リリベルの残酷な祝福
「お誕生日おめでとうございます、ライラおねえさま」
菫色の澄んだ瞳にわたしが映っている。
みっともないわたし。リリベルみたいにきれいに笑おうとして口元がひきつったままのわたし。
「かわいそうなおねえさま。だれにもお祝いされず贈り物もお手紙もないお誕生日なんて。お義父様もお母様も殿下も、すっかり忘れていらっしゃるみたいよ。わたくしから伝えておいてあげるわね」
「い、いいの。わたしの誕生日なんて……大したことじゃないから」
「それはそうだけど。とってもかわいそうなんだもの。誕生日なのにお庭でひとりぼっち、残り物のランチ、だれからも愛されてない侯爵令嬢なんて。せめて今日くらい制服にアイロンをあてるとか、髪をきれいにまとめるとかすればいいのに。そうすればみんな誕生日だって気付いたかもしれないわ。わたくし、おねえさまのために言ってるのよ。殿下のおっしゃりようはひどいけど、それもおねえさまを思ってのお言葉だと思うわ」
「あ……そうだよね。ごめんなさい」
わたしは背中を丸めて俯いた。情けなくて惨めだった。リリベルの言う通りだ。ジャムのパンで喜んでるなんてぜんぜんダメだ。もっと自分からお祝いされるべき人間として振舞わなくてはいけなかった。リリベルみたいに堂々と、優雅に。
リリベルは、ライラック色のドレスワンピースに、学術院の紋章が刺繍されたストールを羽織っていた。薔薇色の髪には白い花飾りが編みこんであってとても可愛い。
わたしはいつもの制服姿(今時制服を着ている生徒なんかほとんどいないけど)。ブラウスと黒のエプロンドレス、黒いリボン、黒いローブ姿だ。着古しているせいで生地が毛羽立っている。
リリベルは溜息をついて、首をふる。
「おねえさまって本当にダメね。お義父様もお母様も、わたくしのお友達だってみーんな心配しているのよ。だって未来の王太子妃様なんだから」
リリベルが、そっと囁く。小鳥がさえずるような声で。
「重荷なら王太子妃の席だって『もらってあげてもいいのよ』?」
心臓が縮み上がって、息が苦しくなった。
わたしは顔を上げることもできない。
さっきまで「リリベルの方が王太子妃に向いてる」と思っていたくせに、どうしてこんなに動揺するのか分からない。分かりたくない。だってわたしにはもうそれしかない。みんなみんなリリベルが好き。みんなみんなわたしはいらない。殿下の婚約者でなければ、そう、家だって追い出されて――
「おねえさま、本当に『いらない子』になっちゃうわね」
どのくらいそうしていただろう。
わたしはひとりぼっちで庭園に立ち尽くしていた。リリベルはとっくにいなくなっている。
さっきまで春の陽射しに輝いていた庭園は、深い影に包まれている。灰色雲が空を覆い隠し、今にも雨が降りそうな気配だ。
ぎこちなく膝を折り、パンを拾い上げる。砂をはらえばまだ食べられるかもしれないと思ったけれど、アリがくっついていたから諦めて地面に置いた。今日はアリさんたちにご馳走してあげよう。
誕生日だからと気が大きくなっていた。お天気がいいからと庭園まで来たのがいけなかった。せめて誰の目にもとまらないような隅っこにいないといけなかった。こんなお弁当を持ってきたのがいけなかった。なにもかも、全部わたしがいけないのだ。
いつのまにか細い雨が降っている。教室に戻らなくてはいけないのに、どうしても立ち上がれない。せっせとパンをちぎって運ぶアリさんたちをぼんやり見ていると、鼻の先がツンと痛くなってきた。
「みんな仲良しね」
膝を抱えてしゃがんだ足元に、雨ではない雫が落ちる。「ねえ、アリさん」
泣いていることがだれにも見つからないよう、わたしは地面を見つめ続けた。
「わたしも仲間にいれて」
(いらないなんて言わないで)
願いは、声にならなかった。
だれにも届かず、だれにも受け止められず、だれにも――。
「いつまでそうしてるつもりなんだ」
顔を上げた先で、雨雲の切れ目が見えた。
灰色の世界に真っ白な陽光が、カーテンのようにたなびき降り注ぐ。
そのむこうで見知らぬ青年が、世界で一番幸せそうに笑った。
「ようやく見つけたぞ、赤い魔女」