亡国の王子
「……なんなの」
クラージュの心を代弁したのは、同じく棒立ちになっていたリリベルだった。
「なんなのアンタ!なんでここにいるのよッ!無断で王宮に立ち入るなんて不法侵入じゃないッ!!」
そうだ衛兵だ、とクラージュは広間は見渡した。だれか呼んでローガン・ルーザーをつまみ出さなくては、いや捕まえなくてはいけない、もう敵国の人間みたいなものなんだから。それでなんとか元の流れに――
近衛兵を呼ばんと口を開いたところで、血の気を失くしたノイマンの横顔が視界に入った。普段であれば真っ先にこの状況を打開してくれそうな右腕の異変に、クラージュはようやく気が付く。
急に、白々とした陽射しが作り物めいて見えた。
いつの間にか、さえずっていた小鳥の鳴き声は聞こえず、外を行き交う人影もない。夜の舞踏会に備えて、続きの間ではまだ準備に大忙しだったのに今はその気配も感じなかった。
そもそも、どうしてこんなに騒いでいるのに近衛兵は誰も来ないのか。やけに静かだ。静かすぎる。
一度めは新たな婚約発表の感動的な静粛、二度めはライラ・ウェリタスの発言による気まずい沈黙、だが三度めのこの静けさは――ひどく張りつめ緊迫した無音の空気は、一体なんなのか。
果敢にもリリベル・ウェリタスだけは、自分の意見を押し通そうと声を荒げている。
「出ていきなさいよッ!!ここにはわたくしが呼んだ人しか入れないんだからッ!!」
振り返った金色の瞳にひたと見据えられ、クラージュは知らず息を詰めた。
「なるほど、会場を間違えてしまったか!成人の式典とやらは大聖堂だったな!」
晴れやかな笑い声。
――なんだ、いつもどおりのローガン・ルーザーじゃないか。
なのに。
――なにが、こんなに恐ろしいんだ?
正体の分からない『恐れ』がジャムのように煮詰まっていくのを感じ、クラージュはわずかに後ずさった。
ローガン・ルーザーは、なにからなにまでいつも通りだ。
ふさふさとした稲穂のような金髪に、学術院の制服でさえ一流の仕立てに見える均整のとれた立ち姿、日に焼けた凛々しい顔にはだらしない笑顔を浮かべている。そう、いつも通りに。
――なぜ笑ってる。
スウッと冷たい汗が背中を伝った。
――『おまえの国』は、なくなったんだぞ。
こちらの考えを読んだように、ローガン・ルーザーの双眸が狙いを定めた獣のごとく細まった。突然クラージュは自分がとんでもない罠に落ちたような錯覚に陥った。肌が粟立ち、拍動が早まる。血管が収縮し、指先がしびれた。全身が強い警告を発する。今すぐここから逃げろ、と。
「成人の式典ですって?アンタが?」
世界から取り残されたような大広間に、リリベルの嘲笑の混じった金切声が反響する。
「ハッ!なにをカン違いしてるのッ!?成人式こそアンタは入れないわよ!フォーリッシュ王家から招待された人だけの特別な式典だもの!!」
「そのようだな」
日が陰った。風もないのにシャンデリアがチャリチャリとかすかに揺れた。
「招待状とはコレのことだろう?」
リリベルが笑い止んだ。
ローガン・ルーザーが取り出したのは、見覚えのある若草色の装飾紙。
乱雑に折りたたまれた巻紙が開かれると、裏からでも聖フォーリッシュ王国の紋章が透かし見えた。クラージュも署名をしたから覚えている。彫金のほどこされた美しい書筒におさめられ、各国に贈られたはずの招待状。あれは、そのひとつだ。
――どうして、お前がそれを。
クラージュの脳裏に招待客のリストが思い浮かぶ。
銀氷海を挟んだ近隣国、【象牙の杖】を有する国、小さな友好国たち。出席の有無に関わらず、招待状に対するお返しはきちんと届いている。
ただし、正式な返事がなかった国があった――たった一国だけ。
「たしかにコレは私宛てではなかったのかもしれん、送られた当時は。だが、今この宛名を使うなら『私』を指すことになる」
そう言いながら、ローガン・ルーザーは――いや、『ローガン・ルーザー』と名乗っていた男は楽しげに手紙を読み上げた。
「聖フォーリッシュ王国から献ず。崇高な北の果ての主、金の星輝く大国。
偉大なるバベルニア帝国国王へ」
男は『傲慢』に続けた。「改めて」
「以後お見知りおきを、親愛なるクラージュ・グラン・フォーリッシュ王太子殿下。
――私が、バベルニア帝国の七代目君主 ローグ・バベルニアだ」
ドッキリ大成功(*´ω`*)テッテレー




