『淫欲』教師の真骨頂
だいじょうぶ。
わたしも変だと思ってるよ。(2回目)
ボアさんと同じく郵便配達員から教師に転職。しかも、こんな短期間で。絶対変だよね。
でも、審査の厳しい学術院が怪しい人を雇うわけない。肩書としては魔法魔術協会【象辺の杖】から客員として招いているらしく、実技授業で迷惑をかけたマルス先生と同じ立場だ。とっても不思議な経緯だけど、教職資格を持っているのは確かなんだろう。
そんなフェデルト先生は、壮年や初老の多い教師陣のなかでめずらしい若い男性教諭。担当の魔法魔術理論は授業も雑談もおもしろいし、紳士的で機知に富み、人当たりがよくてちょっぴりミステリアス。おまけにこの外見だ。熱を上げているご令嬢も多いときく。
「さて」と言いながら、フェデルト先生は面白がるような顔で周りを見た。地面に転がったフォールスとそれを支える取り巻き、こちらに視線を走らせたところで、わたしはあわてて進み出た。
「あの、説明させてください!膝蹴りはしましたけど一応理由があるんです!」
フェデルト先生は噴き出すのをごまかすみたいに咳払いした。
「ブフッ……な、なるほど、膝蹴りね」
「スキップしたら立ち位置がまずくて、たまたま膝が入っただけだ」と冗談なのか本気なのか分からない真顔で言うのは、フェデルト先生と前職同僚だったボアさん。「たまたま入らないでしょ、膝は。駅前のラーメン屋じゃないんだから」「お前の例えは分からん」
ふたりのなんとなく気安いやりとりに、フォールスが声を荒げる。
「オイ新任!そいつらよりも、まず俺に何があったか問うべきだろう!」
フェデルト先生がフォールスには聞こえない声でつぶやく。「あの態度じゃあ膝蹴り案件だ」
「ではフォールス・オブスティナ、あなたが説明なさい。一体なんの騒ぎですか」
凛とした声の介入に、ぎょっとした。
(え!?な、なんでここに学術院長が!?)
フェデルト先生のうしろから細身の女性――プリシラ・ファーナー学術院長がしかめっつらで登場した。
彼女は現王妃様の叔母にあたる由緒正しい王室関係者で、実力のある女性魔術師。【象牙の杖】からの信任も厚い方だ。豊かな白髪をシニヨンに結いあげ、ピシッと伸びた背筋と金色の老眼鏡越しにのぞく厳しい目つきは若々しく、67歳という彼女の年齢を感じさせない。
でも、どうしてフェデルト先生と一緒に――「せっかくふたりっきりでお散歩中だったのに。ルッくんの前で恥をかかせないでちょうだい」
そう、ルッくんと…………え、ルッくん……?
学術院長はフェデルト先生を見上げると、老眼鏡の奥の目をウルウルさせて、にぎった両手を口元にあてた。
「うちの生徒が恥ずかしいトコ見せちゃった。ごめんネ、ルッくん」
その場に戦慄が走った。
特に「味方がきた!」と勝ち誇った表情だったフォールスたちは、ステーキだと思って口に入れたら雑巾だったときのような絶望顔になっている。
ルッくんことルクス・フェデルト先生は甘ったるい微笑みを浮かべ、学術院長のおでこをツンとこずいた。
「気にしてないよ、プリリン(ハートマークの幻覚)」
プ。
プ。
プリリンッ!!!???
荒れ狂うみんなの衝撃をよそに、学術院長はフェデルト先生にはりついている。
「あとはプリリンがちゃんとやっておくから、ルッくんはおシゴト行っていーよ。今日は朝の授業あるもんね」
「ありがとう、プリリン。じゃあ先に行ってるね。ついでにライラ嬢を教室に送ってくるから」
「えー……プリリン以外の女の子とは一緒に歩いてほしくないけどぉ……でもでも!イイ子にして授業終わるの待ってるね!ランチいっしょに食べようネ!」
(お、おお……わたしが実技でやらかしたときに『学術院の品位を落とさないで』って、こんこんと話してくれた学術院長とホントに同一人物……?)
わたしはブンブンと頭を振った。
なんか学術院長がちょっとかわいく見えてきて危険だと思ったからだ。
「あの、フェデルト先生。わたしも当事者です。この場に残ります」
フェデルト先生は「おやおや」と笑った。
「マジメだねぇ、ライラ嬢は。大丈夫だって、あのふたりをクビにしたりはしないよ。ボアしょ、じゃなくてボアさんは元同僚だし、あのメイドも悪気はないんだろう?うまくごまかしておいてあげる」
(ごまかすって……こんな公衆の面前で、公爵令息の顔面に膝蹴りかましたのに!?)
しかも、アバリシアさんはこれで二度目。
はっきり言ってとんでもない事件だ。裁判沙汰になったら絶対負けるし、ものすごい罰金が必要になること間違いなし。もしくは身分証を取り上げて国外追放とか、強制労働に付かされるとか。だって相手は大貴族だ。
わたしがもたもたしていると、先生が楽しそうに囁いた。
「心配いらないよ。プリリンは物分かりがイイから」
(そのプリリン、わたしのこと今めっちゃ睨んでますけど)
ヒソヒソ話がいけなかったようだ。プリリンからのやきもち目力がすごい。
「ほら、早く行こう。プリリンの機嫌をそこねたら話がややこしくなる」
「は、はあ……」
呆然自失で今にも灰になりそうなフォールスたちや、スルースキルが高すぎて元の夕飯の話題に戻っているアバリシアさんたちをおいて、わたしと先生は校舎に入った。




