[第13話]初陣
「大丈夫か?痛むならもう少し丁寧に走るが」
「いえ、問題ありません」
地面には木の根や大粒の石が転がっており、どうしてもバランスを取りきれない。
そのためすべての衝撃を受け止め切ることは出来ず、多少なりとラグドールへと伝わってしまう。
「お気になさらず最高速度でお進みください」
「はいそうします。とは言えねぇよぉ」
そう言ったラグドールの足からは包帯が滲むほどに血が出ており、顔色も非常に悪くなっていた。
まさかレイと離れたこの数十分でここまで悪くなるとは思っていなかった。
レイについて行かせるべきだったか。
判断ミスをした自分を悔やみながら、スピードを落とし走り続ける。
「…やや右に曲がってください」
「またか、すまん」
ラグドールに指示された通り10度ほど進行方向を傾ける。
この子が言うには森の中では真っ直ぐに走ってるつもりでもいつのまにかルートからはずれるていることがよくあるらしい。
それは森に慣れていない人ほどそうなるため、ときおり森を熟知しているこの子が進行方向のズレを教えてくれるのだ。
この子がいなければ俺はもうあらぬ方向へと進んでいたであろう。
「…ずっと助けられてるな」
「いえ、私が出来るのはこれだけですから」
「そのサポートがなかったら俺はもう役立たずになってんだよ…」
どうも先程から自分の不甲斐なさを思い知らされる。
というか俺1人になれば何が出来るのかわからなくなってきた。
ため息をつきながら自分の無能さを憂いていると、
突如甲高い悲鳴が耳へと入ってきた。
「今のって!?」
「わた、私の知っている人です!!」
体を起き上がらせ鬼気迫る表情で訴えかけてくる。
「レイ!レイ!発見した!すぐに駆けつけてくれ!」
「了解!見つけたら連絡する!」
「頼んだぞ!」
新たに腕を一対生やし指を木へとめり込ませながらよじ登っていく。
木の頂上あたりまで登りきり猿のように枝を飛び移り目的地の上を目指す。
「こっからは脳内で直接会話するから、なにか言いたかったら念じてくれ」
「分かりました」
目的地が近づき音を立てぬよう慎重に動き始める。
やがて悲鳴があった場所が見え始め、
見た瞬間、俺はラグドールの目に手を被せた。
「どうしたのですか?」
「…これは子供の教育に悪い」
俺の眼前に広がる光景は大人でさえ嗚咽してしまうであろう
凄惨なものだった。
ラグドールのように獣らしい風貌をした者が数十を超えた数おり、その全てに木でできた手枷がかけられている。
手枷の全てを通る縄が設けられており、その縄が伸びて行く方向に2人の男がいた。
2人とも薄汚れたタンクトップを着用しており、そこから伸びる腕は丸太のように太い。
手にはバットほどの長さのあるククリ刀が握られており、それにはベッタリと赤い液体がついていた。
見るからに腕っぷしが強そうな2人だが、亜人達の気概は潰れておらず敵意を溢れさせている。
「…やばいな、これは」
ガタガタと震え始める手をラグドールに気づかれぬよう力で強引に止める。
人間じゃなくなったとしても恐怖で震えることは変わらないらしい。
一刻も早くレイに来てもらわないといけない。
だが相手がそう都合よく待ってくれるはずもなく。
次の獲物を見定めたのかククリ刀を構えながらゆっくりと近づき始めた。
あの状態じゃ絶対殺される。
かといってレイを待つ時間もない。
選択肢はひとつしかない。
それを選ぶことによってたくさんの苦痛を得るかもしれない。
なんでそれを選んだのかって後悔も。
…でも違う方を選んだら俺は一生自分のことを好きになれなくなる。
だから俺はこっちを選ぶ。
「ここで目を瞑っていてほしい。いいと言うまで開けちゃダメだからな」
手をアイマスクのように変形させラグドールの耳へとかける。
「…分かりました」
「ありがとう。すぐ終わらせるから」
そう言ってポルナスは木から飛び降りた。
重力によってその体は加速し、ものの数秒で地面のすぐ近くに到達する。
ぶつかる前にに流動化を応用し体を砂状に変化させ、体に来るであろう痛みを無くす。
その状態で加速された体は地面へと打ち付けられ、激しい破裂音が響いた。
着地した衝撃で身体は四方へと飛び散り、全ての視線が音の鳴った地点へと向けられていた。
正攻法では勝てると思っていない。
だから俺はこうやって戦う!
ポルナスは2人の足下へと転がった破片を増殖させる。
すると少しずつ粒子が増えていき山のように盛り上がると、男の後ろで形作り始めた。
それは徐々に人型になっていき、そして新たなポルナスが出来上がった。
未だ気づいていない男の後ろから強引にスリーパーホールドをかけ頸動脈を締め上げる。
男はおどろいた様子をしながらも、ククリ刀を手放し力技で腕から逃れようと抵抗する。
本来の体なら一瞬で外されてしまうほどの力だがこの体のほうが力が強くピクリとも動かされない。
このまま1人締め上げそのままもう1人といきたかったのだが音を立てすぎたせいか気づかれてしまった。
ヤバイ!まだこっちも落ちてない!
ククリ刀を構えて数歩とない距離を詰めてくる。
今こいつを離せば避けられる。
だがその後協力されるのか?それは厳しいどころか勝てなくなる。
頭を悩ませる時間はなく、気がつけばククリ刀は振り上げられ、また鼻の先まで近づかられていた。
くそっ!一か八かだ!
「脳震盪パーンチ!」
「なにっ!?」
三番目の腕を肩から生やし予想外の一撃を喰らわせる。
その一撃は的確に顎を打ち抜き頭を揺らした。
次の瞬間、男はガクリと膝をつき、地面へと倒れた。
正直運が良かったとしか言えない。
そのまま締め上げていた男の意識も落としきる。
「ーーっふぅ。よく出来たな、俺」
自分でも惚れ惚れとするような手捌きに驚きが隠せず興奮がおさまらない。
レイがいなくてもいけるとは思ってなかった。
ククリ刀振りかぶられた時なんか特に生きてる心地がしなかった。
また体がガタガタたと震え始めるが感傷に浸ってる場合じゃないと気持ちを切り替える。
「手枷外さな…いと…」
次の瞬間俺は捕まっている人達を見て違和感に襲われた。
なぜまだこんな目をしている?
捕まっていた人達の目はいまだ敵意は消えずしっかりと何かを睨みつけている。
その中の1人がおもむろに俺へ向かって指を指し、
「後ろにまだいる!!」
言われた時にはもう遅かった。
よくよく考えれば不意打ちで倒したとはいえあの2人にこの数を制圧するのは無理だと容易に分かったはず。
振り向けば木の影に男が立っていた。
そして瞬きをする暇もないまま俺の腕が吹き飛んだ。