[第2話]自由な体
「転生したってことは分かったけど結局黒いハコってどういうことなんだ?」
最初期の疑問をふと思い出す。
「文字通り君が黒いハコということだが」
「それがよくわかんねぇんだよ」
探知を使っても自分の体は見ることができない。
動くこともできないし、一体どうなっているのか見当もつかない。
「…大きめのサイコロだな」
「…なるほど」
転生してることは合ってるし多分本当にそうなってるんだろうな。
「俺の人生はここで積みということか」
頭の中で走馬灯が流れ始める。
…すべてが暗黒世界の思い出だからずっと黒一色なんだけど。
そんな走馬灯ですら終わりかけている彼に救いの手が差し伸べられる。
「私が解決してやろう、そのあたりで君が動くけるようになるものでも見つけてきてやる。あいにく私には“鑑定“という超有能スキルをもっているからな」
鑑定…どこぞの異世界主人公が持ってそうなスキルだ。
「思ったんだけどさ、初対面の関係ないやつになんでそこまでしてやれるんだ?」
「…人を助けるのに理由なんて必要か?」
俺の質問に少しはにかみながらもそんな完璧すぎる事を返してくる。
キレイになびく髪もあいまってまるで主人公のようにも感じ。
俺はそんなレイに向かってーー
「ありきたりすぎる。10点」
「失礼すぎやしないか」
「10点満点だぞ」
「だったら満点といえ」
レイがいなくなり数分経った頃、俺は今の状況をまとめ始めた。
まずレイ。
いきなり現れた謎の女性。
分かることはスレンダーボデイな事とからかいすぎるとキレることぐらいだ。
色々と分からないことはあるがが今は考えないでおこう。
次に俺の状況。
現状動くことすらできない。
だがレイの助けにより五感の内の視覚、触覚、聴覚の3つが元に戻った。
視覚は前世の頃より便利になっており、360度どこでも見ることができる。
だが久しぶりの視界ということと、脳の回転の遅さが原因となり180度の視野も維持することができない。
前だけでなく後ろも見えるから脳に来る情報は2倍そこに上方向まで来るので実質3倍近く情報が流れてくる。
だから全てを注視することはできない。
そんなハイスペックなものなんて使いこなせるわけがなく宝の持ち腐れとなっている。
そして触覚と聴覚。
この2つはこれといった効果はなく、地面を踏んでいることが分かったり、ときどき岩が落ちる音が聴こえるくらいだ。
あと聴覚で確認したのだが声を出すことも出来なくなってる。
ハコに生まれ変わったのだから声を出せないのは当然なのだがレイとどうやって会話していたのかますます分からない。
“意思疎通“はいったいどんなスキルなのだろうか。
最後に味覚と嗅覚。
もしかしたらあるのかも知れないが現状まったく分からない。
地面の味がするわけでもなく、キツイ匂いがしたことも感じない。
というか五感全体が少し感じづらくなってるような気もする。
まぁそれを確かめる方法もないが。
そして最後、よく分からないスキル。
俺には強奪と増殖という2つのスキルがあるらしい。
この2つを俺はほとんど理解していない。
強奪の方はスキルを奪えることはわかったが、増殖に関してはなにもわからない。
今使って覚えるのもありなんだがレイがいないのにそんなことするのはいささか心配だし、大惨事になる可能性があるからやめておくのが賢明な判断だろう。
動けるようになったら次はしゃべることが最優先だな。
考えがまとまり数時間後。
鉱石の数を数え終わると同時に出口の方向で人影が映った。
土や血で鎧が汚れたレイが現れる。
「今回は帰ってくるの早かったな」
「前よりは早かったと思うが、そこまで差異はないと思うぞ」
レイは困惑気味た表情をうかべながら首を傾ける。
「持ってきたスキルは“流動化“だ」
「流動化?それで動けるようになるのか?」
動けるようになるビジョンが見れないんだけど。
でもレイが持ってきたんだから出来るんだろうな。
「知らない」
「一瞬でも信頼してしまった俺の気持ちを返せ」
「君の情報がないんだから全部試さないといけない。これは十中八九使えないと思うが…」
「可能性が無いもん持って来んなよ」
「…文句ばかり言って…!」
苦労してとったのかふくれっ面をしながら左手に持っている生き物を渡そうとする。
俺はその生き物に視線を向けるとーー
「やめろ!近づけんなそれ!」
「なんだ?流動化がいらないのか?」
彼は根源的な恐怖を覚える。
警告を表す黄色と黒の彩色。
前世のと比べて何十倍もある大きさ。
刺されると命の危険さえ出てくる凶暴な生き物。
蜂と呼ばれる生物がレイの手に握られていた。
「虫は嫌いなのか?」
「やめろ!それまじで近づけんな!クソっムカつく顔しやがって!」
さっきのふくれっ面はどこへ行ったのか。
レイの顔には邪悪な笑みが貼り付けられており、仕返しといわんばかりに蜂を近づけてくる。
「虫に慣れて置くべきだぞ、ほら」
「謝るから!謝るからそれ以上近づけるのはやめ…ぎゃあああー!」
俺の抵抗むなしく頭の上に蜂を置かれてしまい体が凍りつく。
蜂は死んだように動かないが頭についてる触角がピクピクと揺れている。
「早くどけて!頼む!」
「フフッ、ああ分かった今どけッ、フフッ」
「笑ってないで早くどけてくれ!」
頭にのっていた蜂が回収され目の前に置かれる。
近くに置かれるのも嫌だがそれ以外だとスキルをとることができない。
「流動化だっけ」
「そうだ。早くしろ」
もう一度蜂を近づけられたら抵抗出来ないのでレイの命令に従い流動化を奪う。
またもや胸焼けのような感覚が広がっていく。
「じゃあ使うぞ」
正直なところ成功するとは思っていない。
流動化と聞いて動けるようになると判断するやつは普通いないからだ。
だが蜂には逆らえない…
そんな心境のなか流動化を使う。
その瞬間、俺の身体が砂のように崩れ落ち山状になる。
ここまでは予想できた。
ここからどうなるかだ。
「ふーっ…」
俺は深呼吸をすると身体を動かすことだけに意識を集中させる。
すると一気に視点が高くなり、レイの「おお」という感嘆の声が響いた。
「成功したぞ!」
「私の判断は正しかったな」
自分の形を変形させ人のような形になる。
そこで俺は始めて新しい自分の身体を見た。
「黒…というか黒曜石見たいな感じだな、俺は」
わずかに紫がかっていて光沢がある、そんな黒色が俺の全身を埋め尽くしていた。
黒曜石というのは昔やっていたゲームで覚えた言葉だ。
本物は知らない。
「それで…ちゃんと動けるのか?」
レイは少しだけ不安げな顔でそう尋ねてくる。
自分の形を変えられるのが分かっただけで動けるかはまた別の問題。
自分の形変えれるんだからいけると思うけど。
「じゃあいくぞ」
この世界にきて記念すべき一歩目に挑戦する。
ゆっくりと変形しながら動かし、違和感のないように形を整え、そして一歩目が成功した。
「おお!」
踏みしめると同時に思い出す足の感覚。
一歩出すたびに景色が移動していき風をきる。
「あぁ、これだよこれ!」
涙腺があれば泣いてしまうほど感動した。
洞窟内を歩き回り一通り生きていることを実感しているとバランスを崩して倒れてしまう。
体が散り散りになりまたもや砂の山をつくってしまった。
その様子を無言で見つめているレイ。
「…なんとなくだが、棒倒ししたくないか?」
「…やだね」