[第5話]外見完成
「結局振り出しに戻ったなぁ」
流動化で攻撃を無効化!
などと現実は甘くなく、体への害は不明だがしっかりと痛みを伴うものだった。
「何が振り出しに戻ったんだ?」
「どうやってあいつに気づかれずにスキルを奪えるかってこと、一歩間違えてグジャリは嫌だからな」
熊を指差し同時にため息をつく。
結局恥をしのんでレイに頼むべきか?
どうするべきかと考えていると、
「あいつ動けないぞ」
「…なんて?」
レイが予想外の発言をした。
「神経毒を用いて捕獲したからな、あと数時間は身動きひとつ取れないはずだ」
「…熊連れて来た時に俺が動けると思ってるなとか気づかなかった?」
「気づいてたさ」
「じゃあなんで言わなかったの?」
「君の反応が面白くてついついからかってしまいたくなってな」
「てめぇどつきまわしてやろうか」
だからあの時に叫ぶだけで動かなかったのか。
ちょっとした憤りと不安が解消され、複雑な気持ちを抱きながら熊へと近づいていく。
ゴワゴワとした体毛の中へと手を伸ばし、緊張しながら本体へとたどり着く。
そして強奪を行使し体色変化を奪い取る。
「レイなんか服持ってない?俺でも着れるやつ」
「なぜ?」
「やっぱり色をつけるとなると若干恥ずかしくてな、なんか全裸みたいだし」
「…そうか。あるか分からないがちょっと見てくる」
そう言って端の方に置いてあるリュックの中身を出し始めるレイ。
数分に及ぶ捜索の末渡されたのは薄茶色の少しくすんだ分厚いコートだった。
「寒冷地帯用だから少々暑いかもしれん」
「暑さは感じるけど、体温がある体でもないし熱が篭ることはそんな無いと思う」
渡されたコートへと腕を通していく。
「若干暑いけど汗もかかないし、不快感も感じない、いいねこれ」
一通り着心地を確かめると体の色を変え始める。
手先から肌色がやどり服の隙間から見える所には白いシャツや黒いズボンを意識して色を蘇らせていく。
そして顔へと昇らしていき口、目、髪の毛と着色していく。
最後に足を適当に靴っぽくして完成。
「どう?」
完成した姿を見せると同時にレイが顔を引きつらせる。
「…人間になることは諦めるべきだな」
「ちょっとまって!具体的にどこが悪い!?」
「色々とやばいが、ダントツで顔だな」
「顔?」
躊躇なく顔をむしりとり胸板近くまで運ぶ。
「…それで見えてるのか?」
「俺は全身が顔みたいなものだからな」
「というか痛く…ないのか?」
レイがさっきのことを思い出し、すこしだけ不安気な表情を浮かべる。
「これは…痛くないな。線引きがよく分からんが何かしら条件があるのか?」
自分の身体に疑問を抱きながら顔を半回転させる。
そしておもわずウッ!と言ってしまった。
「…これはなかなかに酷いな。人前に見せられるものではないぞ」
非対称的な目や眉毛、小さすぎる鼻、異次元の高さにある口。
そこに加えて絶望的な色使いの下手さ。
絵の具を塗られたかのような肌、光沢のない唇、陥没した眼球、表す事ができない髪質。
「手も酷いぞ」
爪、シワ、体毛、手相、全てが存在しない手。
誰がどう見ても人間と呼べるようなものじゃなかった。
「…どうしよ」
絶望感に打ちひしがれていると顔に何かをぶつけられ地面に落ちたそれを拾い上げる。
「手袋?」
「手はそれで誤魔化せるだろ。顔はどうにも出来ないが」
投げつけられた白い手袋をはめると肌触りがよく、妙に馴染んだ。
高級なものを使ったことのない俺でもわかる。
「これ絶対いいやつだろ」
「使っていないから気にするな、宝の持ち腐れとでも言おうか」
素早く後ろに手を隠すレイ。
ちらりと見えた指先は綺麗な肌色をしていた。
「…ちゃっちゃと顔をなんとかしろ」
「…へいへい」
心の中で感謝し、思案を始める。
精巧な顔を作るのには少なくとも半年は必要だ。
そのうえそれを動かすとなると途方もない時間がかかるだろう。
…となると道はこれしか残ってないだろうな。
ポルナスは顔を崩し、平面なものへと戻す。
前全体を白く塗り潰し黒い逆三角形を3つ描く。
そして顔全面の厚みを増せば…
「仮面の完成と」
「随分と質素なものだな」
「これぐらいじゃないと維持できないから」
仮面をつけたからといって全ての問題が片付いたわけではない。
後頭部を埋め尽くす髪が残っているのだ。
髪は仮面によって後ろへと流れ、オールバックとなっているのだがその髪質が目も当てられないほどに酷い。
ガッチガチのバッキバキ。
無数の毛が集まりできる質感とは程遠く、岩と言われたほうがまだ納得できるようなものとなっている。
フードや帽子で隠すななどといった手段もあるが、もし仮面と併用しようもんならだいぶ不審者になってしまう。
永遠に職質をされるのは勘弁したい。
そんな苦悩のすえ仮面だけと決めたのだ。
「そんな仮面で生活が出来るのか?ご近所付き合いなど、厳しい場面が容易に浮かぶのだが…」
「それに関してはある程度考えてるぞ」
仮面をつけてのコミニュケーションとは難しい。
表情が分からないので感情も読みづらいし、なぜつけているのかと不気味がられる。
その他にも色々と問題は存在するが全て対策するとキリがない。
なのである程度の妥協はしょうがないだろう。
「顔をよく見といてくれ」
レイの視線が仮面へと集中すると黒三角の模様が動き始めた。
「笑って泣いて怒り顔、ビビって困って、寝て照れて!」
ポルナスの声に連動するかのように動き、言葉にした感情を表すような絵文字へと変化する。
時に移動し、時に丸くなり、時に汗のようなものを演出する。
複雑な顔の代わりに簡易的に感情を表せる仮面を使うことにしたのだ。
「これである程度のコミニュケーション問題は解決しただろ。あとこれ見てくれ」
仮面の中から火傷跡のようなものが広がり鎖骨あたりまで伸びる。
顔を傾け仮面を少し外し中までその跡が続いているのを見せる。
「この跡を見れば”怪我のせいで仮面を付けてるんだ”って感じになるだろ?そうすれば仮面の下が見たいって言うやつも減るはずだし」
「…そうか。君なりに考えてそのような結論になったのか」
困ったかのように顔を手で押さえ、ため息をつくレイ。
「君の考えにそれなりの利点があることは理解した。だが見通しが甘い」
「そうか?結構良い案だと思ったんだけど」
「いや、君の案は話せることを前提にしている…その見た目でどうやって仲良く話す間柄まで持っていくんだ?」
「…こんな見た目でも話せる人が数人ぐらいーー」
「世間はそこまで優しくないぞ。コロコロと絵柄が変わる奇怪な仮面を付けている者に近寄る者などいない」
「…一人ぐらいなら」
「コートも脱げずどんな熱帯だろうが厚着している変人だという噂がたてられるかもしれん」
「…わんちゃんあるかも」
「挙句の果てにその傷跡、野蛮な者だと勘違いされてもおかしくはない」
「…」
「分かったか?これが世間だ。どんな事情があろうと人は与えられた情報の中でその人がどんな人なのかと想像するのだ。そんな見た目ではほとんどの人にヤバイ奴だと勘違いされるだろう」
「じゃあどうしろって言うんだよ」
「だが君がつくる顔よりは断然マシなのも事実。そうだな…口ぐらいはしっかりとつくるべきだ」
「口なら簡単に出来ると思ってる?難しいからな」
さっきつくったやつは酷い有様だった。
あんなカピカピしたものを唇と読んで良いわけがない。
「別につくれると思ってないさ。いつかのために今のうちから努力すべきだと言っているんだ。先程の君は人間であることを妥協…諦めようとしていたからな」
顔をつくるのを後回し…いや、半ば諦めていた心情を読まれる。
正直めんどくさがりな自分が努力し続けられるかと言われればいいえなんだが…
「別に諦めたわけじゃーー」
「じゃあ出来るはずだな。今すぐ出来ろとは言ってないだろ?段階を踏んで数年、数十年後とかに人間として生きれるようになればいいんだよ」
「努力を続けるのが苦手なんだよ」
「そうか、じゃあ諦めて1人ぼっちの人生を送るんだな」
「よーし今から頑張るかぁ!」