでのは全力じゃなかったということか……!」


 どれだけ吹き飛ばされたのか。平衡感覚が少しおかしい。視界が歪んで見える。混乱する頭では、情報を整理しようとしても纏まらない。

 ただ分かることがあるとすれば、油断した。それだけだ。


「ヒール!」


 緑の光が体を包む。さっきも体感した癒しの魔法。どうやら後方まで来ていたらしい。


「大丈夫っ!? ユース!」

「――ああ……うん、大丈夫。ちょっと油断した。……戻らないと」


「おいあんた! 来た時からずっと戦いっぱなしだろっ? 少し休んどけよ。囮役交代だ」


 後方で支援に徹していたリンと、僕を心配して声をかけてくれた冒険者の人が近くに来ていた。

 そのまま担がれるように後ろに下げられる。


「――俺たちの目的は生存と時間稼ぎだ。そこの頑張り屋を頼んだぜ。嬢ちゃん」

「はいっ。任せてください!」

「待って……ください……ッ!」


 思わず引き留める。黒鬼(ブラックオーガ)とは因縁がある。だから僕も戦う。

 そう言おうとして、それよりも先に冒険者は振り返り、口を開く。


「あんたがどう思おうが、これは俺たちの戦いだ。それにさっきから『白銀の剣』にばっか頼っちまってる様な気がしてな? ここにいるのはそれだけじゃねぇ。俺たちのパーティーも活躍したんだって、爪痕残してぇのよ。そんじゃなっ!」


 そう言って、足早に戦闘に戻っていく。


 熱くなっていた頭が冷静さを取り戻す。結局今は手負いの身。このまま戻っても足手まといだ。

 それなら……今の僕に出来ることはなんだ? 何が出来る?


「落ちついた?」

「多分……。今の僕では、足手まといにしかならないからね」


 悔しいが、戦闘の真っ只中で足を引っ張るぐらいなら下がって休んだ方が良い。

 だから今ある情報を繋ぎ合わせて戻った時のために備える。攻撃によって負傷した体を治してくれているリンにお礼を言い、前線に視線を向けて思考を巡らせる。


 黒鬼(ブラックオーガ)の弱点は恐らく頭の傷だ。その証拠に、最初についた足の傷は既に粗方回復しているが、アルカが切り裂いた頭の傷跡は再生する気配なく血を流し続けている。驚異的な再生力をもってして回復が遅れている。そこが柔らかいのか、間違いなく僕たちの攻撃はそこには通用する。


 けど攻撃できるかと言えばそうじゃない。何度か試みてはいたけど、成功はしていない。最初に不意を突いたのが最後だ。

 加えて隠していたのか不明なあの速さ。武器を捨て身軽になったからなのか、攻撃方法も変化していて予測が出来ない。前線も、急に変化した黒鬼(ブラックオーガ)に後手に回っている。


「ユース、弱点はあの頭の傷なんだよね?」

「――そうだね。ただ攻撃が届かないから、今の僕たちで倒すことが出来るかは分からないけど」


 復帰したアルカは頭を狙えるか試しているみたいだけど、結果は芳しくない。明らかに警戒されている。壁からも距離を置いていて、魔法も事前に防がれる。

 どうすればいいのか分かっているのに、それに対しての有効打がない。歯がゆさに奥歯を噛み締める。


「せめて動きを止められたら……っ!」


 動きを止めることが出来れば、もしかしたら頭に届くかもしれない。何度も攻撃を叩き込むことが出来れば、倒せる可能性はある。

 けど――


「拘束用の魔法も幾つかあるけど、流石に消耗した私たちではあの大きさを止めることは出来ないわ。出来て数秒ってところだと思う」

「――だよね……」


 期待してなかったわけではないけど、流石に今の状態だと難しい。無理やり黒鬼(ブラックオーガ)の行動を制限したとしても、一撃で仕留められるような攻撃は放てない。拘束も、出来て一度か二度。それで倒せる保証はない。

 最悪こちらの被害が大きくなるだけだ。


 そうして攻略法を考え込んでいる間にも、状況は動く。黒鬼(ブラックオーガ)と前線組の攻防は続き、徐々にこちらが追いつめられている。

 それを認識しているが故に、焦りが募る。


「リン」

「まだ駄目。まだ十分に回復してない。あとちょっとだから」


「……分かった」


 まだ動けない。ただただ戦いを見ることしか出来ない。


 そして、黒鬼(ブラックオーガ)がまた違った動きを見せた。戦闘中にも関わらず、ある一点に走りだしたのだ。黒鬼(ブラックオーガ)が向かうのは、さっきまで僕がいた場所。

 何故そんな行動に出たのかと疑問を抱いて、嫌な予想が頭に浮かんだ。


「――ッ!」

「あ! ちょっとユースッ!」


 分かったと言っておきながら、まだ違和感の残る体で立ち上がる。


 嫌な予想。さっき僕がいた場所には、黒鬼(ブラックオーガ)が武器として使っていた棍棒がなかったか? 何で今それを取りに行く? 

 そして、僕はどうやって――攻撃された?


「マズイ……!」


 その棍棒がどこに飛ぶのかは分からない。思い違いかもしれないけど、どちらにせよ黒鬼(ブラックオーガ)が何かをしでかす可能性がある。どうにか出来ないかと行動に移そうとして、しかし僕は――動けなかった。


 勢いよく立ち上がったのがいけなかった。目の前が歪み、地面に倒れ込みそうになる。何とか持ちこたえるも、それは明確な失敗で、視界内に黒鬼(ブラックオーガ)が武器を振りかぶるのが映った。

 間に合わなかったッ!


「リ――」


 一瞬で判断がついた。あれはこちらに飛んでくると。ここには僕だけではなくもう一人がいる。油断した僕を治療しようと近くに来た、白魔導士の少女が。

 それを庇うように黒鬼(ブラックオーガ)から目を背け、盾になろうとして――


 ――無風なはずのダンジョン内に、一陣の風が吹いた。


「ャァァァァアアアアアアアアッ!!!」


 違う。風が吹いたんじゃない。広場の通路に近い僕たちを横切るように、一人の少女が走り抜けた。手に持つのは使い込んだように見える槍。突如この場に現れた少女は、勢いそのままに黒鬼(ブラックオーガ)に向かっていく。


 狙いは武器を持つ腕。普通では届かないようなところに位置するその腕に、少女は驚異的な跳躍をもって近づいた。そして、黒鬼(ブラックオーガ)の攻撃は中断される。

 振りかぶる途中だった腕は叩きつけられた槍の一撃によって後方に弾かれ、その手から棍棒がすり抜けた。宙を舞う棍棒は端に飛ばされ、轟音を立てて地に落ちる。


「――ソ……二、ア……?」


 呆気に取られる僕たちを置き去りにするように、事態は急変していく。その少女に続くように通路から数多くの冒険者が走ってきた。その中には有名なパーティーも含まれていて、それが何を意味するのかが分かる。


「各班作戦通りだ! 先ずは陣形を立て直すぞ!」


 指揮を出しているのはギルドでも有名なA級冒険者で、迅速に動く他の人たちもB級などの人たちばかりだ。まだ安全などではなく戦場だというのに、思わず安心して座り込みたくなる。


 増援だ。僕たちの最優先目標であった時間稼ぎは、成功したということになる。




「大丈夫ですか? 師匠」

「あー、うん。大丈夫。ちょっと油断しただけだから」


 それからすぐさま態勢は整えられた。

 前線で戦っていた冒険者たちは後方に下げられ、束の間の体力回復に努めている。僕を助けたあの冒険者も、『白銀の剣』のみんなも、少し離れた所で集まって対策を練っている。

 救援の人たちが黒鬼(ブラックオーガ)の相手をしており、僕たちは元拠点だった場所にいる。


 僕は一応と言う感じで軽症者の割り当てにいた。リンの魔法もあり、普通に動けるようになっている。倒れるような心配ももうない。


「何とか間に合いましたね。流石A級の方々ですよ。劣勢の状態で、黒鬼(ブラックオーガ)の行動パターンも弱点も大まかに割り出してるんですから。何なら倒そうとしてたって話じゃないですか?」


 少女は、対策を練る冒険者たちを一瞥してそう言葉にした。それから鋭い瞳をこちらに向ける。


「――で、師匠も当たり前のようにその場で戦っていた、と」

「すみませんでした」


 速攻で頭を下げた。あの場に飛び込んできた冒険者。槍を携えて黒鬼(ブラックオーガ)の攻撃を阻止したのは、まだC級であるはずのソニアだった。増援のための先遣隊として、ダンジョンをいの一番に走ってきたらしい。今は僕と同じように待機している。


 ソニアは、僕がB級以上の冒険者と言うことは知っていても、元A級のパーティーに所属していたということは知らない。

 だから僕が急にダンジョンに走り出して、困惑させたことだと思う。話すことでもないと黙っていたけど、流石に事情は話しておくべきだった。そんな余裕はあの時なかったけど。


「それで、師匠。何でこんなことをしたんですか? 黒鬼(ブラックオーガ)との因縁、だけでここまで来ないでしょう?」

「……そ、れはー、あー……凄かったね! あの攻撃っ!」


「いや、無理なこと分かってますよね? ごまかせませんよそれじゃ」

「…………はい」


 元パーティーメンバーが心配で体が動いてました。因みにパーティーからは追い出されてます。とは流石に言えないよなぁ……。どう説明すればいいかなぁ……。約束破ってるもんなぁ……。


 答えられず沈黙が続く。徐々に圧力が強くなってきてるような感じもしてくる。冷汗が止まらない感じがして、誤魔化すようにさっき思っていたことを口にした。


「そ、それはそれとしてソニアさ、凄かったよね」

「はい? 私が今聞きたいのはそんなことでは……」

「――もうB級でも十分通用すると思うよ。何かしら不安を抱えているようだけどさ、さっきのを見て確信したよ。君はB級の実力がある。もしかしたら、すぐにA級に上がるかもね!」


 早口で捲し立てる。

 思ったことは事実だ。間違いなくソニアは強くなっている。速さなら僕はもう敵わない。経験も、これまで以上に積んでいけばどうにかなる。普通にB級として通用していける実力だ。

 本当に、まだC級であるということが信じられないぐらいには優秀だ。だからすぐにA級に上がるだろうと。


 そう考えて、ソニアがそっぽを向いていることに気付いた。これは……うやむやに出来たかな?




「はぁっ。ま、まぁ。話したくないなら今は聞きません。そ、れ、と、褒められても忘れませんからね。ありがたく受け取っておきますけど」

「……今は、何だね」

「気になりますから」


 誤魔化せなかった。褒めただけで終わってしまった。

 申し訳なさからかまともにソニアを見ることが出来ずにいると、遠くの方で指揮していた冒険者がこちらに近づいてくるのが見えた。そろそろ休憩は終わりだ。これからは、黒鬼(ブラックオーガ)の完全討伐に動くことになる。


 まぁいいか。いずれ話せる時は来ると思う。恐らくA級に上がった時、その時が、僕にとっての師匠として過ごせる最後になるだろうから、その時にでも。


「……まー予想は付いているんですけどね……」

「――え?」


 前を歩くソニアが、ぽろっと、聞き逃せないことを口にした。

 ちょっと、まっ――




「では最終確認だ。目標は黒鬼(ブラックオーガ)の討伐。狙うのは奴の頭付近だが、当てられる者は奴の古傷を狙え。短期決戦だ。今戦ってくれている者たちと交代し、速攻で仕留める。準備は良いな!」

「「「はい!」」」

「……では、いこうッ!」


 事前に説明は聞いた。やることも役割も理解している。この場にいる大勢の冒険者が、覚悟を決めた顔で己の武器を握りしめている。ソニアには結局聞けずじまいだ。聞こうにもすぐに話し合いが始まってしまい、聞くに聞けない状況だった。


 思考に耽っていたところを他の冒険者たちの返事に正気に戻され、一歩遅れて気を引き締める。出遅れてはいけない。僕がやるべきことは最前列を突っ走ることだ。


「すぅ……――始めッッ!!」


 一斉に飛び出す。

 交代は別の班が行うから気にしなくていい。強化された身体能力をもって黒鬼(ブラックオーガ)に向かって走る。少しして、狭い空間を染め上げるような光が黒鬼(ブラックオーガ)を包んだ。魔導士たちの魔法。人数が増えたこともあり、威力は数倍にも上がっている。


『GAAッッッ!?』


 かすり傷にしかならなかった魔法に押され、驚いたような声が黒鬼(ブラックオーガ)から漏れる。魔法は止まらず、交代も交えて威力が下がることもない。倒すまでは行かずとも、黒鬼(ブラックオーガ)はその場にとどまることしか出来ない。

 そして僕たちは黒鬼(ブラックオーガ)の足元に辿り着いた。そのまま足を切りつける。無駄なように見えるけど、これも作戦の内。注意を僕たちの方に向ける。周りを見られては困るからだ。


 予想通り、黒鬼(ブラックオーガ)は足元の僕たちに視線を向けた。そのまま腕を振り回す。忘れてはいけない。時間を稼いでくれた人たちのおかげで黒鬼(ブラックオーガ)は武器を持っていない。そのため、動きが早くなっている。遠距離攻撃を封じてはいるけど、その分僕たちが危険だ。


「ふッ!」


 紙一重で振り回した腕から逃れる。余裕はない。それでも作戦は上手く行っている。黒鬼(ブラックオーガ)はその場から動けていない。

 注意も足元の僕たちの方で、未だ決定打は決められていない。どっちつかずの状況を作り、長引かせる。


 そして一つ目の札は切られた。


「――準備完了だ! どけッ!」


 黒鬼(ブラックオーガ)から見て後方、背中の方から、一人の冒険者が迫る。『白銀の剣』のリーダー、A級冒険者のグランだ。

 その手元には剣があり、刀身は赤く光を放っている。


「オラァッ!!」


 走った勢いを殺さずに横に回転し、勢いよく剣を振るう。赤く光る刀身から、周囲を焼き尽くすほどの炎が出現した。何度も見て、何度も頼りにしたグランの切り札。

 B級のモンスターを文字通り一撃で焼き尽くしたその炎は、衝撃波の様に進み続け黒鬼(ブラックオーガ)に迫る。


 こちらに注意を向けていた黒鬼(ブラックオーガ)は反応が遅れ、グランの必殺技とも言えるその炎が上半身に叩きつけられた。




『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッッッ!!?』


 悲鳴ともとれる絶叫。防御すら出来ずにいた黒鬼(ブラックオーガ)はその攻撃をまともに受け、痛みから逃れるように暴れ始める。

 僕たちは急いでその場から退避した。傷には掠るほどだったがそれでもダメージは大きく、今までで一番の攻撃だったのではないか。


「大丈夫? 動けそう?」

「――るせぇ、まだ動ける。……余裕だ」


 離れる過程で回収されたグランに声をかける。あの一撃は、それなりに体力を消耗する。最初はすぐには動けなかったほどだ。余裕とは言っても、恐らく少しは動きが鈍る。

 けどそれを放ったかいはあった。理想はあれで倒すことだけど、それでも無駄にはならない。攻撃が通じることも、こちらを優位にすることも成功した。


 その後も攻防は続く。しかし明らかに黒鬼(ブラックオーガ)の動きが鈍い。一か所に注目できないからだ。黒鬼(ブラックオーガ)からしてみれば、予想外のところから弱点を狙われたに等しい。警戒はせざるを得ず、結果的にこちらが動きやすくなる。勿論相手の隙を伺うことも忘れない。機会を見て上を狙う。

 攻撃しては攻撃され、避けては避けられ、幾度も攻防を繰り返した末に遂にチャンスが訪れた。


 切り札の一つを先に切った理由。それは、こちらには黒鬼(ブラックオーガ)を倒せるほどの力があるということを示すためだ。これが知性無きモンスターであれば効かない。しかし、黒鬼(ブラックオーガ)には知性が僅かなりでも存在する。

 きっと追いつめられているだろう。いつ何時(なんどき)に、脅威となる攻撃が訪れるか。これが人であれば気が気でないはずだ。全てを警戒するしかなく、結果として消耗を早める。


「おらッ! 食らえ!」

「その程度の攻撃でッ! 倒れるものかッッ!!」

「撃ち抜く!」


 ある人は斧を振るう。

 ある人は驚異的な攻撃を受け止める。

 ある人は魔法を用いてその命を狙う。


 ここにいる誰もが、一つの目的でもって団結する。ギルドの精鋭が、その力を終結させる。その牙は――未知のモンスターにも届きえた。

 数え切れぬ傷を与え、数を活かして翻弄し、治癒を用いて被害を最小限に留める。そうやって、こちらは大きな損傷をせず、結果として黒鬼(ブラックオーガ)は追いつめられ隙を晒す。


『GAAAAAAAAAAAッッッッ!!!』


 その大きな腕を振り上げて、黒鬼(ブラックオーガ)は地を叩きつける。バゴンッ! という轟音と共に、砕け散った破片がまき散らされ、近づけなくなる。ともすれば倒れ込みそうなほどの揺れが足から伝わり、きっとアレをまともに受ければいくらここにいる精鋭の戦士とてただでは済まない。

 そして、衝撃波と共に砂埃が舞い上がる。


「今っ!」


 切り札の二つ目を切った。

 後衛の魔導士数人が、その魔法力を捧げ砂埃に混ざるようにして煙を追加する。感覚を狂わす特殊な煙だ。目や耳はまともに機能しなくなり、場合によっては並行感覚すら分からなくなる。それに紛れるように、広範囲の魔法も合わせて悟られないように隠す。


 姿を視認することは出来ないが、黒鬼(ブラックオーガ)へと効いていることだけは分かる。

 その証拠に、明らかに無造作に暴れているような音が響き、揺れも大きくなる。目標を見つけられず、手当たり次第に攻撃を繰り返しているのだろう。衝撃波などには気を付けつつ、一定の距離を取る。戦闘中にしては大きな時間を稼ぐことが出来た。十分だ。


「準備しろ!!」


 指揮を執っていた冒険者が声を張り上げる。つまりそれは――決着の合図。


 最後の切り札。と、言っていいのかは分からないが、強大なことには変わりない。

 囮も、盾役も。全員が黒鬼(ブラックオーガ)から注意を貰っていない。そのための目隠しだ。全力を尽くすための時間を稼ぎ、加えて黒鬼(ブラックオーガ)の体力を出来る限り削る。

 そうやって、確実に倒せるように持ち込む。


「やっとかよッ! 長かったぜ!!」


 最初から戦っていたのだろう。傷の多い冒険者が力を溜める。


「倒れてもいいっ。全力で放つッ!」


 救援に駆け付けてくれた人たちも、持てる限りの力を絞りだす。


 ――そして僕も、握った剣に力を籠める。決死の一撃を放ったあの時以上の力を引き出すために集中する。

 正真正銘の正念場。この場にいる全員の、余力を残さない全力での畳みかけ。それが最後の切り札だ。


 煙が晴れる。

 その中から、血気迫った、血走った紅い瞳が現れる。姿は煙が出来る前と変わっていないが、疲弊しているのか口のあたりがしきりに動いている。


 そして――始まった。


「かかれえぇっっ!!!!」


『GAAAAAAAAAAAッッッッ!!!!!!!』


 空間を揺るがす雄叫びと共に、その大きさではあり得ないほどの速さでもって黒鬼(ブラックオーガ)が迫る。


「オラァッッ!!!!」

「ハアアァァァアアッ!!!」

「いっけええぇぇえぇぇッッ!!!」

「食らいなぁッッ!!!」


 それに対抗するように、赤い光が、青い光が、黄、緑、橙、紫と輝き始める。

 それぞれが信じた、信頼を寄せる一撃が。積み上げた過去に裏打ちされた、全力の一撃が。色を伴って黒を塗りつぶすように放たれた。

 そして僕も、全力で剣を振るった。


「うおおおおぉぉぉぉぉおおぉぉぉッッッッ!!!!!!」


 冒険者としての全力と、黒鬼(ブラックオーガ)の強大な力が、数秒の間拮抗した。

 お互いが全く譲らず、生存を賭けてぶつかり合った。


「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおぉおおッッッ!!!!!」

『GAAAAAAAAッッッ!!!!!!』


 ――そして、黒が塗り潰された。



 ――静寂が場を包んだ。


 誰もが全力を出したのだ。倒れ込み、立っている人の方が少ないぐらいの状況だ。握る力を残せず、剣を取りこぼす人がいた。魔法力が底をつき、気持ち悪そうに顔を青ざめさせている人もいる。鎧の重みに負けて立ち上がれない人も、中には気を失っている人だっていた。

 しかし動かない。動けないというのも正しいが、動かなくても良いというのが状況にあっているだろう。こうやって天井を見ていても、死なない。


「――勝った……のか…………?」


 最初に声を発したのは誰だろうか。もしかしたら、全員が同じ時に言葉を発したのかもしれない。

 その言葉が全身に染みて、時間を要して、ようやく現実を受け入れる。


「「「よっしゃあああぁぁぁ!!!!!」」」


 黒鬼(ブラックオーガ)を倒して、勝った。

 命を賭して、生き残った。

 この場にいる誰もが、喜びをそれぞれの形で露わにする。抱き合って、笑い合って、生き残った現実を確かなものにする。


 それを横目に見て、天井に視線を戻した。

 正直立ち上がるほどの力が残っていない。戦闘の後の地面なのだから、ボコボコで寝心地は全くをもって良くない。それでも、心地よい充足感が体を包んでいて、気を抜いたらそのまま寝てしまいそうだ。

 うつらうつらと、重くなる瞼に従おうかと逡巡する。


「――おい、ユース」

「?」


 頭上の方から声がした。下がる瞼に抗って上を見上げるが、声の主の姿はない。

 と言うことは、どうやら声の主も地面に寝転んでいるらしい。道理で一瞬分からなかったわけだ。


「どうした。起き上がれないほどに疲れたか?」

「……それはそっちも同じでしょ」

「……俺はちげぇ。鍛え方が違うんだよ」

「……そっか」


 懐かしく、しかし昨日も聞いたような感じもする。声の主であるグランは、依然と変わりない態度でいる。なら、僕も同じようにするべきだろう。


「まさか、お前が駆け付けるなんてな」

「それ皆驚いてたよね。そんなに意外だった?」


 思い返すはこの場所に来た時の事。戦闘を優先してすぐに切り替えてはいたけど、四人ともが驚愕を顔に出していたのを目にしている。

 まあ、僕だって確固たる決意があってここに来たわけじゃない。元々ギルドが重要視して動いていたため、自分が関わることはもうないだろうと思っていた。「白銀の剣」と聞いて、気が付いたら駆け出してここまで来ていただけだし。


「まあな。お前のことだから考え込んで、救援に来ようとしてもそれでももっと遅くに来てただろうな」

「否定できないな……。……ただ、来て良かったと思うよ」

「あ?」


 実際にギルドにいる時の僕がそうだった。だから否定は出来ない。

 けれど、だからと言って動いたのが無駄だとは思わない。突き動かされるようにここに来て良かった。お陰で、いろいろとすっきりしたのだ。ようやくと言うところだけど、一区切りつけれた気がする。

 気分は意外と晴れやかだ。結局何も変わっていないというのに。


「こうやってもう一度話せるわけだし、グランはやっぱりこうだよなぁ……」

「おい。俺の何を知った気になってんだテメェ」


 口が悪いのも、その割には優しいのも、きっと変わらないのだろう。

 この際だ。どうして僕がパーティーを追い出されたのか。その理由をもう一度聞いてみよう。もしかしたら答えてくれるかもしれない。もう何が来ても、受け入れようと思う。


「――ねえグラン。どうして僕がパーティーを追い出されたのか。理由を聞いても良い?」

「答えられねぇつった覚えがあるんだが?」

「それでも聞きたいんだ。どんな答えでも受け入れるよ」


 少しの間グランが沈黙する。迷っているのか、単に面倒くさがっているのか。顔が見えない事には判断がつかない。

 グランの言葉を待つ。もしかしたら聞けるかもしれない。眠気は既に消えていた。


「……いいぜ。答えてやるよ」

「本当っ?」

「ああ」


 そうやって、グランは僕を追い出した理由を語り始めた。


「言っちまえば簡単だ。あのままだとお前は遠くないうちに死んでいた。それは俺だけじゃなく、パーティー全員の総意だ」

「……それは、足手まといとして?」

「……誰がお前を足手まといなんて思うかよ。ちげぇ。お前がだ」

「? どういうこと?」


 足手まといとしてじゃない。ならどうしてなのか。

 いやこの口ぶりからするに、僕を追い出した理由は力じゃない?


「あの時のお前は、どこまでも自分を追いつめていた。理由はそうだな……このままじゃ俺たちの足を引っ張っちまうかもしれない。だからもっと強くならねぇと。ってところだろうな」

「――それの何が問題なの?」

「……度が過ぎてたんだよ。俺達だってお前の努力を否定するつもりなんて欠片もなかったっての。何とか抑えられねぇかってあれこれ考えてよ。それが全部逆効果だ。やんわり言えばお前のやる気を助長した。強く言えば思いつめて悪い方向に進んでいった。実力が伸びないって焦ってただろ?」

「それは、まあ」


 どうにかして追いつこうと頑張っていた。役に立つように知識を手に入れようと本にかじりついてたし、限界まで剣を振って練習していた。

 けど実力は想ったより伸びなかった。まるで停滞したように。


「そりゃそうだろ。どれだけ知識を手に入れようが、剣を振って技量を高めようが、体調最悪で目に隈作ってりゃそれも十分に発揮できるわけがねぇ。そうやって限界以上に自分を追い込んで、行きつく先なんてちょっと考えれば想像がついちまう」

「だから僕を追い出した? 一人で潰れる前に?」

「そういうこった。極めつけはあれだな。俺達が休みだって休暇取ってそれぞれ休んでいるときに、テメェは勝手にダンジョン籠ってはぶっ倒れやがった。場合によっちゃその場で死体行きだ。ふざけるなよ馬鹿野郎が。俺達は力で繋がってるわけじゃないってのによ」

「そっか……。ゴメン、いろいろと」


 ――つまりは、全部自分がから回っていただけだった。

 確かに「白銀の剣」は、元々憧れと仲の良かった仲間で結成したパーティーだ。伝説に憧れて冒険者になった僕とグラン、リン。そして各地を旅していてたまたまこの町に立ち寄ったレンとは、話が合って一緒にモンスターと戦ったりした。盗賊をやっていたアルカとは盗まれた。だ、盗んでないという喧嘩の末に、なんやかんやで気が付いたら気の合う仲間になっていた。


 ただ、パーティーの皆が強くなって行くにつれ、焦ってしまったのも事実だ。そして方法を間違えた。


「重ねて言うがな。俺達はお前の努力を否定していたわけじゃない。パーティーのためだって頑張ってるやつを、どうして邪険に思えるんだって話だ。ダンジョンだって、怪我無く帰ってきたらそれでよかった。それが死にかけたって聞いて、どれだけ心配したと思ってる。その原因が俺達全員にあると思ったから、離れるべきだと考えたんだよ」

「……なんだ。から回ってただけかぁ……」

「……そうだろうな。お前はもうちょっと周りを見るべきで、俺たちはふんじばってでも説得するべきだった」


 安心したような、申し訳ないような。

 嫌われてなかったと言われて、追い出された理由がそれで不覚にもよかったと思った。そして、そう思わせて、実際に追い出す判断をさせてしまった自分を情けなく思う。

 なるべくしてなった。そんな気もするし、回避する方法もあったんだろう。それに気づけなかった。


「はあ~……」

「んだよ」

「いやぁ。理由が分かると、今までの自分の葛藤やら何やらが全部くだらないモノに思えてきてさ。あぁー。どこかで止まっていたら、まだ僕はグランたちと一緒にいられたんだろうなー……」


 ごろごろと、体を左右に揺らす。

 区切りは付けたが、それはそれとして思わずにはいられないのも事実だ。


「はっ。誰がテメェなんかをパーティーに入れるかよ」

「それ、今言っても大した効果ないよ」

「んだとテメェゴラァこのや――」

「まあ今更悪役なんて出来ないだろう。グランには」

「――あ?」

「――ん?」


 気が付くと、視界の端には少し傷んだ鎧を着た男が立って居た。騎士の様な男。レンだ。

 苦笑しながら、こちらに近づいてくる。


「その様子だと、話したようだな」

「……悪いかよ」

「いや、きっといつかは言わなければいけなかった。役割を押し付けてしまったこともある。決定権はグランが持って居るさ」

「久しぶり、レン」


 未だ起き上がることは出来ない。鎧を着ながらも歩くことが出来るのは、流石だと思う。


「ああ、久しぶりだなユース。黒鬼(ブラックオーガ)との戦いの際は、腕が鈍ってないようで安心した。むしろ強くなっていたな」

「まあ、ちょっとね。びっくりするほど連携出来て、やっぱり体が覚えてるのを実感したよ。そっちこそ、また強くなったんじゃない?」

「鍛錬は欠かしていないからな。そういわれると嬉しい」

「――おい。何俺を挟んで仲良く話してやがる。よそ行きやがれ」

「ユースに聞きたいのだが――」

「無視すんなゴラァ!」


 天然の気質があるとはいえ、これは素なのかわざとなのか。

 ただ、話せば話すほどにしっくりくる。幸い話す話題には事欠かない。この機会を逃せば次に会えるのはいつになるのか。話せるうちに話しておくべきだろう。

 抗議の声を上げるグランはそのままに、レンは話を続ける。


「はーい、怒らない怒らない。ほらグランの傷も治すから。ユースも」

「まーた騎士様が天然発動させてんねぇ。ははっ、懐かしいじゃないか!」

「リン、アルカ」

「よっ、ユース」


 僕たちの様子から、やっぱり脱退の件がある程度解決したと判断したのだろうか。

 今まで通りの様に、態度も様子も変わっていない。それが嬉しくって、涙腺が緩みそうになるけど、なんとか堪える。流石にそこまで感情を出してしまえば、この場でただひたすらに泣き続けてしまうから。

 外傷をリンの治癒魔法である程度治してもらい、その間の会話に花を咲かせた。


「それにしても、僕が死にそうなのが共通認識ってちょっと悲しいよね」

「そう? だってユース。私の不安を減らしたいんだーて言って治癒魔法を覚えようとしていた時があったじゃない? 私は仮にも白魔導士。治癒魔法は専門分野だっていうのに、私に並べるようにって目標にして睡眠時間削ってたよね? いつだって頑張りすぎちゃうじゃない」

「……そんなことは……ない、はず……」


 自信がないために、言葉は掻き消えるように小さかった。


「それを言うなら、あたしの時だって必要以上に知識を付けようって躍起になってたねぇ。ユースは、頭ん中図書館にでもするつもりなのかって危惧した記憶があるよ! 騎士様はなんかあったのかい?」

「む? そうだな……。もっと立ち回りが上手くなりたいといわれて教えたことがあったな。夜中までずっと同じことを繰り返し続けていて流石に気絶させた」

「気絶!?」


 一体いつの時に!?

 ……けど、そっか。そんなに僕の行動って筒抜けだったんだ。あまり気にされていないと思っていたんだけど。


「ま、そういうこった。俺達は結局力じゃなくて、協力して憧れを求めるってのが重要だった。勿論死なんて論外だ」


 立ち上がり体の調子を確かめているらしいグラン。

 その背を見て、思うことは様々だ。


「カッコつけてるとこ悪いねーグラン」

「あ?」

「ねえユース。知ってるかい? あの時、あんたに追放だって言った後のグランはね、それはそれは落ち込んで今だって顔を合わせずらいからそむけ――」

「――オラァ!! 食らえ年増ぁ!!」

「――若い女性にそれは禁句だって教えてやるよ馬鹿野郎!!」


 ……?

 いつの間にかグランとアルカが取っ組み合っていた。びっくりするほどに全力だ。何処からその力が湧いて来たのかとか、それをここで使っていいのかと聞きたくなる。ただしお互い譲れないんだろう。その顔は鬼気迫るものがあった。


「大丈夫そうですね。師匠」

「ソニア……」


 全力を出し切ったのだろう。疲れた顔でこちらに歩いてくる。

 その手には槍があって、一応それを杖の代わりにしているらしい。僕より先に立ち上がっていて、ちょっと僕の師匠としての威厳がなさすぎやしないだろうか。まだ立てないんだけど。

 ソニアは、僕の近くにいる皆を視界に入れる。


「あー、ソニア。これはその……」

「元パーティ―メンバーってことでしょう。それで、確執か何かが解決した、と」

「そうだね……」


 そういや察しがついてるみたいなことを言ってたっけ。想定の内って感じなのだろうか。

 それでも話すべきだろう。ソニアがここに来る理由はなかったのだから。こうやって命の危険が高い場所に誘ってしまった自分は、そうするべきだと思う。ただここで話すにはちょっと長くなりそうだ。明日にでも、話す機会を作ろう。


「察しはついてるかもしれないけれど、自分の口から話すよ。後にはなりそうだけど」

「そうですね。ぼちぼちと撤退の準備や動ける人達で負傷した人の移動を始めてます。そう遅くないうちに、私たちもギルドに帰る事でしょう」


 人も少しずつ少なくなっている。戦闘の後だって、やることは一杯だ。報告書を書く人もいれば、武器の手入れや入れ替えをする人もいる。怪我をしている人は後に響かないように気を付けつつ療養だ。少なくとも、この場にいる全員当分はダンジョンに入れないだろう。

 そう考えて、立ち上がるために力を籠める。何とか、支えなしで立てるほどには気力が戻ってきた。


 帰路を確認しようとして、ソニアが「白銀の剣」を見ていることに気付いた。多分リーダーのグランをかな?


「どうしたの?」

「いえ、ちょっとお話させて頂こうと思いまして」


 そういって、グランの方へと歩いていく。

 やることもないし、気になって後ろをついていくことにした。


「お疲れ様です」

「あ? ああ、なんか槍で跳んでた奴か。お疲れさん」

「ソニアって言います。よろしければ名前でどうぞ」


 一応A級なんだけど……。ソニア……ソニアさんは、物怖じせずに堂々としている。

 これを他のA級の人の前でも出来る自信は自分にはない。やっぱり大物の器だよ、ソニアさんは。

 ていうかC級でここに来て、主だった怪我がない時点で十分B級でも通用するよね? 早く上げるべきだと思うんですけども、ギルドさん。


 後ろでおろおろしていると、グラン達がこちらに視線を向ける。


「で、そいつを引き連れて何の用だ。早く上に戻った方が良いんじゃねぇのか?」

「いえ、一応お聞きしておきたいことがありまして、そのために」

「聞きたいことだぁ?」

「はい。単刀直入にお聞きしますけども、こちらのお人はあなた方のパーティーメンバーではないんですよね?」


 ――僕? 

 まあ追い出されたわけだし、元パーティーメンバーになるよね。戻れるのなら戻るかもしれないけれど、さっき話した限りだと戻らせる気はないんじゃないかな。それはそれ、これはこれって感じで。多分街中で見かけたら話すぐらいは出来るだろうけど、一緒にダンジョンに潜りましょうっていうのはまだ難しいんじゃないかな。


 もう自分の限界を超えた無茶をするつもりはないけれど、何が駄目なのかっていうのはまだ明確には分かってないから。知らない間に自分を追いつめている可能性がある。

 当分の課題になりそうだ。自己管理が十分に出来ていなかった。


「――ユースちょっとこっちー! 運ぶの手伝ってー!」

「……分かったー!!」


 リンたちに呼ばれた。どうやら拠点の物資を上に運ぼうとしているらしい。力仕事とかは主に男の方で動いていた。まあ力があるのもあってこっちの得意分野だしね。グランはまだソニアと話すだろうから、その代わりとして僕が呼ばれたって感じだろうか。

 小走りで近づいていく。


「グラン何話してるの?」

「さあ? 多分A級の極意とか聞かれてるんじゃないかな。ソニアは強くなることに意欲的だし、戦闘面だとグランが一番頼りになるからね。戦い方とか」

「あー、そっか。けどグランって割と感覚派だから収穫なさそうな感じしそう……」

「……確かに」


 理論とかはほどほどに、実践で戦って経験値を稼ぐっていうのがグランのやり方だ。戦い方などは参考になるだろうけど、自分に生かせるかと言われれば微妙かもしれない。

 それでも得るものはあるだろう。遠目から見ても、意外としっかり会話できていそうだ。心配とかは杞憂になるだろう。


「それよりあの女の子! ユースの知り合いでしょ? もしかして恋人だったりしたり!?」

「ちがっ! ……えっと、多分弟子と師匠って感じだと思う……」


 声が高く数段高くなった感じがする。やっぱり女性は恋とかそういうのが好きなんだろうか。

 ただそのような想いが僕とソニアにあるかと言えば違う。区切りがついたとはいえ、どっちかっていうとソニアは強くなるために、僕はちょっと言いずらいけど自分のために、そうやって繋がっていた関係だった。おおよそ綺麗なモノじゃない。


 引け目があるということもあり、声は小さくなる。 


「弟子かー……。いつの間にか人に教えることになってるなんてねー。大丈夫そうで安心したっ」

「まあ何とかやってたかな。ソニアは強いよ。多分すぐに追いついてくるんじゃないかな。師匠と言っても名ばかり見たいなものだし」

「そー? そんなことはないと思うけどねー? 私も仲良く出来るかな?」

「大丈夫だと思うよ」

「なら安心だ。もっと聞かせてよ! 何があったのかさ!」


 お互いに持てる範囲で荷物を持ち、隣り合いながらも会話は続く。

 内容はもっぱら空いていた時間の時のことだ。と言ってもほとんど落ち込んでばかりいたから、話せることなんてソニアと出会ってからだ。だからか、会話の中心になるのがソニアの事についてだった。


 色々と、今までにあったことを話しては聞いて、歩き続けた。




 目の前の人は、気難しそうな顔で話を続ける。


「――ああ、そうだな。そいつはもうパーティーメンバーじゃねぇ」

「そうですか。安心しました」

「安心だぁ?」

「はい。……実はパーティーを作ろうとしているのですが、お誘いしたい人が他のパーティーに既に所属していたら、考え直さなくちゃいけないじゃないですか。その点入ってないと明言されたのなら、遠慮する必要はないですし」

「……そうかよ」


 安心した。師匠のことは、師匠が避けていたからかこちらから調べるしかなかった。集めた情報だって師匠が元は凄い所のパーティー所属で、最近は一人でいることが多いなんてことぐらい。

 実力だってそうだ。結局普段は私にあわせていたからか全力で戦ったことなんて数えるほどしかない。最初のモンスターパレードと、私は見ることが出来なかったけど黒鬼(ブラックオーガ)と最初に対峙した時、そして先ほどまでの戦いの三回ほどだ。


「あの人は多分A級なんですよね。何故か自分が弱いみたいな感じでいますけども」

「比べる相手がおかしいんだろ。何でも出来る奴なんていない。そのくせ自分の長所じゃなく他人の長所ばっかみて劣ってるって勘違いしてる。あほだな」

「そうですか……。まあそれは私には関係ないですし別に良いんですけれども」


 師匠は自分が隠し事をしてると負い目を感じているのか、私のことについて特に聞こうとしない。今回の事だって、私がまだC級だと思って勝手に凄いって思ってるのだろう。

 実を言えば、既に私はB級に上がっている。じゃなきゃ私よりも強い人たちに止められている。

 ただそれを口にすれば、離れていきそうな気がした。まだ学ぶことはいくつもある。勝手に区切りをつけて雲隠れされたら堪った物じゃない。そのためにパーティーを作ろうとした。臨時でも即席でもなく、「白銀の剣」や「蒼空の盾」の様な名前付きの固定メンバーでのパーティーだ。


 現状目を付けているのは一人だけだけど、いずれは他の人も迎えようと考えている。私の目的のためにも、何かとパーティーを作った方が良さそうだから。


「ではあの人は私が貰いますね。実力は申し分なく人当たりも知っている。パーティーを作ろうとするなら誘わない手はないですから」

「そうかよ。……勝手にしろ。わざわざ俺に宣言する必要なんてねぇ」

「それもそうですね。残っているのも私たちだけ見たいな感じですし、そろそろ私たちもギルドに戻りますか?」

「……なんで俺とお前が一緒に行くのが前提みたいに話してんだ」


 宣言するような形になったのは、けじめのためだ。師匠がパーティーを抜けたのにどんな理由があれど、場合によっては「白銀の剣」に戻るのかもしれない。だからそれを確認するついでに、先手を打っておきたかった。

 機嫌が悪いのか、それとも元からそういう性格なのか、グランさんはその勝ち気そうな顔を嫌そうに歪めている。


「では私は先に行きますね」

「……」


 背を向けて、道を引き返す。ついでに残ってるもので私が持てるものがあれば持っていこう。ついでだし。


「――おい、ソニアとやら」

「はい?」

「……あいつは勝手に突っ走る癖がある。上手く手綱を握ってやれ」

「飼い犬か何かですかあの人は……」


 振り返れば、表情は変わっていないはずなのになぜかグランさんが機嫌良さそうに見えた。

 まあ自分に出来ることを最大限に模索するのは師匠の魅力ですが、無茶をするきらいがあることもここ数日で知りました。同じことを繰り返させはしませんよ。


「ふんっ。…………あいつの事、ありがとよ」


 ――なるほど。どうやらグランさんは素直じゃないらしい。

 この様子だと、師匠の前でもそうなのだろう。頭の中で「白銀の剣」の時の師匠を想像して、苦笑いがこぼれた。

 これはこれは。幸せそうな感じですね。順風満帆の様な、そんな感じ。


 ――嫉妬してしまうじゃないですか。

 


 

「――なあグラン。もうユースをそいつだなんだっていう風にぼかす理由ってないんじゃないかい?」

「……うるせぇ。名前なんて呼べるかよ。こっちはあいつを追い出した身だぜ? 今更何だってんだ」

「なるほどー? つまり勝手に拗ねらせてるってわけかい。ガキかいあんたは、黒鬼(ブラックオーガ)の時はユースって呼んでたってのに」

「んだと? 最後まで反対してた奴が良く言うぜ。このアマ」

「何だいアンタ! 売られた喧嘩は買うよッ!」

「上等だこのヤロウ!」


「……平和だな。ユースも元気そうだし、新しく追い上げて来る者もいる。これは負けていられんっ!」




 ――なんでこうなっているのだろうか、と。

 同じことがちょっと前にあった気がして、慣れてきたような、いややっぱり慣れないような。


「では新しいパーティーとして登録しますね。おめでとうございます!」

「ありがとうございます!」


 受付の人、というかエレナさん。元気にパーティー申請の書類を提出した少女、ソニア。

 そして事態に付いて行けず棒立ちをしてる僕。


(この構図前もあったなぁ……)


 思い出すのは強制的に弟子を取らされた時の事。あれからもうすでに数か月が経過している。

 そして数日前には黒鬼(ブラックオーガ)との死闘があった。あれから装備なども修理してもらい、既に依頼を受ける準備は出来ている。ギルドも元の様子を取り戻して、僕たちより早く冒険者として活動を再開した人たちだって大勢いる。


 それに負けないようにと、ソニアのB級昇格のためだと気合をいれて宿を出てみれば。

 家の前でビックリするほどニコニコした表情のソニアが出待ちしていた。理由を聞こうとしたら現在パーティーに所属しているのかどうかと捲くし立てられて、気が付いたらギルドの中にいた。

 ――時間が跳んだように錯覚するほどの急な展開だった。


「さて、ではパーティーとして初の依頼ですね。気合入れていきましょう!」

「……ソウダネ」


 もはや流れに身を任せるままに。圧と言うかこうなったソニアは止められない。そして逃げられもしない。


 ただある程度状況は把握している。

 ソニアが黒鬼(ブラックオーガ)の際には既にB級に上がっていたらしいことも、それを知らされず祝うことが出来なかったことも。おかしい、僕は一応師匠だというのに、エレナさんが知っていて僕には知らされていなかった。悲しい……。

 ……是が非でも今日は祝勝会としてパーティーを開かせて頂こう。結局貯金は全然減っていないわけだし、僕持ちで好きな物を食べてもらう。


 そうやって心の中で夕ご飯のお店を考えていると、ソニアはめぼしいモノを見つけたのか依頼書を持ってきた。既に受理されている。


「行きますよー? ユースさん?」

「――あれ師匠呼びじゃなくなってる!?」


 師匠と呼ばれる資格すらなくなってしまったのか僕は……ッ!

 いや当然だッ。散々迷惑をかけたはずだし、そもそも既に実力的にはそこまで開きがない。驚異的な速度で成長を遂げているのだ。きっと僕なんてすぐに抜いちまうぜ! みたいな感じなのだろうっ。

 呼ばれ慣れたものが無くなったことに少し、いやかなりの思いを馳せていると、ソニアはきょとんとした顔でこっちを見て、慌てた。


「いやほらっ。パーティーを正式に組むことになったじゃないですか! これからは、一方的に私が背中を守ってもらう形ではなく、お互いがお互いの背中を預け合う形の方が良いじゃないですか! だからそのための一歩って感じですよ! はい!」

「……そっか……っ! 良かった。お前はもう師匠じゃないみたいな感じかと」

「――一体どういう風に見られてるんですか私っ!?」

 

 心底安心した。それなら別に構わない。幾らでも好きな様に読んでもらえれば。…………よかったぁ……!


「だからほら。行きますよ!」

「そうだね。行こうか!」


 二人でギルドの扉を潜る。

 今日の天気は快晴。僅かばかりの雲が漂い、吸い込まれそうな青が広がっていた。吸い込めば気持ちいい空気が肺を満たす。と言っても、これからダンジョンに潜るのだけども。


 ダンジョンへの道を歩く。

 僕の隣には、いろいろとありながらも離れることのなかった一人の弟子。いや、新しいパーティーの仲間である少女がいた。

 最近よく脳裏を過る。ソニアに合わなければ、きっと僕はここにいない。グランたちとも、話せたのか分からない。


 だからそう。――僕はソニアに会えて良かったと、心の底からそう感じた。

 

お読みいただきありがとうございました。

小説を書くのが初めての試みであったため、未だにてこずることばかりです。

是非アドバイスや感想などがあればお書きくださるとうれしく思います。


楽しんでいただけれたら幸いです。

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