怪物たちの集う夜3
「そこに誰かいるのか」
ふいに足音が聞こえ、コンラード守衛班長はランプをかざした。
光の中に、ふたつの影が伸びる。侍女と子供だ。
一瞬でもビクついた己を偽るように、コンラードはダミ声を張り上げた。
「こんな時間になにをしている!」
言いながら、侍女を値踏みするように眺める。侍女は亜麻色人種の若い娘で、目鼻立ちの整ったなかなかの上玉だ。子供は怯えているのか、こちらを見もしない。
娼館に行くより安くつくぞ。もうすこし怖がらせてやるか。
コンラードは足音も荒く近づくと、侍女の顎を乱暴に捕まえ、顔を持ち上げた。濡れたような漆黒の瞳が、ランプの光の下で剣呑さを帯びる。
「なにを黙ってるッ!名前と所属を言えッ!!」
「所属だって」
侍女の脇にいた少年がクスクス笑っていた。
「ねえ、所属だってさ。教えてあげなよ」
その途端、コンラードは自分が過ちを――なにか取り返しのつかない過ちを犯したと感じた。
脊髄に氷でも流し込まれたような悪寒が全身を走り抜け、顔中を冷たい汗が伝う。
さきほどから続く耳鳴りが精霊たちの悲鳴だと、コンラードは気付かない。それが魔法魔術に心得のある守衛班長に対するものなのか、精霊たち自身の絶望なのかは分からない。なんにせよ、最後の警鐘を彼は聞き逃した。
逃ゲテ、逃ゲテ、カイブツガ来ル
「――気分がイイからな。そンなに知りたきゃ教えてやるよォ」
バキバキと細い骨がきしむような音がする。侍女の背後で、長大な漆黒の両翼が広がっていく。足元をゆらりと大きな影が泳いで行った。石畳に映り込んだその姿は、3つの頭部をもつ巨大な鰐のよう。
カイブツ、かいぶつ――怪物が来る。
耳鳴りが、消えた。
「所属は――」
怪物が、笑う。
――バベル。
守衛班長コンラードは、夜間の定期連絡に現れなかった。
最後に姿を見たのは王立学術院の大庭園であったが、そののち消息を絶ち、二度と見つからなかった。




