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バベルニア帝国の怪物たち

ノートに、黒いインクが滲んでいく。


「大陸はこのように翼を広げた大鷲の形をしています。ここが聖フォーリッシュ王国」


セピア色のスライドが切り替わる。一切頭に入ってこない。先生の声が聞こえるだけ。


「こちらが西方諸国。小さな国々が集まっています。そして、この大きな部分が通称バベル――バベルニア帝国です。聖フォーリッシュ王国との間には大峡谷や深いハイドロの森がありますが、天気のよい日なら学術院天文台からバベルニアの塔が見えるはずです。広大な領地を有していますが、統治領であった近接国の内政に介入する傾向が強いため、国境でたびたび紛争が起こっています。雨が少なく寒暖の差が激しい環境で――はい、どうしました?エローネ嬢」


「魔法魔術の授業でマルス先生がおっしゃっていたのですが、バベルニア帝国には精霊がいない、というのは本当なんでしょうか」


「面白い質問ですね。確かにバベルニアには精霊がいないと言われています。精霊が暮らすには好ましくない環境だからでしょう。そのかわり……皆さんはバベルニアの旧国旗を見たことはありますか?エローネ嬢は?」


いいえ、とどこかの席から返事がする。世界歴史学のイストワール先生は、自身の資料から古い本を取り出し、開いたページを教壇に載せた。水晶板に新しいスライドが映し出される。


「これが旧国旗です」


無意識にのろのろと首が持ち上がり、視線がスライドで止まった。


「100年以上前に現在の国旗に変更されてから、今はほとんど見る機会がありません。中央にいるのが孔雀の羽根をもつ獅子、それを取り巻くように6つの動物が描かれています。歪な形で、どれも本来の動物ではありませんね。バベルニアにはこういった姿の『怪物』がいるといわれています。その伝説上の怪物たちは、我が国でいう加護のようなものを与えてくれ――」


なぜだろう。あの旗から目が離せない。


わたしは手からペンが滑り落ちていることも忘れて、小さなスライドに見入った。


(どこかで見たような気がする)


特にあの――旗の右下にいる赤い狼。


(……狼?あれが?)


自分の考えに自分で驚いた。小さな潰れかけた画像ではなんの動物かはもちろん、色も全然分からない。なのに、なぜか分かった。あれは赤い狼、そしてあの怪物は()()()()()()()()のだと。


(バベル……バベルニア帝国…………お母様の、故国)




バタバタと慌ただしい足音が聞こえ、現実に引き戻された。


駆けこんできたのは、医務薬務関係の先生だ。イストワール先生と一言二言話し、また別の教室に走っていく。イストワール先生はスライドを消して、こちらに向き直った。


「えー申し訳ないけど、今日の講義はここまで。さて、全体連絡になりますが、本日学術院で紋章を持たない部外者が出入りした形跡があったそうです。念のため、夜間の移動は複数人で行うようにね」



イストワール先生が去った後も、ほとんどの学生はそのまま教室でおしゃべりを続けていた。


「部外者ねえ、またどこかのおうちの付き人かしら」「いつものパターンだな。馬車ごと入場して個人紋章を携帯しなかったんだろ。自律魔術って案外不便だよな」「お昼どうする?」「よかった、今からやればレポートが間に合いそう」


にぎやかな周囲から切り取られ、わたしはぼんやりと授業の計画表を眺めた。


「……次は、夕方の舞踏技術か。半日も空いちゃった」


学術院は講師陣も特権階級が揃っているから、授業計画は非常にゆったりしている。朝の授業、午後の授業、夕方の授業と1日に3つくらいしかないのだ。


なにもない時間ができると、また心が重たくなった。


(クレデリア様に……はっきりと軽蔑されてしまった)


わたしがいけなかった。もっと魔法をちゃんと操れれば。みんなに直接謝りに行けば。総会にもすぐ報告していれば。


(でも、キンピカさんの手を取ったのは、いけないこと、じゃなかった……と思う)


ますます胸が苦しくなる。

わたしなんかに親切にしてくれたから、キンピカさんまで悪く見られてしまった。


(もう会えない)


最後に聞けるなら聞いてみたかった。どうして、わたしに関わってくれたのか。


クラージュ殿下の婚約者だったからだろうか。今頃わたしの悪評を聞いて呆れているだろうか。次会ったときも……あの目で、接してくれるだろうか。


(なに考えてるんだろ、わたし。もう会っちゃダメなんだってば)


未練がましい想いを、頭を振って追いやる。

決心した。


プレゼントの贈り主は、届けてくれた業者さんに聞こう。キンピカさんだったら男子寄宿舎に連絡をとって、お礼といっしょに返せばいい。それからクレデリア様に謝罪のお手紙と、総会へ報告書も作るんだ。


(会えなくなったって……親切にしてもらった思い出がなくなるわけじゃない)


「だから、がんばろう」


バーンッ!!!と大教室の扉が開かれ、蝶番が弾け飛んだ。


「ラーイラッ!!ジャムサンドイッチの時間だぞッ!!!」



わたしの決心って一体。

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