白昼夢は、東の庭園で
(……見つけた?わたしを?)
そう聞こえた。
きっと学術院の関係者だろう。こんな汚い顔でいたら、またみっともない噂がたってしまう。わたしはあわてて袖で目元をぬぐう。涙で潤んだ視界がはっきりすると、相手の姿に思わず見とれてしまった。
(なんて……印象的な人だろう)
髪は光沢のある鮮やかな蜂蜜の色、夜明けの太陽を映した色、美しい黄金色だった。この髪の前では、クラージュ殿下の金髪も色褪せて見えるだろう。毛先が好き放題にはねて、たてがみのようにフサフサしているのにだらしなく感じない。精悍な顔立ち、野生的な青年の雰囲気にとても似合っている。
日に焼けた肌、凛々しい眉から続く高い鼻梁、楽しそうに口角の上がった口元。吸い込まれそうな琥珀の瞳は、人懐っこい光をたたえている。
「あのぅ、わたしになにか……」
青年はずんずんと近づいてくる。そして隣にしゃがみこむと、とってもよく通る声でしゃべり始めた。
「はっはーん!アリを見ていたのか!私もアリは嫌いじゃない!」
わたしは取り繕うことも忘れ、「え?」とこぼした。
「ときに、ナメクジとカタツムリだったらどっちが好きだ?」
「いや、え?ど、どちらさまですか?え?」
「私が先に質問したんだぞ!質問に質問を返すのはいかがなものか!」
「あ、ごめんなさい。えっと、カタツムリです、かね……」
青年はバチーン!と片目をつぶって、親指をぐっと立てる。
「私もだ!運命的に気が合うな!」
「いやいやいやいやいや!本当にだれなんですか!!?」
「カタツムリは自分のカラを背負ってるのがカッコいいよな!私も自分の棺桶を常に担いでいるような生き様を」
「まだ話続いてる!!」
(なんかこの人変だ!!)
怖くなって、あわてて青年から離れた。彼は学術院関係者じゃないとようやく気付いた。だって見える場所に紋章を付けていない。灰色のマントで、首から足元まですっぽり覆い隠している。
「ふ、不法侵入者さんですか!勘弁してください!わたしにはお昼ごはんを買うお金すらありません!そのお昼ごはんも、さっきアリさんのごはんになりました!見逃してくださいッ!!」
「不法侵入者さんではない!赤い魔女、私は――」
キンピカマントさん(仮名)は、ハッとなにかを思い出し口を噤む。
それから人差し指で空中に三角形を描いた。
「ヒ!ミ!ツ!」
(こわい!!なんでヒミツに合わせて三角を描いたんだろう!!)
「そうだ、君は今日誕生日なのか!」
こちらの困惑をものともせず、キンピカさんはまだ話を続けるつもりだ。
「さっき臭い女が言ってたろう!誕生日がどうとか」
「くさいおんな……」
(……まさか、リリベルのことッ!!??)
「あの、さっきまでお庭にいた可愛い女の子のこと言ってます?薔薇色の髪で」
「そうそう、ピンクフタコブヘビ色の髪で」
「す、菫色の瞳で、唇が魅力的で、品がある感じの」
「目がふたつあって、口がひとつあって、しゃべり方が頭悪そうな感じの」
「可憐な美少女です」
「そう、その臭い女だ」
「くさくはないですよ!!??」
(なんで認識にこんなに差が出るの!!??)
「うちのリリベルは、もぎたてフルーツみたいなイイ匂いしますよ!?」
「釣れたてシーフード?」
「耳と目に阻害魔術かけられてるんですか!!??」
「そのシーフードはさておき、誕生日なんだろう?しまったな、なにかしら持ってくればよかった!後日好みのものを用意させることにして……なにかほしいものはないか?」
「……え」
さっきアリさんを見ながら湧き上がった気持ちがよみがえる。
「考えておいてくれ!私も一緒に考える!えーと、好きなのはカタツムリとアリと……」
「い、いえ!お気持ちだけで大丈夫です!わたし、なにもほしいものなんてないです!」
慌てふためくわたしを、キンピカさんは面白い海の生き物でも見るように眺めている。
「それに、初めて会った方に!お名前も知らない方に!贈り物をいただくなんてできないです!」
キンピカさんは大口を開けて笑う。
「なるほど、もっともだ!今はまだ名乗れん!だが覚えておけ、必ずまた君の元に現れるだろうッ!!」
(なんか魔王みたいなこと言ってる!!)
さっきからツッコミが追いつかない。そろそろ警備兵が気付いてくれればいいのに。
「ではまた会おう、赤い魔女」
キンピカさんは、どこに隠し持っていたのかハシゴをガチャガチャ組み立てると、白い塀にたてかけ「さらばッ!」と言いながら薔薇の生垣を越えていった。
「…………やっぱり不法侵入者じゃないですかああああああ!!!」
なんだか、なにもかもが吹っ飛んだ。
夢を――とびきりヘンテコな白昼夢を見た気分だ。ひとりぼっちのお誕生日も、リリベルと殿下のことも、キンピカさんの登場で一気に薄れてしまった。
(い、一体なんだったんだろう……)
雨上がりの庭園は、生まれ変わったように輝きはじめた。