ペルティ・フラッタリー伯爵令嬢がみたキンピカ白昼夢
「お前の魂胆は分かってるぞライラ!」
クラージュ殿下は、裏返った声を張り上げる。
「残念だったな!お前の『待ち人』はもう来ない!知らないようだから教えてやる!先だって南方の小国ルーザーは、バベルニア帝国に攻め込まれ王権を明け渡した!」
途端、波紋のようにざわめきが広がった。
「なんだって!?」「ルーザーが……?」
自らの発言の効果を満足そうに味わったのち、クラージュ殿下は続けた。「つまり」
「滅亡したんだよ、ローガン・ルーザーの国はッ!!」
――なんてこと……!!
ペルティは口元を押さえ、その場に立ち竦んだ。昨夜リリベルが「婚約破棄以外にもとっておきの秘密がある」と言っていたのはこのことだったのか!
「ローガン・ルーザーが聖フォーリッシュ王国を逃げ出したのはそのせいさ!我が国はバベルニア帝国と協商関係にある!味方の敵は、当然敵だ――ルーザーの死にぞこないを匿うわけにはいかない!だから、お前が奴に助けを求めるつもりなら無理な相談だぞ!ローガン・ルーザーはもう王族でもなんでもない!二度と我が国に立ち入らせない!二度となッ!!」
ひきつった高笑いを上げるクラージュ殿下。
痛ましさに眉をひそめることはあれど、決して笑い話ではない一大事。それを自分の手柄のように披露するクラージュ殿下は、もはや自分の立場も人としてのふるまいもかなぐり捨ててしまっている。
「『意味が分からない』って顔ねえ、おねえさま!」
切り札を思い出し、リリベルもここぞとばかりに畳みかける。
「なるほどね、すっかり騙されるところだった!あの特別な友人のせいで余裕だったわけね!!貞淑な婚約者のふりをして、クラージュ殿下をとっくに裏切っていたなんて呆れたわ!婚約破棄を喜ぶなんて不敬よッ!」
「そうだわ!」と、次期聖女は愛らしい顔を歪めた。
「そんなに自由が嬉しいなら、未来の王太子妃の権限でもっと身軽にしてさしあげる!おねえさまの持ってるものは全部わたくしがもらって、聖フォーリッシュ王国からも自由にしてあげるわ!」
すうと息を吸って、断罪の大鎌を振り下ろすがごとく。
「国外追放よッ!!!」
――なんという暴論!!
しかし、大広間の者らがなにかを言う前に。
「――ほう、国外追放だと?」
リリベルは鼻息も荒く頷く。
「ええ、そうよッ!!」
「そこまでするのか、聖フォーリッシュ王国では」
「あたりまえでしょうッ!婚約者がありながら、ゆきずりの、男、と……」
リリベルの言葉が途切れた。菫色の瞳が驚愕に見開かれている。
――今の声は。
驚いたのはリリベルだけではなかった。ペルティも招待客たちも、突然白昼夢に放り込まれたように固まった。
静まり返った大広間のなか、リリベルに応じた声の主だけは賑やかだ。
「ふむ!婚約破棄に国外追放か!ということは………………え!?ということは、もはやなんの障害も邪魔も問題もない!不都合も妨げも重荷も足枷もない!ということか!?そーゆーことなのか!!??」
この声。頭が痛くなるくらい大きくて、忌々しいくらい朗らかで、あらゆる厄介事を呼び寄せる声。学術院に在籍する者なら間違いなく一度は耳にしたことがある声。
声は「やったああああ!!」と、ウルトラ不謹慎な快哉を叫んだ。
「じゃあ、ライラは私がもーらおーっとッ!!!!」
全員が声の出所を探し、クラージュ殿下たちの背後に据えられた玉座を見て絶句した。
――そんな、馬鹿な。
聖フォーリッシュ王立学術院一の問題児、完璧な外見を異常行動で帳消しにする変人、ライラ・ウェリタスの腹式発声の原因、そしてこの場には絶対にいるはずのない男。
しかし今、一瞬前まで無人であった豪華絢爛な玉座で、ふっかふかの座面を踏み荒らしながら「わあいわあい!」とジャンプしているのは、まぎれもなく――
クラージュ殿下の悲鳴が響いた。
「ローガン・ルーザーッ!!!!」
会場の心の声が、ひとつになった。
――どうして、ここに!!!???




