思いがけない知らせ
「ええ!?」と、声をあげたのはフォールス。
「驚いたか?ただ婚約を破棄するだけより効果的だろう!」
ダメな姉を差し置いて、優秀な妹が選ばれる。これこそライラが一番傷つく破棄理由に違いない。
「いや、だけど……婚約を破棄する理由としては、ライラ・ウェリタスがローガン・ルーザーと不貞を働いてるとかの方がいいんじゃないか?正当性があるし、あいつらが一緒にいるのはよく見るから信じやすい。なんでよりにもよってリリベルを……」
「……その理由だと、男の僕にも問題があるように見えるだろう」
クラージュは、自らが男としてローガン・ルーザーに劣ったためライラ嬢に捨てられたと、周囲に思われるのが嫌なようだ。
「リリベルはいいのか?クラージュの婚約者役なんて……」
未練たらしくフォールスが聞けば、リリベルはポッと頬を赤らめた。
「わたくしにはもったいないですわ。ほんの一時でも、王太子妃候補として殿下の隣にいられるなんて……夢みたい」
そっと身体を密着させるリリベルの髪からいい匂いがする。絶妙なラインでのぞく白い胸元を見下ろし、クラージュは王子の顔で微笑んだ。「僕こそ夢みたいだよリリベル」
正直クラージュとしては、この狂言通りになってもかまわないと思っている。王妃だの公娼だのとみんな大袈裟だ。ただ出会った順番に名前を付けただけに過ぎない。リリベルが王妃で、ライラが公娼でも全く問題なかった。リリベルが大輪の白薔薇なら、ライラは蕾の赤薔薇だ。ゆくゆく他にも花は増えるだろうが、まずはどちらもそばにおいておきたい。
見つめ合うクラージュとリリベルはいい雰囲気だが、ノイマンはもう勝手にしてくれとしか思えなかった。
「……そのあとはどうするんですか、殿下。婚約を破棄すると宣言したあとは?」
「そのあと?まあ、ライラが泣いて謝るならその場で収めてやってもいいし……いや、ダメだな。ローガン・ルーザーに捨てられたのを見物してからじゃないと面白くない。父上たちにバレないよう手を回して、とりあえずしばらくは放っておくか」
なるほど、茶番が終わったあとの処理はすべてこちらに回ってきそうだ。
「では……もしライラ嬢が婚約破棄を受け入れたら、どうするんです?」
「はあ!?」と、クラージュは声を荒げた。
「そんなことあるわけないだろうッ!許されるわけないッ!僕は王太子で、ライラは侯爵令嬢!しかも能無しだ!僕の宣言はあくまで狂言なんだぞ!王と王妃が決めた正当な婚約は覆せない!もし、そんなふざけた真似すれば国外追放か、生涯幽閉か――」
突然大きな音をたてて扉が開き、全員が飛び上がった。
「失礼致しますッ!」
ノックもせずに入室してきたのは、クラージュ付きの護衛騎士ふたり。
いつもならその乱暴な言動を咎めるところだが今日は様子がちがった。護衛たちは怪物でも見たような鬼気迫る表情だった。
「殿下、早急にお伝えしたいことがございます。人払いを」
「……そんなもの必要ない。ここにいるのはみな信頼のおける者たちだ。なんなんだ一体」
護衛たちは室内の顔ぶれを確認したのち、恭しく腰を折って話し始めた。
「今しがた王宮より第一級通達が入りました。本日未明、海岸線に不審な船が見つかり、調べた結果チェダミアからの難民船だったのですが、その者たちが言うには」
固い声で、続きを絞り出す。
「バベルニア帝国の進軍から逃れてきたそうです」
誰もが息を呑んだ。
「進軍だとッ!?」
「はい。まだ確認中ですが、バベルニア帝国が西方諸国を抑え、小競り合いをしていた南下領土に治安維持の名目で武力介入したとのこと。チェダミアやルーザーとその近海は戦艦軍が包囲しており、シャノワール藩王国をはじめ周辺国が警戒を強めているそうです。おそらく悪名高いバベルニア帝国魔導軍団の指揮かと」
「そうか……なんてことだ」
リリベルから身体を離し、クラージュはソファに腰を下ろす。
「バベルニアには、今年こそと思って式典の招待状を送っておいたのにな。通りで返事がないはずだ」
「は……?」
護衛はぽかんとクラージュを見る。この勢力変動が聖フォーリッシュ王国には関係ないとでも思っているのだろうか。
「待って」
か細い声で問うたのはリリベル・ウェリタス。
「いま、軍隊がどこを包囲って……チェダミアと」
護衛は丁寧に返した。
「はい、ルーザーです」
リリベル・ウェリタスは両手で口元を覆う。ぞくぞくと全身に震えが走った。恐怖ではなく、歓喜の。
――ローガン・ルーザーの母国。
大声で笑い出してしまいそうだった。
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