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サンドイッチ・パーティー3

(しょうがない、ことだよね)


ひとりの男性が複数の女性を娶る文化は珍しくない。聖女信仰のある聖フォーリッシュ王国や複数婚姻を禁ずる隣国バベルニアでさえ、公娼(こうしょう)という形で多くの女性と関係を結ぶことが可能だ。南にいくほど一夫多妻の傾向は強いらしく、ルーザーも例外ではない。


でも、そんなの元々覚悟の上だ。あの外見、そして立場。例えたくさんいる王子のひとりだったとしても女性が放っておくはずない。


(わたしがクラージュ殿下と婚約解消して、国外追放にでもなったら……ローグさんは自分のせいだと思うはず。責任を感じて、わたしを連れて帰ってくれるだろう。だけど)


そんなことまでは望まない。望めない。後ろ盾もなく財産も取柄もない、おまけに故国を追放された女を末席とはいえ婚約者に加えるなんてローグさんの立場を悪くするだけだ。


だから、わたしにできるのは、彼に気持ちを返すこと。なにもかもをきれいに終わらせて、ネックチーフと一緒にこの大切な『秘密』を明かすこと。それがすべてだ。


(そのあとはどうしようかな……そうだ、バベルニア帝国に行ってお母様のお墓参りをしたいな。小さい頃に一度しか連れて行ってもらえなかったもの)


そこまで考えて、あいかわらず自分は先走って悩むばっかりだと苦笑いがこぼれた。まだ婚約の解消もできていないのに、もう追放されたあとの行先まで悩んでいる。


(……なんでもかんでも悩みすぎだよね。せめてローグさんのヒミツが、もっと全然別のことだったらいいのにな)


――ヒミツ。


(そういえば)


(一番はじめに会ったとき、ローグさんは自分のことを『ヒミツ』だって言ってた)


不法侵入というわけでもなく、彼はちゃんと学術院の見学者だった。正体を隠す必要なんてなかったのだ、次の日には入学したんだから。どうしてあのときはヒミツにしたんだろう。


ほかにも気になっていたことが、次々と泡のように浮かび上がってきた。わたしの勘違いかもしれない。聞き間違いかもしれない。でもせっかくだから聞いてみようか。


ちょうどローグさんが戻ってきた。


「待たせてすまなかった、ライラ」


さっきまでと違い、少し真面目な表情。わたしのささやかな疑問はすぐにどうでもよくなった。


「どうしたんです?なにかあったんですか……?」


ローグさんは手元にあった紅茶を一気飲みして、「うむ」と頷いた。


「実は、今夜から少しの間ここを離れることになってしまった」


「……え」


つい心細い声が出る。


「いや、心配はいらない。むしろ()調()()()()くらいだ。最後の仕上げを大急ぎで片付けて、式典の日には戻って来られるようにする」


一体なんの話だろう。詳しく聞きたかったがきっと立ち入った話だ。尋ねる権利はない。


「……そうなんですね、わかりました。お戻りを楽しみに」


ローグさんが、わたしの顔をそっとのぞきこむ。


「そんな顔しないでくれ」


「え?ど、どんな顔してました?」


「『わたし分かってますよ』っていう全然分かってない顔」


柔らかく微笑まれ、さっきまでの不安が消えていく。暖かいミルクに落とした角砂糖のように。


「すぐ戻ってくるよ、ライラ」


「……はい」


「本当の本当にすぐだぞッ!!」


「はいッ!!」


わたしの返事に満足したローグさんがパッと破顔する。


「じゃあ、ちょっとでも早く帰ってこられるようにアレを頼む!しばらくやってもらえないから!」


「おねがいします!」と言いながら、ローグさんが頭をこっちに差し出してくる。誰も見ていないことを確認して、わたしは彼の金髪におずおずと掌を滑らせた。


――なにを隠そう「アレ」とは「頭なでなで」と同義である。


一度頭についた葉っぱを払いのけてあげたのを切っ掛けに(そのときは例のようにクラージュ殿下に捕まって、ローグさんは木の上から降って登場した)、彼はすっかり頭をなでられることに味を占めてしまったのだ。見た目は騎士物語に出てくる主役もかくやという二枚目なのに、甘やかされたことがない大型肉食獣のごとく懐いてくる。


アリもカタツムリも好きで、毛の生えた動物も好きで、靴墨の匂いも、携帯用乾パンのはじっこも、使い慣れた毛布も、静かで退屈な夜も好き。サンドイッチも、頭をなでてもらうのも好き。


ほしいものは、ひとりぼっちの「いらない令嬢」と世界平和。本当に不思議な人、ヘンテコな王子様。


ちょっと硬めの髪をさすさすさすさすと一心になでていると、気持ちよさそうにまぶたを閉じていたローグさんがパチリと目を開き、わたしを見た。頭をなでているから距離が近くて、ちょっと心拍が乱れる。


「そうだ、さっきの件だが」


「さっきの?」


「その、ヒミツの話だ。私の」


ローグさんの言いにくそうな口調に、きゅっと胸が苦しくなる。


「近々ライラに伝えておこうと思う」


「……ヒミツを?どうして急に?」


「実は、ライラが、その」と、上目遣いでこちらを見て。


「……怒るかなと思って、なかなか言い出せなかったんだ」


わたしは一瞬目を瞠ったあと、天を仰ぎ深くため息をついた。「は――――あ」


「はわわわわなんでため息!!??」と途端に慌て出すローグさん。


「す、すまない!ライラにだけはちゃんと言うつもりだった!しかるべきときに!本当のことを言うと学術院に入れてもらえないと思ったんだ!いろんな準備も出来てなかったし!」


はあああ覚悟をしていても実際に聞くとショック。まいったな、この結構重大な感じ。ひょっとすると彼は既婚者かもしれない。たしかに結婚してる人が入学するのは珍しい。


わたしはなでる手を離し、できるだけ毅然として見えるように背筋を伸ばした。


「ご心配なく!怒ったりなんてしません!わたしだって、ちゃんと分かってるつもりです!」


「え、分かってる?ほんとに?」と、ローグさんは叱られる前のワンちゃん状態。八の字眉毛に、琥珀色の瞳はウルウル。目の錯覚だと思うけど髪はへショッとしている。うーん怒れない。そもそもわたしは怒れる立ち位置じゃない(というか既婚者なら逆に怒られる側では?)。


わたしは「分かりますよ、なんとなくですけど」と繰り返した。


「それに、わたし――ローグさんの言うことなら怒らないですから」


ローグさんはこちらをじっと見つめ、しばらくして口を開いた。


「じゃあ私が戻ったらすぐに……成人の式典は午後からだと聞いたから、その前に時間をもらえないだろうか」


「では、わたしもそのときに」


考える前に、口から言葉が滑り出た。


「全部終わらせて、ローグさんに『秘密』を伝えても……いいですか?」


今はまだ言えない、わたしの本当にほしかったもの。あなたがわたしに贈ってくれた、この想いのすべてについて。




------------




「うーん……」


荷物をまとめながら、『傲慢』な王子は首をひねりっぱなしだ。


「さっきからどうなさったんですか」


「イーズ、お前なにかライラに話したか?我々のことを」


「いいえ」とイーズは首を振る。


「では、グロウルだろうか。アイツは元暗殺者のわりにワタガシ並みに口が軽いし」


「後ほど報告を聞く予定なので、確認しておきましょう」


「……ああ頼む。ちょっと心配なんだ。ライラがまたあの顔してたから」


「どの顔です?」


さしもの傲慢王子も、なぜだか覚悟を決めたような様子のライラ・ウェリタスに、重ねてこう言うことはできなかった。


「『わたし分かってますよ』っていう全然分かってない顔」

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