『傲慢』な王子の独壇場
今回の成人式は、クラージュ殿下が主役だ。
18歳を迎え高等部へ進む彼のために、わざわざ成人式と王立学術院の進級式典、社交シーズンの幕開けを重ね、1週間もかけて前代未聞のお祭り騒ぎをする。たったひとりの王位継承者を盛大に祝うのだ。
学術院はいつも以上に浮き足だち、みんな楽しそう。ただし、わたしを除いて。
前みたいに着るものがなくて困るということはない。一体どういう風の吹きまわしか、クラージュ殿下から純白のレースドレスが送られてきたのだ。『式典で着るように』とメッセージまで添えられて。
以前のわたしなら、うれしくてうれしくて何時間でもながめてただろう。でも、今はそのプレゼントが錨みたいに重かった。せっかく頂いたのに素直に喜べない。
(あんなの頂いたら絶対出席しないといけない……クラージュ殿下のお相手なんて今更できないよ、裏ではコソコソ婚約解消のお願いなんてしてるのに)
これではみんなをだましてるも同然。いくら待ってもお父様は返事をくれないし、いっそ自分でクラージュ殿下にお伝えしようか。隠し事に耐えられなくなって自白する罪人の気分だ。
そうそうたる華やかな顔ぶれ、非の打ちどころのない式典、なにもかも完璧な場所のまんなか。そこに、だれにも必要と思われてないうえに、もうじき本当に必要じゃなくなる『名ばかりの婚約者』が居座って、ウソついて、ヘラヘラして。
(ダメだ、考えただけでおなか痛くなりそう……それに白いドレスなんて着ていいのかな。白は成人の方々が着るものだと思うけど)
「はあああああ………」
「ため息つくと変なもんが寄ってくるぞ。……ほら、噂をすれば」
庭師さんが顎で指す先、花壇の向こうに見える回廊。もう授業がはじまっているにも関わらず、にぎやかな一団が歩いている。高位のご令嬢たちと、物語の『王子様』像そのままの美青年。
(うっ!クラージュ殿下だ)
今日は厄日かもしれない。フォールス・オブスティナ、ジェネラル・ヴェルデに続いて今世紀もっとも遭遇したくない人と連続で出会うなんて。
隠れようとしたけれど遅かった。クラージュ殿下とバッチリ目が合う。
(無視してくれるかな……ダメだ、こっちに来る)
声をかけるどころか視界にも入れてくれなかったのに、このところ話しかけられることが多い。これも式典効果だろうか。
諦めて立ち上がり、スカートのほこりを払った。
「こんなところでなにをしてる」
不機嫌そうな声に、喉元まで出かけていた朝の挨拶が引っ込む。クラージュ殿下はテーブルにある本と庭師さんを横目で見て、大きな舌打ちをした。
「朝から優雅に庭番と読書か。いいご身分だな。授業がないなら何故総会に顔を出さない?式典の準備で忙しいんだぞ。僕を手伝えと言ったろう」
「も、申し訳ございません。その……あんまりお役に立てそうになかったので」
先週『水辺』に呼び出されたときは、当日の衣装とか花火の打ち上げ時間とか招待される曲芸団の演目を、お茶を飲みながらみんなで話すだけだった。特にお手伝いが必要とも思えなかったのだ。
「なら、役に立てそうな仕事を探してすすんで処理しろ。言われなきゃなにも出来ないのか。リリベルを見習え。化粧だとかマナーだとか、はじめて王宮に出る女たちの相談にのってやってるだろうが」
あまりにも正論で、わたしは黙ってうなだれる。
「まったく……男と遊んでばかりいないで、少しは僕の助けになれよ。腐っても未来の王太子妃、僕の婚約者だろう」
最近の決まり文句だ。
あんまりこんなところ見られたくなかったなと、うつむいたまま庭師さんに目を移す。彼はどこか遠くを――回廊の上階を見上げていた。わたしの視線に気づいた彼は、殿下に見えないようテーブルの影で、空を指差す。
(なに、上?)
そろりと首を巡らせる前に、クラージュ殿下の小さな独り言。
「――よし、アイツはいないみたいだな」
次の瞬間、2階の窓がバーン!と開かれた。
「アイツとはどいつのことかな、クラージュ・グラン・フォーリッシュ!!」
響き渡る大音声。震える草木に、飛び立つ小鳥たち。
「とうッ!」
掛け声とともに、朝日を背にした人影が窓を飛び越え、ルージュバルベナの群生に着地した。あたりにもうもうと土煙があがり、むちゃくちゃになった花壇から金髪の青年が現れる。
「ぎゃ―――ッ!!!で、出た!!」
クラージュ殿下がアレルギー反応を起こし、ヤモリのような速さで逃げ――ようとしたところを派手に体当たりして捕まえる闖入者は、もちろん。
「ロ、ロ、ローガン・ルーザーッ!!!」
キラッキラスマイルのローガン・ルーザー王子は、高らかに笑った。
「いつもより光源UPで新登場だぞ!!」
「どういう意味?」と小さくツッコむ庭師さん。
わたしとクラージュ殿下がいるときは、10割中10割(つまり必ず出現する)ローグさんは殿下の首根っこをつかんだまま、わたしの前に立った。
毎日会っているのに。
会うたびに思う。
今日も会えてよかった、と。
だから大した用事もないのに、なるべく早く来て、なるべく遅く帰る。わたしを見てくれるこの琥珀色の瞳を、少しでも長く見つめ返すために。
ローグさんは、胸をふくらませて大きく息を吸うと、鼓膜がもっていかれそうな声を出す。
「おはようライラッ!!」
わたしも負けじとおなかから発声する。
「ッおはようございます、ローグさん!」
ふさふさの金髪がオヤツに喜ぶ猫ちゃんのごとくビビビビッと震え、くっついたままだったバルベナの花弁が舞い落ちた。凛々しい顔立ちに無邪気な笑顔が浮かび、白い歯がこぼれる。
「うむ!ライラは今日も赤いな!!!」
「はい、赤いですッ!!」
「僕を挟んで、よく分からないやりとりはやめろおおおッ!!」
クラージュ殿下の悲鳴に、残っていた小鳥たちもみんな飛んで行った。




