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前夜2

「オーイ、どうしたよライラ。客か?」


アバリシアさんがこっちに来ようとするのを慌てて押しとどめる。


「だ、だいじょうぶ!すこし外に出てるね!」


わたしはフラッタリー伯爵令嬢と廊下に出て、出窓のそばにある長椅子に座ってもらった。

アバリシアさんには、誰が来たか気付かれなかったようだ。彼女とフラッタリー伯爵令嬢の護衛は一悶着あったから、あんまり直接会わせたくなかった。


(そうだ!わたし、あのときのこと謝ってない!!)


「あの、フラッタリー伯爵令嬢、先月は物置部屋ですみませんでした。いろいろ誤解があったみたいで……リリベルが部屋を見てきてほしいってお願いしたんですよね?あそこにあった贈り物は当初返すつもりだったので、別に隠してたわけじゃないんです。えっと、その、本当にごめんなさい」


しどろもどろに謝罪し、頭を下げた。


「あと、ありがとうございます。妹と仲良くしてくださって」


フラッタリー伯爵令嬢からはなんの返答もない。訪ねてきてもらったのに、わたしばっかりしゃべって呆れたのかもしれない。おそるおそる視線を上げると、相手はしゃべる豚でも見たみたいな顔で瞠目していた。


「い、いえ、あなたが謝ることじゃ、ないから。気になさらないで」


そのあともなかなか用件に入らず、フラッタリー伯爵令嬢は扇子を開いたり、閉じたりしている。なんだか挙動不審。仕方なくわたしから「こんな時間にどうしたんですか?」と促した。


「……明日の挨拶会、あなたは出るの?」


もじもじしていたフラッタリー伯爵令嬢は、ようやくそう言った。


「変な意味じゃないのよ。ただ、出席するのか気になったの。内々のものだし、あなたは立場上なにかと準備もあるだろうし、無理に出なくても――」


ふいに物音が聞こえ、フラッタリー伯爵令嬢の肩がビクッとはねた。どこかのドアが閉まっただけだと思うけど、彼女はきょろきょろと廊下を見回している。まるでだれかに監視でもされているみたい。


「出欠の確認に来てくださったんですか?」


「え、ええ」と、どこか気づかわしげにわたしを見て、彼女はぐっと声をひそめた。


「あのね、実は明日の挨拶会は――」


「あらまあ!」


割り込んできたのは、鈴の音のような声。フラッタリー伯爵令嬢の侍女が息を呑んで、手持ちランプをかざす。


柔らかい明かりの下に、薔薇色の髪をした美少女が――リリベル・ウェリタスが立っていた。好奇心に瞳をきらめかせ、ほのかに微笑を浮かべて。


「いつのまにおねえさまと仲良くなったの?フラッタリー伯爵令嬢」


フラッタリー伯爵令嬢は長椅子に座ったまま、無言で後ずさる。リリベルはそんな態度を意に介さず、わたしに笑いかけてきた。この沈黙の1カ月がなかったような、以前と同じ調子で。


「こんばんは、おねえさま。よかったわ、連絡が間に合って。フラッタリー伯爵令嬢が代わりに伝えに来てくれたのね?」


「連絡?」


「明日の挨拶会のことよ。みんな午後の式典もあって用意が大変だろうから、殿下の挨拶会は普段着の参加でいいんですって。ごく身内だけで済ませる簡単なものみたい」


早口で言いながら、フラッタリー伯爵令嬢の腕をとって立たせた。そのまま自分のそばに引き寄せる。


「こんな夜中にごめんなさいね。でも、助かったと思わない?わたくしも、どんなドレスを着ればいいか、お義母様やお友達と大騒ぎして迷ってたところなの。会場で浮かないように派手な格好は避けなくちゃね」


「う、うん、そうだね。わざわざありがとう」


「どういたしまして。おねえさま、明日は気を付けてね。この間みたいなわざとらしい真っ赤なドレスなんか着てきちゃダメよ?じゃあ、おやすみなさい」


久しぶりだから正直もうちょっと話したかったけれど、リリベルはフラッタリー伯爵令嬢を連れてさっさと帰ってしまった。侍女たちも慌ててその後を追う。


(なんかふたりともちょっと様子がおかしかったなあ……フラッタリー伯爵令嬢はビクビクして、リリベルはうきうきしてたような。挨拶会でなにかあるのかな)


腑に落ちないまま、わたしは賑やかな自分の部屋に戻った。




------------




人気のない一角まで来ると、リリベルはフラッタリー伯爵令嬢の腕を放り投げるように離した。急に支えがなくなって、その場に膝をつく。しゃがみ込んだ後姿に鋭い声が刺さった。


「あなたってバカなの?」


青ざめながら振り返る。さっきまで花のような微笑みを浮かべていた少女が、無表情でこちらを見下ろしていた。


「わたくしは『普段着で来い』って伝言を頼んだのよ。この間みたいに目立たれたらうっとうしいから。まったく……後を付いてきてよかったわ。最後の機会を台無しにするなんて、もうあなたとはおしまいね」


無言でうつむくフラッタリー伯爵令嬢。彼女付きの侍女たちは、少し離れた場所で心配そうに主人を見つめている。無能な駒とその使用人ふたりをじっとりと睨みつけ、リリベルはフラッタリー伯爵令嬢に触れていた右手をハンカチで拭き、それを床に投げ捨てた。


「式典が終わったら覚えてらっしゃい」


リリベルが去ったあと、フラッタリー伯爵令嬢はその場に取り残された。


夜は更け、明日という日が平等に訪れようとしていた。

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