クラージュ王太子殿下の筋書き荒らし
――なにがどうなってるんだッ!!??
クラージュはパクパクと口を開いたり閉じたり。言葉は形にならず、考えは定まらず、もはや自分が怒っているのか恐れているのか分からないほど混乱していた。
ほんのわずかに残った冷静な部分が、これまでの流れを反芻する。
『挨拶会のあとで話をする時間がほしい』
そうライラ・ウェリタスが願い出てきたのは、ついさっきのこと。ライラが広間に現れ、まっすぐこちらを目指して歩いてきて、すぐのことだった。
「フン、ようやく自分の行いを悔い改める気になったのか。もう手遅れだというのに」
クラージュの冷たい返事に、きょとんとしている顔をひっ叩きたくなった。
――なんて恥知らずな女だ。あんなにローガン・ルーザーに媚びていたくせに、奴がいなくなったとたん手紙で『会いたい』と繰り返すなんて。いまさらご機嫌とりのつもりか。そのわりになんなんだ、その貧乏くさい恰好!母上が用意したドレスをなんで着てないんだ!週末舞踏会では奴の贈り物で着飾っていたくせに……!
つくづく思い通りに行動しない婚約者に、クラージュは苛立ちを隠さず顎をしゃくった。
「あっちへ行ってろライラ。お前に使う時間なんてない。それに僕はお前の言いたいことくらい分かっている」
「あ、そ、そうなんですね!失礼致しました!」
――『ローガン・ルーザーがいなくてさびしいから、かまってください』ってことだろ。バカめ。
背を丸め、すごすごと離れていくライラを見て少し気分がよくなった。そうだ、今日は最高の日になる。もうすぐとっておきの愉快な悲劇が始まるんだ。
そう思っていたのに。
――ライラが、僕との婚約破棄に賛同するなんて。それどころか、あんなに喜ぶなんて。
飼っていた犬に噛み付かれたような衝撃。あんなに可愛がってやったのに、なんで、どうして――理由にはすぐ思い至った。この恩知らずには新しい飼い主ができたのだ。だが、その飼い主ローガン・ルーザーはもう二度とライラの前に現れないはずだった。
まだ公表されていないものの、王国議員上院や王室近衛兵、聖騎士団、光魔術聖団などにはルーザーの顛末が知らされており、もしローガン・ルーザーが聖フォーリッシュ王国内で見つかれば、正式な王命により即刻捕らえられるはずだった。父王と母たる王妃の決断を聞き、クラージュは内心大喜びしていたのだが――
「なのに、お、お、お前が、どうして……」
何度か唾を飲み下し、ようやくクラージュの口から掠れた声が漏れた。
――一体どうやってここまで来たんだ……!!??
王宮には当然近衛兵が大勢詰めており、門前だろうが庭園だろうが回廊だろうが、すべての曲がり角に複数人の見張りがいる。今日のような特別な日なら尚更。
大広間に入る4カ所の扉にだって侍従が控えていて、招待客を確認している。誰もが顔と名前を知っている上等な家格の人間しかここには来ていない。絶対にまぎれこめるわけがないし、今のいままで見つからないはずもない。
だというのに、憎らしいほど目立つローガン・ルーザーは幽霊のごとく現れ出でて、傲慢にも我が国の最高権力者だけが座すことを許される玉座に――そう玉座に!玉座だぞ!玉座に立ってるんだぞ!立ってるというか跳ねてるんだぞ土足でッ!!
「ど、どうやって入ったんだッ!!オイ!聞いてるのか!」
わめくクラージュに目もくれず、玉座から飛び降りたローガン・ルーザーは弾むような足取りで大広間に進み出る。そして、(この状況が分かっているのかいないのか)まるっきりいつも通りの様子で、渦中の少女へ笑いかけた。
「ラーイラッ!!気の毒だが、君は国外追放だそうだ!このあとどっか行く予定ある?」
――なんなんだ、その夏休みの予定を立てるような言い草……。
クラージュは脱力しそうになるのをどうにか耐えた。
しかし、ライラの態度を見て、さらに力が抜けそうになる。
彼女は顔を林檎のように赤く染め、なにやら慌てふためいていた。ひどく焦ってはいるが不躾な物言いを怒ってはいない。声をかけられたのが満更でもないと手に取るように分かる。
なにもかもを『かすめ取られた』とクラージュは感じた。
こんなはずではなかった。散々想像を膨らませたシナリオでは、新しい婚約に対し賞賛と拍手を存分に浴び、クラージュの真価に気付かなかった元婚約者が涙にくれて、ふたりの少女に恋い慕われた王太子として甘美な優越感に酔うはずだったのに。




