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怪物の首輪

「お帰りになられました」


女官の声に、ようやくか、と王妃オーレリア・フォーリッシュは息をついた。優雅に長椅子へ身体を預けたまま、陶器製の管煙草をゆっくりと吸い込む。


「こうも日を空けず領地から通ってくるとは……あの小心者も実の娘は大事らしいな」


話し合いはもう2週間も前に決裂している。しかし未だウェリタス侯爵は3日と空けず王宮に通い、王妃が会うことを拒否するのもかまわず1日中通し部屋で待ち構えている。要求はいつも同じだ。


『娘のライラ・ウェリタスをクラージュ王太子の婚約者から外してほしい。自由の身にしてほしい』


王妃は汚らわしいものでも見たように眉をひそめた。その麗しい横顔は息子と同じ、透き通るような金髪と若草色の瞳だ。


『貴女様がそうおっしゃったのに!ライラのためにそうしろと!なのに娘を守ると言いながら、王家はただあの子に不自由を強いただけではないですか!』


話し合いの席で、ウェリタス侯爵はそう涙ながらに訴え、王妃の気に入っているサルーシャ織りのドレスにとりすがったのだ。繊細なレースにしわができてしまい、王妃は大層不愉快になった。


「……礼儀を知らん田舎貴族が」


――栄えある王太子妃の座を不自由などと……あの愚か者は、聖フォーリッシュ王国の血の尊さを少しも理解していない。分かるわけもないか。バベルニアの女を娶るような人間だ。それも『怪物一族』の女を。


ヒューリ・シュテイル。

ライラ・ウェリタスの母親であり、バベルニアの没落貴族令嬢。


嘘か真か。シュテイル一族は、過去にバベルニア帝国の『大火災』を引き起こした伯爵家で、怪物『憤怒』の再来だと忌み嫌われていた。社会から排斥された慎ましい暮らしのなかで、偶然彼女は聖フォーリッシュ王国から派遣されたウェリタス侯爵と恋に落ち、ふたりは両家の大反対のなか一緒になった。


たかが一貴族の結婚。

しかし、ヒューリ・シュテイルがウェリタス家に嫁いでから、聖フォーリッシュ王国には大きな変化があった。


ゲール・バベルニアが、我が国に一切干渉してこなくなったのだ。富を増やすことと領土を広げることに憑りつかれた残虐な王。公娼と言いながら戦利品はもちろん身分も血筋も問わず多くの女を囲い、幾人もの子どもを作り、貴族の血を引く子以外そのまま野放しにしているという心根の腐った男。子どもらのほとんどは戦争に駆り出されたか、後継者争いで闇に葬られたか、今はたった4人しか残っていないと聞く。


そんな人の皮を被った獣のような王が、ヒューリの輿入れとともに羊のようにおとなしくなり、領土の線引きについて不愉快な書状をよこさなくなった。それまでは大峡谷に無断で橋を渡そうとしたり、ハイドロの木々を伐採したりと小賢しい圧力があったのに。


フォーリッシュ王家は気が付いた。

聖女の守りなど、せいぜい光の精霊が兵の目を惑わしたり、砲弾の軌道を逸らすことくらい。それよりも怪物を一匹飼った方がよほど『バベル()け』になる、と。


今まで目をかけなかったウェリタス侯爵家に、身の丈に合わないほど良質な領地を渡し、王家へ忠誠を誓わせたのもそのためだ。


ヒューリに娘が生まれ、その娘が精霊の加護を選定する儀式で精霊以外の()()()に守られているのを感じ、王妃は歓喜した。


――怪物の寵愛にちがいない!娘と怪物を手懐け、我ら王家に絶対服従させなくては!うまくいけば聖フォーリッシュ王国は最高の兵器を手に入れられる!


はじめは王家で引き取り、しかるべき躾を行おうとしたが、ヒューリに拒まれた。むりやり親子を引き離すのは怪物の暴走が恐ろしい。


そこである夜、王妃はウェリタス侯爵に――奥方ヒューリには口外せぬよう言い含め――バベルニア帝国の怪物について語った。『怪物は娘を食い殺す恐れがある』と嘘を付け加えて。


怪物の恐ろしさをちらつかされたウェリタス侯爵は、「聖女のそばにいれば娘を守れる」という言葉を信じ、王妃の言う通りに愛娘を王太子妃候補として差し出した。王子クラージュの妻にして、王家に取り込む戦法に切り替えたのだ。かわいい息子の結婚相手が化物なのは気に喰わないが、そのぶん公娼はたくさん用意するから我慢してもらうほかない。なんにせよ、王太子妃という煌びやかな肩書でヒューリにも是と言わせるしかなかったのだ。


そのわずか2年後、ヒューリ・ウェリタスは肺病で亡くなった。

王妃はウェリタス侯爵に病も怪物のせいだと吹き込み、さらに「母を思い出して精神が不安定になれば怪物を刺激する」と侯爵を娘から遠ざけ、ヴェルデ公爵家の女を後妻として送り込んだ。ドロシア・ヴェルランド――今の名はドロシア・ウェリタス。


オーレリアのような聖女、そしてプリシラ・ファーナーなど魔法の才に秀でた者の多くは、ヴェルデ公爵家の血族である。ドロシアも例外ではなく、娘のリリベルも光魔法の加護を持っていた。王妃の計画には、ライラ・ウェリタスのそばに聖なる血筋を置くことが必要不可欠だった。


「自分が王妃になるはずだったのに」と昔からなにかにつけて張り合い、気位の高さから嫁ぎ先を追い出された従姉(ドロシア)は好きになれなかったが、ちょうどいい駒になってくれた。ライラ・ウェリタスの正体について話してはいないものの――あの女(ドロシア)がどんな悪巧みをするか分からない。なにせ怪物を飼うことを表沙汰にされれば聖女の立場が危うくなる――きちんと、ライラ・ウェリタスの『見守り』を行っていたようだ。


しかし、いよいよここまできた。


王妃は艶然と微笑む。


――どんな理由で娘が婚約解消を願ったかは知らんが、精霊の御許で正式な血の契約が交わされれば、もう我ら王家のものだ。そのために聖女の血をそばにおき、とっておきの()()を付けさせた。今更逃がしはしない。しかし――


王妃は大きな窓から見える、ハイドロの森を眺めた。


「……気にかかるな」


――ゲール・バベルニアめ。一体なにを企んでいる。たかが小国の鎮圧に魔導軍団まで動かすとは。


バベルニア帝国魔導軍団は、当初ならず者の集まりだったと聞く。それが今ではほかの3種、大陸軍・海兵軍・空護軍を凌ぐほどの力量で、『怪物のような』力を持っている将官までいるという。


――恐るるに足らん。ライラ・ウェリタスの怪物を従わせれば、たかが()()()()()など捻り潰せる。本物の怪物であれば、もっと悪名を轟かせたであろうからな。


「まあ、いい」


実技授業で起きた暴走は、まちがいなく覚醒の予兆。正式な婚約を表明する成人の式典は5日後。契約を交わせば怪物は王家のもの。ウェリタス侯爵には監視を付け、娘への接触や手紙のやりとりは禁じさせている。もはや邪魔する者はいない。


王妃はもうすぐできあがる婚約指輪のことを考えた。


「最後の首輪も、完成間近だ」


『憤怒』の怪物ライラ・ウェリタスに付ける、最後の首輪。クラージュに贈らせた誕生日や記念日の宝飾品――髪飾り、ネックレス、イヤリングにブレスレット。それらには強力な【隷属の呪い】をかけていた。聖女の血、光魔法の加護を持つ者が近くにいれば、効果は絶大。


「これぞ最上の首輪だ」


王妃は輝かしい未来を確信し、喉の奥でくつくつと笑った。



王妃オーレリア・フォーリッシュはまだ知らない。愛する息子の愚かさを。


「首輪がある限り、ライラ・ウェリタスは王家の魔術命令に逆らえない」


首輪がすべて外され、リリベル・ウェリタスの鏡台で眠っていることを。


「怪物は我々のものだ」









ライラ・ウェリタスの怪物は、とっくに目を覚まし、いつでも世界を滅ぼせることを。






いつもありがとうございます!一旦ここまででストックは終了致しました!またしばらく書き溜めのため潜らせて頂きますが、アルファポリスで先行掲載している場合もあるため気になる方はのぞいてみてくださいませ!感想・評価・罵倒・投げキッスなどお待ちしております!ではまた次回!


以下、1分で分かるヴェルデ家略図(*´ω`*)


長女プリシラ・ヴェルデ(現在67歳)

→ファーナー侯爵家に嫁入り。子どもはいない。王立学術院長。


次女サラ・ヴェルデ(60)

→伯爵家に嫁ぎ、娘ドロシア(後の義母)を出産。ドロシアは従妹のオーレリアに劣等感があり、自分をヴェルデ公爵家のお嬢様だと言いふらしている。


三女ローラ・ヴェルデ(59)

→侯爵家に嫁ぎ、娘オーレリア(後の王妃)を出産。


長男・現ヴェルデ公爵(55)

→ジェネラルとクレデリアの父親。内政大臣・聖団の管理者。

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[良い点] みんなキャラが濃くて掛け合いが楽しいです!
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