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最後のひとり

ノイマン・インテリゲントはひとり『水辺』で物思いに沈んでいた。


頭の痛くなることばかりだった。

仕上げの準備に入る式典、クラージュとリリベルの狂言、飛び込んできたローガン・ルーザーの不幸、そしてバベルニア帝国の動向。


式典の来賓リストに目をやる。バベルニアにあてて、王宮から招待状を出したのは王位継承者『イル』『シアド』『ミズーリ』という名の3人の王子、それから国家元首『ゲール・バベルニア』だ。


元々ノイマンはバベルニア関係者を招待するのは反対だった。この国にいいイメージは全くない。協商関係とは名ばかりで、我が国が粗略な扱いを受けているのは分かっているし、血の気が多く残忍な侵略国家という印象が強かった。


バベルニア帝国には、聖フォーリッシュ王国のような有形無形の恩恵がない。そのため国外から資源や役務のほか魔石も買い付けており、したがって属国を増やす侵略が欠かせない。飢えればいつ牙をむくともしれぬ油断ならない相手だというのは間違いない。


なかでも恐ろしいのが、バベルニア帝国魔導軍団だ。

四種あるバベルニア帝国軍の中でも「史上最強」と呼び声の高い特殊軍隊で、幹部はそろって人知を超える能力を持っていると聞く。魔石が源泉でもなく、精霊の加護でもない力。迷信深い者はそれを、怪物の力だと言う。

『バベルニアに眠る怪物の権能』だと。


「……怪物の力とやらは眉唾だが、実力は折り紙付きだろう」


そんな軍団に攻め込まれたとあれば、小国ならとっくに降伏しているだろう。ローガン・ルーザーも不運なことだ。いや、幸運だったのだろうか。少なくとも留学していた彼だけは無事だったのだから。あとは友好な関係を築いていれば、こちらで匿うこともできるが。


まあ難しいか、とノイマンは冷めた考えに落ち着いた。


――王陛下がどうかはともかく、クラージュ殿下はローガン・ルーザーを喜んで見殺しにしそうだ。ライラ・ウェリタスに関わらなければ、こうもこじれなかっただろうに。なぜよりにもよって。


改めて思い起こせば、やはり妙なことだった。


――なぜよりにもよって、ローガン・ルーザーはライラ・ウェリタスに近づいたのだろう?


ノイマンはリリベルの考えを完全には肯定していなかった。憧れの王太子(クラージュ)と真似事とはいえ婚約できることにのぼせあがって、冷静な判断ができていないように見えた。


――次期王太子妃の懐柔か。


ルーザーとの関係を強化したいなら、ライラでなくともよかったはずだ。ノイマン自身が『次期聖女』と紹介したリリベルだって十分政治的に役立つ。なのにリリベルからの誘いには興味を示さず、クラージュの反感を買うライラを選んだ。


――単純に好みだったのか?それにしたってやりすぎだ。異国で羽目を外して火遊びをする連中は多いが、王族の婚約者に手を出すなんて愚かすぎる。そうまでして……ライラ嬢を手に入れたい目的があったんだろうか。なぜ。


いや待てよ、とノイマンは思う。

ライラ・ウェリタスにこだわっているのはローガン・ルーザーだけではなかった。


――そもそも、なぜライラ・ウェリタスが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのか?


今までは「なぜリリベルじゃないんだ」と思っていたが、それが間違いなのかもしれない。なぜならリリベル以外、クレデリア・ヴェルデだって血筋も家柄もクラージュに釣り合うからだ。


「なぜ」


ライラ・ウェリタスが王太子妃に選ばれない理由ならたくさんある。


内向的な性格に中途半端な家格、芸術や音楽で特段秀でた部分もなく、魔法も魔力も平均以下。精霊の加護が弱いなんて、王族に入るには最低の条件も満たせていない。


――ああ、そうだ。だから私もフォールスも、はじめから彼女が嫌いだったんだ。精霊がライラ嬢に寄り付かない理由も同じだ。父親のウェリタス侯爵は聖フォーリッシュ王国の生まれだが、母親は――


ノイマンは立ち上がった。

足早に部屋を横断し、扉を開く。廊下に控えていた自分の護衛に声をかけた。


「ライラ・ウェリタス侯爵令嬢に、部屋付きの執事がいる。名前をすぐに調べろ」


再び部屋に戻ると、焦燥を抱え歩き回る。


なにかがおかしい。なにかが少しずつ。

しかし決定的な繋がりが全く見えない。


ふと爪先になにかが当たった。フォールスの捨てていったキャラメルの紙箱が落ちている。


『フェデルトはライラ・ウェリタスの護衛と顔見知りのようだったぞ。ボアダムという男だ。あとアバーシャとかアバリシアとかいう侍女も』


フォールスの言葉が蘇り、ノイマンは首を振る。まさか、そんなことあるわけがない。絶対にない。


「考えすぎだ」


ボアダム、アバリシア、それに――それに。


「……ルクス、フェデルト」


じわりと掌に汗がにじむ。


ただの嫌な偶然だ。このタイミングでバベルニア帝国の進軍なんて話を聞いたから、なにもかもが関係あるように思えるだけだ。ノイマンは紙箱を拾い上げようとして、そばに落ちていた小さな紙に気付き――そのまま凍り付いた。



【クマ占い】

今月のアナタはアリンコグマ。アリンコグマのように心優しく穏やかに過ごしましょう。そうでないと、あなたより大きくて強いクマに頭からバリバリ食べられちゃうかも★



「インテリゲント様、どうされましたか」


いつのまに部屋に入ってきたのだろう。

ノイマンはハッと顔を上げ、扉の前に佇んだ護衛を見つめた。


「先ほどご命令のあった執事の名前ですが」


「あ、ああ……もう分かったのか」


「はい」と護衛は頷き。


「ライラ・ウェリタス侯爵令嬢の部屋付き執事ですが、ホロウ・ピアットという少年だそうです」


ボアダム、アバリシア、ルクス・フェデルトにホロウ・ピアット。


それらは全員、バベルニア帝国魔導軍団の幹部――将軍の名と同じであった。











「――それで?」


護衛が笑った。彼が背負っているのは庭番のシャベルだと、ノイマンはたった今気が付いた。


「オレの名前は聞いておかなくていいの?ノイマン・インテリゲント――たぶん、お探しの最後のひとりだと思うけど」

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