負け犬の遠吠え2
「あの護衛も、侍女もおかしいぞ!ライラ・ウェリタスはなにを考えて雇ってるんだ!」
鼻息の荒いフォールスに、ノイマンが目をみはる。
「一体どうしたんです、その顔」
フォールスの右頬が、餌を詰め込んだリスのように腫れ上がっている。氷袋をあてているものの男らしいと評判の顔が台無しだ。フォールスがいきさつを説明し、クラージュとノイマンは思わず顔を見合わせた。またライラ・ウェリタスがらみだ。
「声をかけただけなのにこの仕打ちだ。おまけに学術院長も話にならん。まるで人が変わったみたいだ。どうも魔法魔術理論の教員が一枚噛んでそうなんだが」
フォールスが言い終わらないうちに。
「あの変態魔術教師ッ!うちの妹にナニしてくれてんだ!」
またまた似たような叫びをあげながら、ジェネラル・ヴェルデが飛び込んできた。療養帰りでまだ情緒が不安定なジェネラルだが、こうまで動転するとはただ事じゃない。
「なんだ、ジェネラルまでどうしたんだ」
「聞いてくれクラージュ!私のかわいいクレデリアがッ!」
もはや年上の余裕もなく、ミステリアスな仮面をかぶる気力もないのか、グズグズと泣きじゃくりながら朝の出来事を話すジェネラル。
「クレデリアが私を遠ざけるのは仕方ないとして……ポッと出の教師にあそこまでのめり込むなんてクレデリアらしくないんだ!なにか薬でも盛られてるのか、弱みでも握られたのか……とにかく『メス豚』などという蔑称で、うれしそうに頬を染めるなんて絶対おかしい!これじゃ変態兄妹だ!」
切々と訴える内容は悲痛だが、ジェネラル以外の3人は引き気味だ。
「うっうっ……そもそもマルス先生が急に辞めなければあんな変態来なかったのに。あの火柱事件さえなければ……ライラ・ウェリタスめ、余計なことを」
ジェネラルの言うことも一理ある。例の火柱事件のあと、魔法魔術実技のマルス先生は一度も学術院に来ないまま講師を辞めて、『象牙の杖』に引っ込んでしまったのだ。
ノイマンはこめかみをほぐしながら、なんとか話をまとめようとする。
「フォールスの話と似通った点がありますね。ファーナー学術院長もクレデリア嬢も妙な態度で、どちらもルクス・フェデルト教員が関わっている。まあ、確かに彼はご令嬢の間で人気ですが」
「変態だけどな」と身に覚えのあるクラージュは、きっぱり宣言した。
「そうだ、フェデルトはライラ・ウェリタスの護衛と顔見知りのようだったぞ。ボアダムという男だ。あとアバーシャとかアバリシアとかいう侍女も」
フォールスの言葉を受け、眉をひそめたのはノイマンだけだった。
「ボアダム……」
――ボアダムに、アバリシアだと?
「なんだ、ノイマン。聞き覚えがあるのか。まさかどこかの罪人ではないだろうな。国にいられなくなって逃げてきたとか」
「いえ、そういうわけでは」
罪人であればまだいい、とノイマンは思った。
その名はもっと不吉な者たちと同じ名前だった。……だが、もちろんそんなことはあるわけがない。たぶんよくある名前なのだ。
「なんだ、罪人なら何かでっちあげて捕まえてやれたのに。はあ、あんな低俗な連中にナメられたなんて……父上に知れたらなんと言われるか」
フォールスはぐしゃぐしゃに握りつぶした紙箱を床に叩きつける。中からキャラメルがこぼれ、『クマ占い』と書かれた紙がのぞいた。
「……それ流行ってるのか?ライラも持ってたぞ」
クラージュは靴の爪先でキャラメルを蹴った。頬が痛んだのかフォールスは憎々しげに吐き捨てる。
「いや、その護衛が別れ際によこしてきた。ふざけやがって」
ならライラも護衛からもらったのか、とクラージュは納得した。
――そういえばローガン・ルーザーも同じ奴からもらっているような口ぶりだったが……まさか、そこも知り合いなのか?
クラージュの心を見透かしたように。
「結局、なにもかもおねえさまのせいですわ」
リリベル・ウェリタスが愛らしい微笑みを浮かべて、戸口に立っていた。




