[37話]過去で過去が過去なのだ
ポツポツと立っていた小屋や畑を通り過ぎ、だんだんと道が舗装されたものへと変わっていく。
道を歩き続けていると、賑わいのある村が見え始めた。
レンガ調の家が立ち並び、人が入り乱れる様子はまさに繁華街。
「あんなに賑わってんのに王都じゃないのか?」
隣にいるレイに念のため尋ねておく。
「普通の村だよ。でもこの村は有名だからね。王都と比べたら全然だけど、そこらへんのと比べたら比較にならないほど繁盛してる」
「村にもそんな格差があるんだな」
「王都にそれなりに近いし、治安もいい。のどかな雰囲気も人気で極め付けは「若薬湯」!」
「若薬湯?」
聞き慣れない単語に頭を傾げる。
「若薬湯はね。むかしむかーしのそのむかし、仙人達が不老不死の霊薬を作ろうしていた。その仙人達はここ一体に流れている地下水にその効果があると信じ、勤しんだ。その結果不老不死ではないが若返ることができる薬を作ることに成功した」
「なるほどだからここらへんの水は特殊な効果があると」
ここがありがたい場所だから観光地として人気になれた。
どの時代でもこれは変わらないんだな。
「まぁまて、まだ話おわっておらぬ」
「なんで爺さん口調になってんだ?」
「その後、その秘薬を量産し近くに住むものへと配っていたのじゃ。だがそんなことを続けていると当然のように悪辣なものに目をつけられる。大量の秘薬を狙われた仙人達は「悪人の手に渡るぐらいなら」とすべてをひっくり返した。それに激怒した悪人達は仙人達を皆殺しにしたのじゃ。その結果地面へと吸われた秘薬が地下水に浸透し、地下水全てが秘薬になった、ということじゃな。めでたしめでたし」
「なにがめでたいんだ!?仙人全滅したぞ!?」
あまりにも急降下な展開に思わずツッコんでしまう
「途中までたまに聞くような話だなって思ったらいきなりジェノサイドじゃん!」
「まぁただの噂だしね。気にしたら負けだよ」
「そ、そうなのか?」
うーん、と思いつつも深く考える事ではないと割り切っていく。
「そうか…いちいち気にしてたらダメか」
「ちなみに若返りの薬なんてものは今も昔もないよ」
「え?」
動いていた足が止まる。
「じゃあ若返りの薬が存在しないのになんでそんな噂がながれたんだ?」
「…なんでだと思う?」
「…そういうことか。こすいねぇ」
思わずため息をついてしまう。
客を寄せるために根も葉もない話を流すのはライン越えな気がするが…
この村が本当にいい場所だから今繁盛してるんだろうな。
「…?なぜそんな噂が流れたのですか?教えて欲しいです」
「…ラグちゃんはピュアだね…ずっとそのままでいてね」
「一瞬でわかってしまった俺みたいな汚れた人にはならないで欲しいな…」
「??」
はてな顔で未だ困惑しているラグドールの頭を撫でた。
これを知るのは十数年後でも構わないだろう。
「で、本当に若くなる薬があると思った?」
「まぁ…この世界ならありえるだろ」
正直転生している身からすれば若返りなんて誤差みたいなもんだ。
あっても疑問には思わない。
「逆に転生とかスキルとかあるのになんで無いんだよ」
「あー…この世界には禁忌ってものが決められててね」
レイが少しバツの悪そうな顔で話し始める。
「人体錬成や死者蘇生、不老不死やその他諸々。人の命を弄るのは結構なタブーなんだよね…」
「だから技術はあったとしても試されることはないし、表に出ることもない」
「そう言うことだね…」
「…お前なんでそんな汗かいてんの?」
レイの様子がおかしい。
異様に汗を流し、目が泳いでおりどこか虚だ。
まるでトラウマが呼び起こされたような。
「…そんなことないよ。私はいたって普通さ」
強気に答えているがどこか声は震えている。
「…そうか…すまん」
口を横に閉じ、黙ってレイの隣を歩く。
本気で聞かれたくないことだと肌で感じた。
なにがあったか分からないが、頭の中で考えることすら躊躇してしまうほどに…レイの表情は苦悶に満ちていた。
そこから数分無言の時間が続いた後、喋り始めたのはレイだった。
「ポルナス君」
「…どうした?」
「私がさっき若薬湯の話をなんでしたと思う?」
「…さぁ?うんちく語りたかっただけじゃねーの?」
「私をなんだと思ってるんだ?違う、王都に向かう前にひとっ風呂浴びたいからだ」
少し微笑んでそう答えられる。
いつものレイに戻っていた。