サンドイッチ・パーティー
「ローグさん、いつもありがとうございます」
揚げたてのカツレツをくわえたローグさんは首を傾げた。そのまっすぐな視線を受けて、続きを口に出すのが急に恥ずかしくなる。
「いつも、その……会いにきてくださって、う、うれしいな、って」
ぽてっとカツレツが皿に落ちる。かと思うと、ローグさんが叫んだ。
「なにおうッ!それはこっちのセリフだッ!!」
「なにがですかッ!!??」
「まったくもうッ!!ホントにライラはもう!!」
「ええッ!!?な、なんかダメでしたさっきの!!?」
(うまく伝わらなかったかな!?周りの目があるからって、いつもローグさんから会いに来てくれるお礼を言いたかったんだけど……)
急いで食べたカツレツが変なところに入ったのか、めちゃくちゃむせだしたローグさんの背中をベシベシ叩く。
「だいじょうぶですかッ!!??」
「うむ、大丈夫だ!なんかちょっとお花畑が見えたけど」
「そ、それ、だいじょうぶじゃないヤツです!」
親指をたててスマイル全開なローグさんは、心配するわたしをよそに褒められたワンちゃんのごとく上機嫌。ガーデンテーブルにどっさり載ったサンドイッチを、次々と切り分け始めた。
「これすごい美味しいからライラも食べて!これも!」
ローストビーフがぎっしり挟まったクローズド・サンドイッチや、海の幸盛りだくさんのオープンサンド、シロップのかかったパンケーキなんかがきれいに半分こされて、わたしのお皿にのってくる。
今だけはこんなに騒いでも誰も気にしない。
わたしたちのいる東の庭園は、恒例のサンドイッチ・パーティー真っ最中だからだ。
(クラージュ殿下には申し訳ないけど……今日はローグさんとずーっと一緒、うれしいな)
わたしは幸運を噛み締めながらパンケーキを頬張った。
今朝、四阿からクラージュ殿下とノイマンがいなくなったあと。
みんなの注目を浴びるなか、ローグさんは「ライラ嬢、かねてからの約束通り勉強を教えてくれ!」と堂々たる態度で嘘をつき、わたしと図書館へ逃げ込んだ。
おかげで午前中まるまるローグさんの近くにいることができた。
人のほとんどいない図書館で、コッソリおしゃべり(ローグさんは小さい声も出せると初めて知った。油断すると大きくなるけど)するのは楽しかったし、得るものが多かった。
ローグさんは有名な詩や音楽はひとつも知らないのに、世界情勢についてすごく詳しい。そのほか各国の気候、産業、政治、文化、その国の利点に弱点。
一方で、やっぱり意外な物に馴染みがなかったりする。例えばサンドイッチだ。
実はローグさん、物は知っているけどサンドイッチを食べること自体はなかったそう。というか、そもそも生野菜や新鮮なお魚の料理などを口にする機会はなかったらしい。普段なにを食べていたのか聞くと、彼は元気いっぱいに「乾パンと水!」と答えてくれた。王族なのになぜ非常食を常食しているのか。週末舞踏会のときも思ったけど、彼の食生活はやっぱり謎だ。
図書館でしゃべっているうち、あっという間にお昼の時間。
それで、最近毎日訪れるサンドイッチ・パーティーにやってきた。このパーティー――よく分からないけど、いつの間にか始まった新しいサービスらしい。
昼前になると、東の庭園に屋台やワゴンが次々入ってきて、できたてのサンドイッチを作ってくれる。それも有料の食堂とちがって、タダで。
「ふわふわのたまごサンドはいかがですか!私どもの契約養鶏場では、ひとつひとつ卵を洗浄・殺菌しております!安心安全な卵を、いっちばんおいしい半熟で召し上がれ!」
「季節の果物たっぷり、フルーツサンドウィッチにパンケーキはこちらですよ。しぼりたての牛乳を使った生クリーム、シロップや蜂蜜はお好みで」
「カツレツサンド揚がりました!ザクッとかじって、ジュワッと味わってくださいな!塩炒めのエビや貝はキンキンに冷えた炭酸水といっしょに!そこの身なりのいい坊ちゃん、ささ一口どうぞ!」
こんな声と一緒にイイ匂いがしたら、みんな立ち止まっちゃう。
飲み物も豊富で、西の海から東の砂漠まで旅をしたあらゆる紅茶、新鮮な果実水、アルコールの入っていないジンジャービールまで揃っている始末。
今では学術院中の生徒が食べに来て連日大賑わい。そういうわけで、すみっこのテーブルスペースを確保したわたしたちがちょっとくらい大きな声を出しても目立たない。
ローグさんが来た途端こんなサービスが始まるなんて本当にちょうどよかった。彼はあんまり食堂が好きじゃないみたいで「カタツムリメニューがない!」と騒いでいた。(まさかそういう意味でもカタツムリが好きだったとは……いや、栄養があるとは思うけどね。お母様もたまに食べてたし)
ともかく、厳格な学術院が許可をくれた新サービスのおかげで、ローグさんはサンドイッチを心ゆくまで食べられるようになったし、わたしは無料で美味しいランチを頂けるようになったのだ。
「うまいか?ライラ」
「はひ!おいひいれふ!」
(し、しまったッ!また夢中で食べてた!ホロウ君に笑われたからお淑やかに食べようと思ってたのに!)
あわてて姿勢を正すも、ローグさんは全然気にしていない。うれしそうに「そーかそーか!そんなに好きか!じゃあ、今度贈り物をするときはサンドイッチで作った家も視野に入れて」と言いかけ、はたと目を瞬かせた。
「そうだ!いつになったら教えてくれるんだ?」
疑問符を浮かべるわたしに、ローグさんはまぶしい笑顔。
「誕生日プレゼントだ!なにがほしいか、まだ君から聞いていない!」
「ええッ!!??」
(ま、まだなにかくださる心づもりだったとは!既に山ほど頂いてるのにッ!!)
「いやいやいやッ!もう十分です!十分頂きました!ケーキに花輪にドレスに――」
指を折って数えるわたしに、ローグさんはお得意のウメボシペンギン顔になって口を尖らせている。
「そうはいかん!私は、君が本当にほしいものが知りたいんだ!あのプレゼントの多くは、ものを知らない私に代わって優秀な部下が選んだ品だ!今度は!私が!君のために!選びたい!」
「そ、そー言われても……」と、わたしは途方に暮れた。
(わたしが、ほしいもの)
(……あれ?)
びっくりするくらい、なんにも思い浮かばない。
(前は……なにがほしかったんだっけ?)
リリベルみたいな容姿に性格、クラージュ殿下や総会の方々に見合う魔法魔術の才能、みんなに認めてもらえる立派な侯爵令嬢としての――。
(ちがう)
それらは本当にほしいものじゃなかった。容姿や才能があれば、いつかは本当にほしいものが得られるんじゃないかと思ったのだ。
でも、わたしは気が付いた。誕生日に、この庭園でアリさんの群れを見ながら。「わたしがほしいものは、わたしには絶対手に入らない」と。
望みがあまりに多く、あまりに遠かった。しかも、その願いは立派でもなんでもなく、持っている人からすれば呆れられるか、鼻先で笑われるような類のものだった。
わたしは顔を上げ、ローグさんを見つめ返した。
琥珀色の瞳は、世界で一番好きなものを見ているような光を湛えて、わたしがなにか言うのを楽しみに楽しみに待っている。こんなダメなわたしの――面白みも可愛げもない平凡な言葉を、ただ待っている。
(わたし、ほしいものをとっくにもらってるんですよ、ローグさん)
わたしがほしかったのは、誰かに必要とされる「わたし」。
「ひとりぼっちではないわたし」だったから。




