狂言を事実に、嘘を真実に
舞台は整った。なにもかも素晴らしい形に。
筋書きはごくシンプル。
クラージュに、姉との婚約を破棄させ「リリベルを新たな王太子妃候補に据える」と宣言させる。その会場にそろえる招待客は、みんなリリベルが選んだ証人にふさわしい貴族だけ。当然この宣言を嬉々として受け入れ、新たな婚約者を歓迎するに決まっている。
あとは放っておいたって――クラージュがごまかそうとしたって絶対に――すぐ王陛下の耳に入るだろう。「前例なき不合理な婚約不履行ではあるが、新たな婚約の方が喜ばれている」なんて報告とともに。
そうなったら、もう姉は完全に『いらなくなる』。
狂言を事実に。
嘘を真実にしてしまうのだ。
リリベル・ウェリタスは鏡に映る自分に笑いかける。愛らしい微笑みが、みるみる意地悪そうに歪んだ。
「王太子妃の花冠は、おねえさまよりわたくしのほうが似合いそう」
それに加えて聖女の称号、言いなりのクラージュ、自分にかしずく華やかな世界。
――それで?おねえさまに残った物は?
「ふふッ……あっはっはっはっはッ!!」
堪えきれず、目の前の鏡台に顔をふせる。香水瓶や櫛が転がり落ちたが、リリベルの笑いは止まなかった。ひいひいと声をからしながら吐き捨てる。
「ざまあみろッ!発展途上の弱小国が無理して留学なんかするからこうなるのよ!バッカみたい!せっかくお勉強にきたのに役立てる故郷がなくなったんじゃ意味ないわねえ!ああおかしいッ!!」
――早く続報が知りたい。ルーザーの王族はどうなったのかしら。おもいっきり残酷な結末だったら面白いのに!
クラージュは判断ができないでいたが、すぐにでもローガン・ルーザーの身柄は聖フォーリッシュ王国の管理下に置かれることとなるだろう。ルーザーがバベルニア帝国に侵略されたなら、もうローガンの身分を証明するものはなにもないのだから。
「こんなにうまくいくなら、ローガン・ルーザー失脚のシナリオなんて別に考えなくてよかったわね」
ローガン・ルーザーが外国人と通じている。目的は聖フォーリッシュ王国への介入権。そんなのはただの想像に過ぎない。
あの忌々しい侍女がローガンと一緒にいたのは事実だが、それは週末舞踏会の夜のことだ。たぶん姉のパートナーにするため会場まで案内をしていただけで、実際にはなんの関わりもないだろう。
「まあいいわ、結果的には大団円だもの。この一月で根回しは完璧だし、あとは王陛下と王妃様の前でクラージュ殿下の婚約者としてふさわしいところを見せるだけ」
鏡台の引き出しを開けると、そこには数々の宝飾品がひしめいていた。
髪飾り、ネックレス、イヤリングにブレスレット。かつてクラージュが姉に贈った品だ。姉から取り上げる前は素敵に見えたが、いざ自分の物になると趣味に合わなくて、ほとんど使っていない。でも今回はこれらが役に立ってくれるだろう。
「陛下の前でなんて言おうかしら……『おねえさまは昔から殿下を嫌ってて、贈り物もすべてわたくしにくださっていたんです』みたいな感じでいいかな。それにしても古臭いデザイン……せっかくのドレスに合わないわねえ」
引き出しをひっかきまわし、ようやく無難な髪飾りを選んだ。薔薇色の髪に飾りをあてて、再び鏡の中のリリベルは笑う。
――そうだわ、もしもローガン・ルーザーが聖フォーリッシュ王国への亡命を望むなら、わたくしが手助けしてあげよう。女の好みも頭もおかしいけど、見た目だけはわたくしにふさわしいもの。
「そうしたら、このコレクションに入れてあげてもいいわね」
姉から奪ったものを集めた引き出しを見下ろし、リリベルは再び大笑いした。




