それぞれの思惑
ライラ・ウェリタスがまだ舞踏会にいたころ、リリベル・ウェリタスは上級寄宿舎の一室で声を荒げていた。
「一体どういうことなのッ!!」
リリベルの声におびえ、フラッタリー伯爵令嬢は彼女自身の部屋にも関わらず、床に膝をついている。
「も、申し訳ございません……!」
「謝ってすむ問題ではないわ!わたくしに言ったわよね!ローガン・ルーザーがおねえさまに贈った品は変な物ばかりだったって!なのに、今夜の舞踏会でおねえさまは贈り物のドレスを着てきたのよ!それも最高級品よ!貴女のせいで、わたくしは――!」
――わたくしは、どう思われただろう!あの会場にいた連中やクラージュ殿下に……!
クラージュ殿下とリリベルが親密なのは周知の事実だ。みんなお似合いだと言ってくれるし、リリベルのほうが王太子妃に向いているとはっきり伝えてくる者もいる。『ライラの代わりに、殿下のお相手をしている』と触れ回っているから、姉思いだと褒められることさえある。
でも、それを他国の王族から指摘されるのは外聞がよくなかった。
本来の王太子妃を差し置いて、場所も立場もわきまえず、愛人のように侍っているイメージがついてしまったのではないだろうか。
リリベルが問い詰めた結果、フラッタリー伯爵令嬢は涙ながらに顛末を語った。護衛と侍女に金を渡して協力を求めたこと、贈り物をチェックする前にライラに見つかったこと、追い返そうと思ったのに邪魔が入ったこと。
使えない、とリリベルは舌打ちした。
「誰がそんなことしろと言ったの!わたくしは『どんな贈り物か知りたい』と言っただけなのに!そんなふうに嗅ぎまわるなんて、貴女の品性を疑うわ!まるで全部わたくしが仕組んだことのように非難されたのよ!どうしてくれるの!」
「え、で、でもリリベル様が『見てきてほしい』って……」
――バカ女のくせに、余計なことは覚えている。
リリベルは確かにそう言った。水辺の談話室から戻ったあと、姉に大量の贈り物が届いたことを侍女から聞いたのだ。腸が煮えくり返りそうだった。ただでさえローガン・ルーザーにプライドを傷付けられたというのに、その人間から姉にはプレゼントが届いているというのだ。自分が火の加護を持っていたなら、寄宿舎ごと焼き尽くしてしまったかもしれない。
すぐにフラッタリー伯爵令嬢を呼びつけた。使用人に無理を通しやすい高位身分で、いざとなったら切り捨てても問題ない立ち位置の女。彼女を選んだ理由はただそれだけだ。
「言い訳しないで、フラッタリー伯爵令嬢」と、リリベルは冷たく言った。
「貴女のやったことは泥棒と同じよ。わたくしは人を買収しろだとか、おねえさまの目を盗んで見てこいなんてお願いはしてないわ。わたくしが自分で見に行くのは恥ずかしいから頼んだだけなのに、なにを勘違いしたの。ぜんぶ貴女が勝手にやったのよ。もし誰かになにか聞かれても、わたくしの名前なんて出さないでちょうだい。絶対にね」
泣いて許しを乞う手駒を無視し、リリベルは部屋をあとにした。
――どいつもこいつも、ホントに使えない!クレデリアだってあんなに偉そうに「注意した」とか言ってたくせに、全然おねえさまに効いてないじゃない!クラージュ殿下だって――
姉に見惚れるクラージュの横顔が脳裏をよぎり、怒りで視界が歪む。
わたくしが、愛されるべき存在なのよ。わたくしだけが。
「ゆるせない」
姉は自分から火種をまいた。
おとなしく聖女の引き立て役になっていれば、名ばかりの王太子妃だか王妃だかになることを許してあげたのに。
「おねえさまがその気なら、考えがあるんだから」
王族の妃なんて堅苦しくて退屈そうな肩書、母はともかくリリベル自身は大して魅力的に思っていなかったし、興味もなかったけれど。
「おねえさまの大切なもの」
侯爵令嬢としての居場所、王太子妃の地位、クラージュ殿下の隣。
「わたくしがぜんぶ『もらってあげる』」
――それまで、せいぜい弱小国の王子サマと仲良くしてればいい。
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「ノイマン、これ以上あの弱小国の王子をライラに近づけさせるな」
ノイマンは、やれやれと心中で溜息をつく。英雄は色を好むというが、我が国の王太子はなにも成し遂げないうちから色好みだ。リリベル・ウェリタスの豹変よりも、ライラ・ウェリタスの変身にすっかり心奪われている。
ノイマンは、水辺の談話室でなにがあったか洗いざらい話した。リリベルが感情的になったのをそれとなく庇いながら、「あの男は非常に厄介です」と締めくくる。
「……ローガン・ルーザーは、最初からリリベルのことを相手にしてないんだな」
「え?ええ、そうですね」
「そうか、そんなにライラが気に入っているわけか」
ノイマンとしてはローガン王子の非常識さやリリベルの災難をアピールしたかったのだが、クラージュはもはやライラのことしか頭にないようだ。
「なにが誕生日の贈り物だ」
餌さえろくに与えていないペットでも、他人に可愛がられて懐くのを見るのは不愉快だ。そのペットが金をかけて整えればなかなか悪くないと知れば尚更。クラージュは、ライラにドレスなんてプレゼントしたことはない。母親である王妃から預かった髪飾りや小物を贈り物として与えていただけだ。だが、ライラは自分の物なのだ。どう扱おうと勝手だろう。
「殿下、ローガン・ルーザーをどうにかするより、ライラ嬢を教育するほうが早いのでは?」
ノイマンの言葉に、なるほどと頷く。ライラの白い頬や貧相だとばかり思っていた細い腰、リリベルと比べればささやかながらそれなりに主張していた胸元を思い、クラージュは口角を上げた。
「ぜひ、そうしよう」




