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メイドは殴り合いがお好き

ローグさんからの贈り物は(暫定的に)空き部屋へしまわれている。わたしはアバリシアさんと一緒にそこへ向かった。


「あれ?ドアが開いてる」


(高そうな物ばっかりだから鍵かけておいたのに。お掃除してくれてるのかな)


中を見ると、三人の人影。


寄宿舎付きの侍女と学術院章をつけた護衛、それからどこかで見たご令嬢――たしかリリベルのお友達、フラッタリー伯爵令嬢だ。彼らはゴソゴソと家探しでもするみたいに、未開封の贈り物をのぞきこんでいる。


「……あのう、すみません。この部屋がどうかしましたか」


侍女がハッと身体を強張らせ、手に持っていた鍵を隠した。フラッタリー伯爵令嬢はバツが悪そうにそっぽを向いている。


「フラッタリー伯爵令嬢様、ごきげんよう。えっと、いい春の夕べですね」


「…………」


(あ、つらい。無視された。せっかくクレデリア様っぽく挨拶したのに)


かわりに、護衛さんがニコリともせず前に進み出てきた。


「これは失礼しました、ウェリタス侯爵令嬢様」


「いえ、急にお声がけして、こちらこそ失礼しました。ここにはわたしの私物が置いてあるんですが、なにかあったんでしょうか?」


「フラッタリー伯爵令嬢から『不審な部屋がある』とご用命をたまわり中を(あらた)めただけです。なにせ部外者の立ち入り連絡があった矢先ですから。差し出がましいようですが、いくら空き部屋であったとしても共有場所を私物化するのはいただけませんな」


侍女頭にお願いして部屋を使わせてもらっているから、寄宿舎付きの人なら事情を知っているはず。わたしは鍵を持っていた侍女を横目で見たが、彼女はこちらと目を合わせなかった。


「……すみませんでした、すぐ移動させます」


言い訳しても仕方がない。わたしはおずおず頭を下げた。

ハッと、鼻で笑う声。アバリシアさんだ。


「女を連れて密室を検分たァずいぶん余裕だねェ、色男」


護衛さんが気色ばむ。大柄な体躯が不愉快さで膨らんだように見えた。


「そこの召使、今なんと言った!」


「ああうるせェ。怪しい場所だと思うンなら、そこのフワフワご主人サマは置いてこいよ。なんかあったらあぶねェだろ。それともご主人サマたってのキボウで、このお部屋を見て回りたかったのかァ?一般寄宿舎(ここ)を使ってねェ上級貴族がわざわざご苦労なこった」


フラッタリー伯爵令嬢の顔色が変わる。侍女は口元を抑え、護衛さんは顔を歪めてアバリシアさんに飛びかかった。大きな手がアバリシアさんの胸倉を掴み上げる。


「ち、ちょっと!やめてください!」


思わず割って入ったが、あっさり突き飛ばされてしまう。かまわずもう一度、護衛さんの腕に取りすがった。


「ごめんなさい!手を離してください!今日わたしのところに来てくれたばっかりの人なんです!だから、えっと、しゃべり方とかまだ教えてあげてないだけなんです!悪気はなくて、いや、そのあの、と、とにかく悪い人ではなくて……っわ!」


今度はおもいっきり腰から着地してしまい、にぶい痛みに涙がにじむ。


「ウェリタス侯爵令嬢!下がっていていただけますか!」


護衛さんが声を荒げ、対するアバリシアさんは低くつぶやいた。


「気に入らねェ」


その瞬間、すぐ外で無数の(からす)が一斉に飛び立ち、けたたましい音をたてて窓ガラスが激しく波打った。あざ笑うような鳴き声が部屋中に響き渡る。


「きゃあっ!」


フラッタリー伯爵令嬢が耳をふさぐ。侍女は腰を抜かした。アバリシアさんの胸倉を掴んだまま、護衛さんは窓を睨んでいたが――その太い手首を、褐色の指先が握った。振りほどこうとした護衛さんが硬直する。


「……な、に?」


傍目には必死に身体をよじって、アバリシアさんの手を引き剥がそうとしているのに、彼女が捕まえている護衛さんの右手はまったく動かない。ミシミシと骨がきしむ音に、赤い唇が弧を描く。


「失せな腰抜け、お前からは()()()()()がなーんにもねェや」


アバリシアさんがパッと手を離すと、護衛さんの大柄な身体は勢いよく床に叩きつけられた。


護衛さんは幽霊でも見たように青ざめ震えている。異変に気付いたフラッタリー伯爵令嬢は「わたくしには関係ないですから!」とかなんとか叫びながら、大急ぎで退場していく。侍女と護衛さんはその背中を追い、一度だけこわごわとこちらを見て、挨拶もせずに去って行ってしまった。


「なんだ、逃げ足がはえェな。大丈夫か、ライラお嬢さんよォ」


「わ、わたしは大丈夫です!」


起き上がり、おそるおそる窓を見る。絵に描いたような穏やかな夕暮れ。


(さ、さっきのなんだったんだろう。カラスが急にバーッて出てきて、その間にアバリシアさんが護衛さんを追っ払っちゃった……)


「あの、ありがとうございました!アバリシアさん、とっても強いんですね!さっき掴まれたとこ、ケガしてないですか?あ……侍女服の襟がしわしわになっちゃってる……わたしひとりで来ればよかったですね、ごめんなさい」


アバリシアさんは目を丸くし、それからなぜだか爆笑した。ひとしきり笑ったのち背中をバシン!と叩かれて、わたしは前につんのめる。


「決めた!おまえはアタシの子分にしてやる!フニャフニャしてみえるけど根性あんじゃねェか!でも、ああいう手合いはアタシに任せとけ!今度あのツラ見たら歯が全部なくなるまでブン殴ってやっからよ!」


「い、いや、ええと……ありがとうございます」


(子分……わたしのメイドさんのはずでは。なんかアバリシアさんに伝えなくちゃいけないのは言葉づかいとかマナーとかそういうレベルの話じゃない気がしてきた……)


わたしは叩かれた背中めっちゃジンジンするをなでながら、こっそり変な人リストに名前を付けくわえた。




キンピカマント、セクシーポストマン、ムキムキデリバリー、ジャンキーガーデナー……ブリッコバトラー&チンピラメイド ←new!

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