[第6話]保身と冒険
「明日ここを出発する、準備しておけ」
「…へ?」
唐突的に切り出された発言に条件反射で返事をする。
「まてまて、まだ早いと思うぞ。今の俺じゃあ人間というにはいささか無理がある」
無言で続きを促すレイと数を数えるかのようにピンと指先をたてるポルナス。
「まず発声器官がないし、頭だって不完全、あと関節も揺れ動く。他にも色々問題はあるしいつボロが出てもおかしくないどころか、バレないほうがおかしいほど出来損ないだぞ今の体は」
服や仮面で誤魔化してはいるが感のいいやつには気づかれるだろう。
「その問題はあと何日あれば解決する?少なくとも数週間では解決しないだろう」
「早くても数ヶ月はかかるかな」
「ここへ来て2週間ほど経つが私が食料をすべて現地調達していると思うか?」
無言で首をふり同時に察するポルナス。
「持ってきたものが底をつきかけている。長居できてあと数日が限界だ」
「…なるほど」
スカスカになった鞄を渡され、微々たる食料しかはいっていないという事実に目を丸くする。
「気休めになるか分からないが、君はこの世界の言語は前の世界と同じ言語だと思っているか?」
「そうじゃないのか?お前も使ってるし」
「いや違う。君と私が会話できているのも、耳の無い君に話しかけれたのも、共に私のスキル[意思疎通]によるものだ」
脳内で何かが噛み合う音がした。
突っかかっているものが消え、もやもやと残っていた疑問が解消される。
「仮に君が声を出せるようになったとしても何気なく会話するのに何年とかかるだろう」
だが同時に人として生きることを立ち塞ぐ新たな壁が生まれた。
「異世界転生って言ったら不思議な力で言葉が通じるものが多いし、そんな感じにーー」
「ならない。現実は甘く無いぞ、ポルナス」
続く言葉を塗り潰し、真剣な声で忠告される。
あの目は何かを知っている目だった。
「…どうせ喋れない。たがら諦めろって事ね」
「おおむねそう言うことだ」
ため息を吐き出し心内で色々なものを噛み潰す。
最悪筆談でいけるか?
「まだ人前に出るには早いと思うんだけど、往復するっていうのは無理か?」
「ここは少々距離があり場所も悪くてな、できればもう一度来たくはない」
頭の中で色々な考えが交差する。
体の未熟さ、人への憧れ、この世界の危なさ。
レイの一振りでわかった、この世界は弱肉強食だと。
あいつは人を斬ることへのためらいがなかった、感情に揺れはあったものの斬った後だ。
レイにどんな事情があるか知らないがあれだけ容赦なく、無慈悲に剣を振ることは数人斬ったぐらいで出来るものではない。
ここでは昔のように、命の価値が重くないのだろう。
こんな世界で生きていけるのだろうか。
俺の体は痛みはあるが斬られても平気だった。
砂状に変化も出来るし逃げることにも役立つだろう。
だが限界はどこにある?
俺はどこまでの傷を無かったことに出来る?
俺の死のトリガーはあるのか?ないのか?
俺に寿命という概念は存在するのか?
頭の中で入り乱れ、ぐちゃぐちゃになっていく。
どれが確実で、どれが安全で、どれが正解か。
…どうすれば俺は最善の道を進める?
「少し考えさせてくれ…お前が出る頃には決断できていると思う」
この世界は本当は安全じゃないのか?
そんな甘い考えが出ては消えて、出ては消えて、出ては消えて、