クラージュ王太子殿下との婚約
クラージュ王太子殿下との婚約は、わたしが5歳のときに決まった。
聖フォーリッシュ王国では、5歳になると精霊の加護を受けることができる。寄付がたくさん必要になるため志願するのは貴族ばかりだ。
婚約が決まったのはちょうどその頃らしく、わたしはあんまり覚えていない。たぶん身分や年齢の合うわたしに、たまたま白羽の矢が立ったんだろう。だから「名ばかり」と思われるのも無理はない。
クラージュ殿下は、淡い金髪に緑色の瞳が神秘的な美しい王太子様。側近の方々も見惚れるような端正な顔立ちぞろいで、学術院みんなの――もちろん、わたしも――憧れだ。そんな聖フォーリッシュの宝石たちに、わたしが肩を並べられるかというと、残念ながら容姿も魔力も釣り合っていない。
(……加護もあんまりだしね)
加護が影響する魔法。魔力に左右される魔術。似て非なるもの。
『魔法』は精霊の力を借りるもので、加護と論術の心得があればだれでも使える。ただし精霊に愛されている者ほど強く広い範囲で『魔法』を行使できるため、同じ精霊からの加護でも人によって差ができる。
『魔術』は人間が生まれつき持つ魔力を、任意の術式に代入し行使する。
わたしの魔力はごく平均値。加護は火の妖精らしいが、加護の力が弱すぎて詳しく分からなかった。論述でなんとか手のひらに炎をともせる程度でしかなく、加護の強さが精霊からの寵愛に比例することを鑑みるに、好奇心旺盛で協力的な火の精霊でさえわたしのことはあんまり好きじゃないということだ。
学問なら一生懸命勉強しているから少しは自信がある。でも、そんなの王太子妃になるなら、できて当たり前。天性の力はどうしようもない。
(リリベルの方が、わたしなんかより王太子妃にずっとずっと向いてる。美人で次期聖女で、みんなに好かれてて。わたしより先にリリベルの加護が分かってたら、絶対リリベルがクラージュ殿下の婚約者だったはずよ。わたしも……せめて、もっと勉強頑張らなくちゃ。将来、殿下やみんなの役に立てるように)
そうしたら、いつかリリベルに「おねえさまが誇らしい」と思ってもらえるかもしれない。お父様やお義母様にも「いらない子じゃなかった」と認めてもらえるかも。陛下や王妃様、もちろん殿下にも「ライラ・ウェリクスが王太子妃でよかった」と思ってもらいたいし、聖フォーリッシュ王国をもっといい国にしたいもの。
そうすれば、きっと亡くなったお母様も喜んでくれるだろう。
(よーし、午後の実技も頑張ろう)
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午前の座学を終え、今日もひとりでランチを食べる。
(どこで食べよう。東の庭に行ってみようかな。あそこならあんまり人も来ないし)
せっかくのお誕生日だから少し奮発したお昼ごはん。いつもはパンとチーズだけど、今日はパンに木苺のジャムをたっぷり挟んである。
学術院には専用の大食堂があり、いつでも利用できるよう開放されている。
朝ごはんや夜ごはんもここで作られていて、伯爵位以上の子息令嬢には寄宿舎まで特別に届けにきてくれるそうだ。でも、何故かわたしのところには配達が一度もきていない。だから、わたしは誰にも見つからない時間にこっそり自分で取りに行き、朝ごはんをちょこっとだけ残してお昼がわりにしている。
教室棟から一番遠い東の庭は、色とりどりの春の花があふれていた。鮮やかなピンククレマチス、たっぷりとした橙色のマリーゴールド、ラベンダーは妖精の鈴楽器みたい。
「わあ、いいお天気!ピクニックにぴったり」
うれしくなって、足取りが軽くなる。
小道を抜けて大好きなマロニエの木陰へ向かう。
途端に、楽しかった気分はしぼんだ。
フリルのような白い花が咲き誇る下、わたしの婚約者――クラージュ王太子殿下とリリベルが寄り添って座っていた。