負け犬の遠吠え
「あの出来損ないめ!あんな品もクソもない野蛮人に取り入って僕に恥をかかせるなんてッ!おとなしそうな顔をしてとんだ淫売だ!」
クラージュの怒りは、なかなか収まらない。
四阿から退散し、中等部総会の談話室『水辺』の部屋に来てからも、ずっとライラ・ウェリタスとローガン・ルーザーへの恨み言を繰り返している。
「役立たずの恩知らずだ!ライラなんて僕の婚約者でなければ、誰も相手にしないんだぞ!なんでそれに気づかないんだ、あのバカ女!」
ノイマンは、内心呆れかえっていた。王と王妃が定めた地味な婚約者をあんなに嫌っていたのに、盗られるとなるとこんな有様だ。
「よりにもよって非文明国の猿にくっつきやがって……ここは僕の国なんだぞ。あんな無礼な奴、時代が時代ならその場で叩き斬ってもいいくらいなのに」
「お言葉ですが」と、ノイマンは口を挟んだ。
「殿下、今はそんな時代ではありません。それにあなたはこの聖フォーリッシュ王国王太子ですよ。発展の遅れた小国に礼儀を教えるならともかく、あなたまで公衆の面前で子どもの言い合いじみた真似をして……まわりがどんな反応をしていたかご覧になったでしょう?」
「知るか、そんなものッ!!」
自分を見つめる視線を思い出し、クラージュはテーブルに拳を叩きつけた。
ローガン・ルーザーの奇行は学術院中に知れ渡っている。いまさら2階から飛び降りて、花壇をむちゃくちゃにするくらい大したことじゃない。
だが、「僕についてこい!」というイメージが強い王子様然としたクラージュが、地面にへたりこんでキーキーと大騒ぎしていたのはあまりにも情けない姿だった。幻滅した女たちの目つき、冷めた眼差しの男子学生、下回生の連中はショックを受けた顔だった。
屈辱で、クラージュの白い耳がますます赤くなる。
「殿下、今は大事な式典の前です。ライラ嬢を追いかけるのもよろしいですが、そろそろ落ち着いて頂いて」
「追いかけてるわけじゃない!『教育』だ!お前もそう言ったろう!」
ライラ・ウェリタスへの『教育』――それは、ひとつもうまくいかなかった。
クラージュは苦々しく思い返す。
最初は手紙で呼び出すことを考えた。
王族といえど女子寄宿舎には入れない。だからライラの部屋に宛てて、総会に来るよう手紙を送った。
ところが一度もまともにライラに届かない。「頂いた手紙はヤギが食べたので読めませんでした」と執事から返事がくる。何度送ってもヤギが食うらしい。どういうことなの?ライラはヤギを飼ってるの?部屋で?とクラージュは困惑した。
ヤギを殺処分して手紙を読ませるように寄宿舎の侍女頭に伝言したところ、「今度はヤギではなく侍女が食べました」と執事から返事がきた。どんな侍女なのそれ。こわいだろそんな侍女。
仕方なくライラの出席する授業に顔を出すことにした。ただし、あくまでさりげなく。わざわざ会いに行ったなんて分かったらライラが調子にのるからだ。
しかし邪魔が入る。最近きたばかりの魔法魔術理論の教師が「今日もギスギスピリピリしててかわいー」と言いながら尻をさわってきたりする。もう何回も学術院長にクビにするよう命令しているのに、あの変態教師は一向に辞める気配がない。
しびれを切らし、ライラの気に入りの庭園で待ち伏せすることにした。残飯みたいなランチを隠れて食べていることは知っているから、わざわざ仲間との食事をガマンして庭にいく。
そうしたら、庭師の出現だ。クラージュがひとりで庭にいると、あの死んだ魚みたいな目の落伍者が「ドジッ子ですみません」と真顔で言いながら腐葉土を頭からあびせてくる。正気じゃない。アイツもなかなかクビにならないが、今日はなぜかライラと一緒にいたし、絶対に追い出してやる。
最後の手段は学術院の行き帰り。馬車で通りがかり「歩いて通学してるのか。あいかわらずビンボーくさいな」とか軽いジョークをかまし、同乗させるつもりだった。
でもライラのそばに馬車が寄らない。馬が進まないのだ。どんなに御者がムチで打っても歩かない。それどころか、興奮して立ち上がって馬車がひっくり返り、顔から馬糞に突っ込んだ。もう最悪だ。
こうなれば、運頼みしかない。
朝から晩まで出る授業もないのに学術院に行き、ライラを探してウロウロする。ひとりでうろつくのも変だから取り巻きを連れて、見つけたら即座に捕まえる。
そうして、なんとか1度だけは総会に連れていくこともできたが、すぐにアイツが来た。
ローガン・ルーザー。
クラージュがライラといれば、5分以内に現れる疫病神。
「クソッ!アイツは一体なんなんだ」
「なんなんだ、あの連中はッ!!」
似たようなことを言いながら、『水辺』に入ってきたのはフォールス・オブスティナだった。




