リリベル・ウェリタスの屈辱
結局、待てど暮らせどジェネラルは戻ってこなかった。
『水辺』への道を進みながら、ノイマンはもう不満を隠せもしない。共犯者がいるならともかく、ひとりでローガンの案内を放り出す度胸はない。一応学術院長直々のお達しなのだ。
この暑苦しいほど煌びやかな男を、うちのリリベルに紹介するのは癪に障るが仕方ない。リリベルにまで抱き着かないよう目を光らせていなくては。
ノイマンは扉が開いたままの『水辺』の談話室へ、声をかけながら入った。
「失礼、新しい入学者をお連れしましたよ」
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想像以上に魅力的な男性だと、リリベルは内心喜ぶと同時に苦々しくも思った。
授業では遠目にしか見えなかったが、人によってはクラージュ殿下たち以上に好まれるかもしれない。線の細い聖フォーリッシュ王国の男性陣とちがい、凛々しく野生的で、なんとなくまとう『危険な雰囲気』が箱入り娘にはたまらないだろう。
こんな人が、何故姉を助けるような真似をしたのか。
火柱のインパクトが大きすぎて誰もそこに注目しないが、結局彼は姉を助けに現れたように思う。恥をかいて泣き寝入りするはずだった負け犬に、思いがけない手助けをして救った。あれは姉の魔法ではなく、きっと彼の魔法だ。姉が自分より優れているはずがない。どちらにせよ、ローガン王子の登場で光魔法はすっかりかすんでしまった。おもしろくない。
さらに気に入らないのは、あのときすでにふたりが名前を呼びあう仲だったこと。実技授業の前にどこかで会っていたのだ。自分が先に会っていれば、と心底腹が立つ。
黒い内面をひた隠し、リリベルはノイマンに紹介されるより先に、ローガンの前に走り寄った。いかにも待ちきれなかったふうに。これはどんな相手にも有効だ。
実際待ちきれなかった。
このあとはさっさとノイマンを追い払い、ふたりだけでランチといきたいところだ。そこで姉との出会いに探りを入れよう。殿下はルーザー国を相手にする気がないのか午後の授業まで出てこないらしいし、年齢は上だろうがローガン王子はリリベルと同じ1回生になるのだ。仲良くなって損はない。
なにより、この華やかな男を隣に連れて歩いているところを、学術院の連中に見せびらかしたかった。特に姉に。きっといつもの陰気な顔でうらやましそうにするに違いない。考えるだけでワクワクした。
「ローガン・ルーザー王子殿下!リリベル・ウェリタスと申します!」
リリベルは優雅に膝を折ってお辞儀し、とっておきのとろけるような微笑みを見せた。両手を胸の前で組み、ぐっと押し上げると白い胸元がリボンの隙間からのぞく。
「お会いできて光栄ですわ!昨日の実技授業のときお姿を拝見してから、お話をしてみたいと思っていたんです」
ノイマンは、さりげなくリリベルとローガンの間に立った。
「彼女は、我が国でも珍しい光の精霊の加護を得ているんです。王妃様と同じ聖なる力で、大聖堂は彼女の卒業を今か今かと待ち構えていますよ」
「ああ、君の光魔法は見た!素晴らしかった!」
「まあ、うれしい!」
ローガンは晴れやかに笑った。
「ピカピカと光って、蛾を集めるにはちょうどいい!!」




