第二十二話 逆転の一手
よしっ、今日は更新できました♪
それでは、どうぞ!
「分かりました」
寂しさなど、欠片たりとも存在しない。
「その婚約破棄、受け入れます」
悲しさなど、以ての外。そんなものより何よりも、私の胸の内には、凄まじい激情が渦巻いていた。
「ですが」
私にしては、長く話している方だったが、そんなことなど、私自身は全く気づかなかった。今、私の中にあるのは唯一つ。
「私が浮気した、などという言葉は、到底、受け入れられません」
家族を守る。ケインを守る。ただ、それだけの想い。
私が傷つくだけなら構わない。私が貶められるだけなら受け流す。
許せないのは、私の大切な人達が傷つくこと、ただそれだけだ。
ケインのエスコートから離れ、一歩、ゼラフへと足を踏み出せば、ゼラフは青ざめ、ビクッと後退る。
「貴方は、時間になってもエスコートのために現れなかった」
怯える様子のゼラフに構うことなく、私はまた一歩、足を進める。
「私は、ただ、貴方が来なかった時にと、頼んでいたエスコート役を連れているに過ぎない」
ゼラフはまた後退るので、私もまた、一歩、進む。
「訂正して。約束を反故にしたの貴方自身だと」
訂正するまで、逃がすつもりはない。そういう意味を込めて睨めば、ゼラフはとうとう、その場で尻もちをつく。
「な、ぁ……お、お前が悪いんだろう!! お前は、僕の番でもないくせに、父上に媚を売って婚約者になったんだろうが!! そんなやつと、このまま婚約なんて、できるわけないだろうがっ!!」
恐怖に包まれているはずなのに、それでも自分勝手なことを喚くゼラフ。ただ、その姿に、納得することもあった。
「私が、媚を売った? そんなわけ、ない。私の両親は、貴方を婚約者にしたくないと言っていた。そして、私だって、貴方のことなんて、嫌い。それでも、強引に推し進めたのは貴方の方」
「なっ、そ、そんな、わけ……」
「証拠もある。けど、その前に、訂正して」
ズリズリと後退るゼラフへ、私はゆっくり、ゆっくり足を進める。
今もなお、首を横に振るゼラフへと、私はさらに鋭い視線を向けて……ポン、と肩を叩かれる。
「リコ、大丈夫だ。そいつが嘘を言ってることは、ちゃんと証明できる。ほら」
振り向けば、ケインが居て、その手には録音用の長方形の魔法道具があった。
『では、ドーマック家で不測の事態が起こり、娘のリコ・バルトリアのエスコートができない場合は、ゼラフ様ではなく、ケイン・ポロックをエスコート役としますがよろしいでしょうか?』
『もちろんだ。僕としては、そんなことがないようにはしたいところだが、万が一の場合はそのように対処してくれ』
『では、こちらの念書への記入もお願いいたします』
『あぁ』
それは、お父様の声と、ゼラフの声。ついでに、その時に書かれたと思われる念書も、ケインの家の使用人らしき人物から手渡され、しっかりとそこにサインがあることを確認する。
「なっ、なっ……」
「どうやら、ゼラフ様は知らなかったようですが、基本的に、こうしたトラブルがないように、スペアのエスコート役についての承諾は、確実な記録として残すことが義務づけられています。そして、この記録は王家への提出も求められるものであり、今この場にある録音や念書は、本来のもののコピーとなります」
知らなかったのはゼラフだけではなく私もなのだが、そこに口を挟むことはない。私は、これで家族にもケインにも迷惑がかからない、ということだけが重要なのだ。
「お、王家? そんな、なぜ、そんなことに……」
「言ったでしょう? トラブルがないように、と。ついでに、先程のゼラフ様の言動はこの場の全員が証人となりますので、裁判となれば多額の慰謝料が……あぁっ、違いますね! きっと、ドーマック家には支払う力などなく、爵位返上となるでしょうね!」
にこやかに告げるケインだったが、正直、すでにゼラフへの興味はない。どうやら、婚約破棄はできそうだし、家族にもケインにも迷惑はかからない。となれば、私はさっさとゼラフを視界から消したかった。
「もう、良い」
「ん? そうか。なら、もうパーティーに戻るか」
「ん」
久々に長く喋ったせいか、喉も渇いた。後ろで『お、おいっ』という声が聞こえたような気もするが、すでにゼラフとは他人なのだから、気にかける必要はないだろう。
少しばかり視線がうるさくはあったものの、それ以降の会話は全て、ケインが担当してくれて、生誕祭そのものは、和やかなうちに終了した。




