舞踏会へ!3
飛去来器ッ!!??
「なッ!そ、それ、どういう意味よッ!?」
この男は、いちいち神経を逆撫でしてくる。水辺での屈辱も重なって声の鋭さが増した。
「失礼、嘘がつけないもので!」と、ローガン・ルーザーは満面の笑みだ。
「リリベル嬢は、私とライラ嬢の仲を誤解しているようだね!実は、私がひとりで途方にくれていたとき、彼女が声をかけてくれたのが切っ掛けなんだ!」
複雑な顔をしていたライラは、リリベルの問うような視線を受け、あわてて頷いた。
「う、うん、そうなの!昨日ね、ローガン王子が東の庭園にいらして」
「そう!入学手続きや実技授業の見学をしたくて、院内を歩くうちに迷ってしまったんだ!それで、話をしてみれば私と関心のある分野が似ていて、しかも彼女は次期王太子妃と聞く!私が交流を持ちたいと願うのは至極当然だろう!」
「だ、だからといって、そんなに親しげに」
琥珀色の瞳がパチパチと瞬く。
「むむ、聖フォーリッシュ王国は自由なんだかお堅いんだか、塩梅が難しいな!私が知っている、クラージュ王太子殿と貴女の『親しさ』はもっと距離が近かったけどね、『リリー』!」
リリベルの喉から、掠れた空気が漏れる。
東の庭園と聞き、嫌な予感がしたのだ。このふたりが出会ったのは昨日の昼――自分が庭を離れた直後ではないだろうか。なにもかも見られたのだ、クラージュ殿下とのことも、ライラとのことも!
「な、なんのことだか分かりませんわ!妙な勘繰りはやめてください!それに、あなたのようにやみくもに贈り物をするのも、それを受け取るのも、わたくしの知る『親しさ』とはかけ離れています!下心があるとしか思えませんわ!」
「やれやれ、ひどい言い草だな!ほんの心ばかりの品なのに!」
――ほんの!?今おねえさまが身に着けている物は、わたくしがもらったことのないような品ばかりなのに!!
「嘘ばっかりッ!!花輪だとか絵だとかおかしな物だけだと思っていたら、そんな高価な贈り物まで隠していたなんてッ!誕生日にかこつけて、いつのまに――」
「――隠していたわけではない。見つけられなかっただけだよ、君に忠実なフラッタリー伯爵令嬢がね」
打って変わって穏やかな声音。
――……あッ!!
震える唇を手でおさえても、もう遅い。昇った血が一気に足元まで降りてくる。自分は今なにを言ってしまったのだろう。
青ざめるリリベルにかけるローガン・ルーザーの声は、いっそ労りに満ちていた。罠にかかった獲物に対する最後の労りに。
「フラッタリー伯爵令嬢には、ゆっくり贈り物を検分する時間がなかったんだ。午後の授業を終えてから一般寄宿舎に入ったんだろうが、同じ頃にライラ嬢が部屋を移るため荷物をまとめたからね。贈り物がたくさんあってさぞ難儀しただろう。貴女のために泥棒まがいのことまでする勤勉な信奉者だ。彼女を怒らないでやってほしいな」
ふと気が付けば、会場の人々は遠巻きにリリベルを見ていた。
「リ、リリベル?一体なんの話をしているんだ……?」
クラージュは困惑したようにリリベルの肩に触れる。
その手を振り払い、リリベルは身をひるがえす。
「あ!待って、リリベル!」
忌々しい姉の声を置き去りに、今夜の主役は逃げ出すように大広間を後にした。
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大広間から、柔らかな光と音楽が流れてくる。
すっかり夜に包まれた野外テラスからカーテン越しに中をのぞけば、ちらほらダンスに参加する男女も現れて、舞踏会は少しずつ活気を取り戻しつつあった。
(どうしてこうなっちゃうのかなあ……)
ただ先生に言われたから来ただけなのに、肝心の先生はいないし、リリベルもクラージュ殿下たちも帰ってしまった。
そのあとの反応は様々。コソコソと会場から出る人もいれば、何事もなかったようにふるまう人もいたが、ほとんどは周囲の様子をうかがって行動を決めかねているようだった。そのうち機転を利かせた宮廷音楽隊が演奏をはじめ、ようやくくつろいだ雰囲気になったのだ。
出そうになったため息は飲み込む。
リリベルたちのことはあとで考えればいい。暗い顔をするのはやめよう。だって、せっかくこんなに素敵な恰好にしてもらって、舞踏会に来ているんだもの。きれいなドレスを身に着けているだけで(似合っているかどうかはともかく)、乙女心はワクワクする。それに、なにより――。
ちらりと隣を見れば、ローグさんがキラキラした目で見つめ返してきた。
「どうした?しょんぼリンゴか、ライラ」
なんだろうそれ。でも一応ノる。
「しょんぼリンゴではないですね、はりきリンゴですね」
「なにそれ」
「ローグさんが言い出したんじゃないですかッ!!急に置いてかないでくださいよ!!」
わたしは咳ばらいをし、ベンチに座る彼に向かい合った。膝がくっつきそうなくらい近い。「あの!」
「い、いろいろありがとうございました!さっきのことも、贈り物のことも!……これ、とっても高価そうだし、お返しするつもりだったんですけど……ごめんなさい。き、着てしまいました」
ローグさんが眩しそうに目を細める。
「着てもらえてよかった。返されたら困ってしまう。私は着れないし、いや、がんばったら着れるかな」
「そこは前向きに検討しないでください」
「よく見せてもらっていいか。さっきは大急ぎで会場入りしたからちゃんと見られなかった」
広間に入る前、遅刻するのはマズイととにかく走ってきて(結局遅刻したけど。みんなはちゃんと馬車で来てた)、中央棟の前で落ち合ったローグさんとは「よし行こう!」「はいッ!」くらいしか会話してなくて(アバリシアさんが呼んできてくれたらしい)、広間に入ったらあまりの場違いさに頭が真っ白になった。そうこうしているうちにクラージュ殿下に声をかけられ(頭真っ白すぎて気付かなかった)、あんな事態になったというわけだ。
わたしはベンチから腰を上げ、不器用にドレスをつまんでクルリと回ってみせた。繊細なドレープが閃いて、深紅の軌跡を残す。
ローグさんは腕を組み、しみじみと頷いた。
「すごく似合っている」
「ほわッ!?そ、それはどうも恐縮ですッ!!」
「本当に似合ってるんだぞ!炎みたいだ!見てたら焚火したくなってくる!」
「我慢してくださいねッ!?」
そこで、ローグさんは口をつぐんだ。ちょっぴりウメボシペンギンになっている。「ローグさん?」
「……だめだ、なんにも思い浮かばん。君を、宝石や星や花に例えたいんだが……すまない」
意外な言葉に、わたしは心の底からうろたえた。またも悪徳商人まがいな口調でへこへこしてしまう。
「いえいえッ!謝らないでください!ドレスはともかく、わ、わたしはそんな大層な代物に例えられるほどのもんじゃあございませんから!逆に、なにも思いつかなくて当然ですんで、ぜんッぜん気にしないでください!」
「ライラ、君を見て何も思いつかないとか、そういうことではない。ただ私の教養がないだけなんだ。その……前線にいる時間が長くて、詩や音楽の知識がほとんどない。だから肝心なときに、どう伝えたらいいのかわからないんだ」
叱られたワンちゃんみたいに、うなだれているローグさん。フサフサした金髪がこころもちペションと垂れ下がって見える。普段が傲岸不遜で自信満々フルスロットルなぶん、思わずよしよしと慰めてしまいそうだ。
「詩なんてわたしだって分かりませんよ!勉強してるのにとっさに出てきません!ここぞというときには頭が真っ白になりますからね!実際には真っ赤ですけどね!」
(お、ちょっと元気出たみたい)
基本的にいつも笑い顔のローグさんだけど、たった2日間でなんとなく感情が読めるようになった。ちょっと明るい顔になったローグさんに、わたしは心を込めて「お褒めいただき、本当にありがとうございます」と伝えた。
「ローグさん自身の言葉のほうが、わたしにはよく分かります。それにわたし焚火好きです。昔は家の庭でよくやったんですよ、庭師さんと落ち葉を集めて。だから、とてもうれしいです」
(はっ!こんなこと言ったら次回から『焚火好きキャラ』に認定されてしまうのでは……!?)
もやもや余計なことを考えているうちに「では、私の言葉で伝えることにしよう」と、ローグさんが立ち上がった。わたしの手を取り、騎士物語の主人公さながら膝をつく。
「お誕生日おめでとう、ライラ」
琥珀色の瞳が、ひだまりみたいにわたしを照らす。
「それから」と、楽しげな声で。
「私は君のことが好きだ」




