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破滅への甘い密談

「ああ、リリベル!おはようございます」


ノイマンの声が明らかに弾む。


「ごきげんよう、ノイマン」


リリベルはノイマンに笑いかけ、ちょこんとお辞儀を返す。それから、腫れた頬が見えないよう氷袋で隠すフォールスのそばへ寄り、肩に優しく手をかけた。


「まあフォールス、ひどい目にあったのね……だいじょうぶ?」


「大したことないさ!ただのかすり傷だから!この程度で医務棟になんか行ったら騎士の名折れだよ!」


強がるフォールスに続き、リリベルの大きな瞳はジェネラルに向かう。


「ヴェルデ様、お気を落とさないで。クレデリア様はわたくしにとっても大切な方。わたくしがなんとかしますわ」


「……ありがとう、リリベル」


リリベルから渡されたレースのハンカチで、ジェネラルは涙をぬぐった。


「リリベル、その、さっきのは」


クラージュの呼びかけに、リリベルが振り向く。


「言葉のままの意味ですわ、殿下。すべては……おねえさまが原因です」


リリベルは心苦しそうに一瞬だけ表情を曇らせてから、真剣な目でクラージュを見つめた。「おねえさまは」と言い淀み、両手を祈るように握り合わせる。


「ライラおねえさまは、おかしくなってしまわれたんです。あの男――ローガン・ルーザーのせいで」


全員が見守るなか、リリベルの静かな告発がはじまった。


「おねえさまはすっかりローガン・ルーザーを信じきっています。全部あの男の入れ知恵ですわ。優しいおねえさまをだまして、どこから連れてきたのか分からない連中を使用人として仕えさせているのです。躾の行き届いていない子どもまで執事だと偽って」


「では、あの護衛も」


つぶやくフォールスに、リリベルは頷いた。


「おそらく、ローガン・ルーザーが町でそれらしい人間を雇ったのでしょう。聖フォーリッシュ王国では外国人を雇用する業種が少ないですから、わずかなお金で簡単に呼び集めることができたはずです。でも、もちろんまっとうな人間たちではありません。いつかの……週末舞踏会の夜、おねえさまの侍女とローガン・ルーザーが一緒にいるのを見た友人がいて、それで繋がりが分かったのですが……わたくし、その侍女に暴力をふるわれたことがありますわ。頭のおかしい連中ばかりです」


「なんてことだ!」とフォールスがいきり立つ。「その場にオレがいれば、そんな女まともに外に出られないツラにしてやったのに!」


「おねえさまの周囲だけじゃありません。ローガン・ルーザーが現れてから、学術院のなかに見慣れない人間が増えた気がします。なにか関係があるのかも」


「言われてみれば、あの変態教師も聖フォーリッシュ王国の人間ではないな。学術院らしからぬ人選だと思っていたが……ひょっとすると学術院長も囲い込まれているのかもしれん」


ジェネラルも考えを巡らせる。

学術院で起こる出来事が一本の線になっていく。


「おそらくローガン・ルーザーの狙いは、次期王太子妃(おねえさま)の懐柔。ゆくゆくルーザーに恩恵があると考えてのことでしょう。過剰な贈り物、息のかかった使用人、クラージュ殿下とおねえさまの仲を割くような言動……ぜんぶ辻褄が合いますわ」


言い切ったのち、リリベルはうつむいた。菫色の瞳がみるみる潤み、朝露のような涙が一筋こぼれる。


「申し訳ございません。格式高い学術院で、まさかこんなことが起こるなんて……わたくしがしっかりおねえさまを支えられなかったせいで、みなさままで巻き込んで……」


「ああ、リリベル……」


クラージュは震える細い肩を抱き寄せ、リリベルもクラージュの胸に身を預けた。


「かわいそうなおねえさま……ローガン・ルーザーが自分に好意を持っていると思い込んでるわ、きっと。あのとき……誕生日プレゼントを怪しいと思ったときに、もっとちゃんと忠告しておけばよかった」


「そうか、そうだったのか。君だけはとっくに真実を見抜いていたんだな。たったひとりで立ち向かおうと……気が付かなくて悪かった」


「そんな!謝らないでください、殿下!週末舞踏会で(あのとき)は、わたくしが悪者になっただけで済んだんですもの!それに今はひとりじゃありませんわ。みなさまがいます」


リリベルを抱く腕に力がこもる。


「僕の国でこれ以上好き勝手な真似はさせない。あいつらに報いを受けさせてやる」


「殿下、ローガン・ルーザーの目論見(もくろみ)を覆し、おねえさまの目を覚まさせるには……あの方法しかありません」


「どうもそのようだな」


ひとりだけ静かに状況を見ていたノイマンが「あの方法?」とこぼす。


「どういうことですか?」


クラージュはリリベルを胸に抱いたまま、自信に満ちた顔で言い放った。


「ライラとの婚約を破棄するんだ」

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