舞踏会へ!
「あーおもしろかった!ユニークな義妹さんだね!」
「ユニーク……たぶん、あれは本気で怒ってると思うけど……」
「大したことねェな、リリベル・ウェリタス。まあワンパンだな」
「うぅ……妹にワンパンはやめて……」
再びテーブルについたけれど座ったまま失神しそう。リリベルがあんなに怒ったところ見たことない。またベッドにもぐりたくなってきた。でもそんなことしてる時間はなさそうだ。
「で、舞踏会に行くんだって?」と、ホロウくんがワクワク身を乗り出す。
「……うん、授業を休んだからその代わりに」
「へえ、変なの!」
たしかに変な伝言だ。先生が、膨大な生徒の出席状況にまで目を配っていたとは知らなかった。それに舞踏会へ出席することと、舞踏技術で学ぶことはまったく違う。週末舞踏会はあくまで遊びのようなものだ。
「いいじゃねェか、楽しそうだし行ってこいよ!」
あまり乗り気でなさそうなわたしを見て、ホロウくんはキュルルンと首をかしげる。
「行きたくないの?毎週末してるなら行ったことあるでしょ?」
「……実は、1回しか行ったことなくて」
「どうして?」
「……着ていくものが、その」
「ああー」と、アバリシアさんもホロウくんも声をもらす。スカスカなクローゼットを見たばかりのふたりは察したみたい。
「それに同伴者が必要なの。男性パートナーとか女性のお友達とか。でも、わたしどっちも……」
入学したての頃、1回だけ行った舞踏会。あのときはつらかった。
ドレスなんて持っていなかったわたしは、唯一手元にある正装礼服で行ってしまったのだ。おまけに同伴者が必要なんて知らなくて、のこのこひとりで参加してしまい、入場のとき侍従にずいぶん嫌な顔をされた。
クラージュ殿下には「おまえはひとりだけ葬式に来たのか?」と叱られ、お洒落したご令嬢たちには化粧すらしてないことを笑われた。ひときわ華やかなドレスをまとったリリベルが「わたくしが気を付けてあげればよかったわね」とかばってくれて、そのすきに逃げ帰ったという有様だ。
(クラージュ殿下は……お誘いしても断られるだろうなあ。元々相手にされてないし、こんなに急な話じゃダメだよね。でも先生がせっかく言ってくださってるんだから参加しないと)
「……お嬢様、だいじょうぶ?」
ホロウくんが不安そうな声を出す。わたしはおなかに力を入れて、大きく頷いた。
立派な女主人として心配なんかかけられない。さっきのやりとりで、はっきりした。ホロウくんたちは、わたしの部屋付きになることを『選んで』くれたのだ。リリベルじゃなくて、わたしを。
「だ、大丈夫!パートナーはなんとかする!服は、授業で使う舞踏用のワンピースがあるからそれを着て――」
「いや待てよ、ドレスならあんじゃん!」
アバリシアさんが犬歯を剥きだして笑った。それを見てホロウくんもパチンと指を鳴らす。
「そうだった!ならパートナーも」
「ハッピー野郎で決まりだろォ!!」
「へ?どういうこと?クラージュ殿下は無理だと思うんだけど……」
「じゃなくてさ!」
ホロウくんは悪戯っぽい笑顔で、部屋の隅を示した。そこにあるのはたくさんの花輪と――未開封の贈り物たち。
「あーんなに贈り物くれる、熱烈なパートナーがいるじゃない!」
(え……)
「えええええええッ!!??いや、それはちょっとダメっていうか、あの」
「よっしゃあ!そうと決まれば、とっととコレ食っちまおう!面白くなってきたな!」
「とびきり華やかなドレスを選んで、どっさり宝石を飾って、一番キレイにしてあげる!手伝い代わりに、ヒマそうなメイドのオネエさんを何人かたらしこんでくるよ!」
「あのクソアマの鼻っ柱へし折ってやろうぜ!殴り込みだ!」
「武闘会じゃなくて舞踏会ですうッ!!」
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「リリベル様、おかえりなさいませ」
リリベルは部屋付き侍女に返事もせず、荒々しく化粧台の前に腰をおろした。
「ちょっと!モタモタしてないでさっさとドレスを整えてよ!」
まったく今日は散々だ。ローガン・ルーザーには相手にされず、小汚い使用人には見くびられて。
突き刺すような怒りがぶり返し、リリベルはひじ掛けに拳を打ち付ける。
「舞踏会では、おもいっきり恥をかかせてあげなくちゃね」
本来ライラが出る必要などない舞踏会にわざわざ呼び寄せたのは、ただの嫌がらせにすぎない。
だって昨日から気に入らないことばっかり。その原因はぜんぶ姉だ。今夜はせいぜいさらし者にしてやろう。前みたいに礼服を着てきたら傑作なのに。
「自分の立場を分からせるのも、妹の大切なつとめだわ」
今夜のリリベルは、ふんわりとシフォン生地が広がるクリーム色のドレスを選んだ。小粒の真珠が縫い取られ、動くたびにキラキラ輝く。胸元を飾るのは幾重にも連なった真珠の首飾り、薔薇色の髪にも真珠をちりばめて悪くない仕上がりだ。部屋付きに昨日何時間もマッサージさせたから、足首もほっそりと締まっている。
「素敵ですわ、春の妖精のよう」「今夜もみんなリリベル様に夢中になりますよ」
そんなこと言われなくたって分かってる。みんなが自分に寄ってくる。花に集まる蝶みたいに。一番気に入っている蝶がクラージュ・グラン・フォーリッシュだ。
舞踏会の行われる中央棟まで、馬車を使ってものの数分で到着する。護衛に見守られながら大理石の階段を上がれば、着飾った侍従が恭しく最上の礼をとった。なにも言わなくても、上級貴族だけが入れる非公開な談話室へと通され、そこではクラージュ殿下やノイマンが待っていた。今夜はフォールスとジェネラルがいない。残念だ。ふたりもお気に入りの蝶なのに。
クラージュ殿下はさわやかな若草色の装いだった。淡いクリーム色のネックチーフを、リリベルの瞳と同じ――菫色の留め具で飾っている。
果実酒を片手にとりとめのない話をするが、リリベルはローガン・ルーザーの話題を避けた。ノイマンも昼間の話を持ち出さない。あの変人は腐っても王族だ。
いよいよ会場入りがはじまったけれど、リリベルたちはまだ入らない。人が十分集まってからのほうが目立てて気持ちがいい。今夜もたっぷり時間がたってから、クラージュ殿下といっしょに堂々と入場した。入口の階段から会場の女たちを見下ろし、リリベルはうっそり微笑む。
――今夜も、わたくしが一番ね。
そのはずだった。最後の入場者が現れるまでは。
「どうして」
リリベルは目を離せない。リリベルだけでなく会場の誰もが、たったいま入場した男女を呆然と見つめている。
開かれた大扉、ゆるやかな階段の先にあったのは――美しい炎。
目も眩む鮮やかな金と、滴り落ちるような極上の深紅が、一対の炎のごとく寄り添っていた。




