贈り物にはご用心
嫌な予感がした。
あんな事件を起こしたあとだから、文句を言おうとだれか待ってるのかもしれない。それとも嫌がらせのお手紙が送られてきたのか、まさか絶対ないとは思うけどお部屋を荒らされちゃったりしたのかも。
侍女に付いて小道を走り、門をくぐり前庭を通り抜ける。
寄宿舎はとても広い。楔石に彫刻がほどこされた無数のアーチやコルセットみたいに四方へ広がる柱、目が回るような高い円天井に、聖堂時代の名残が残るモザイク硝子の大窓、美しくて立派な石造りの建物だ。
こんな素晴らしいところに住むことができてうれしい、といつもはひそかな自慢に思っているが、今は不吉な気持ちで見るせいか魔窟めいて見える。
息を切らして階段を駆け上がり、ようやく自分の部屋がある廊下に辿り着き――さっそく異変に気が付いた。
「なに、これ」
嫌な予感は、ぜんぜんちがう方向に裏切られた。
廊下に、ずらりと花輪が並んでいる。
まちがいなく花輪だ。店舗の初オープン時に『祝開店』とか書かれて入り口に飾られているアレだ。花輪には『お誕生日おめでとう!ライラ・ウェリタス侯爵令嬢』とでかでか記されている。
そのほかにも、たくさんの贈り物が廊下中にある。
見たこともないような豪華な花束、可愛くラッピングされた焼き菓子、チョコレート、果物やお花の砂糖漬け、巨大な瓶詰めのキャンディ、出窓に置いてある箱には宝石みたいなケーキがいくつも入っていた。
なめらかなベルベット生地の箱、絹やレースのリボンがかけられた箱、金色の模様やロゴが入った包み紙の箱は、見るからに高級そうで怖すぎてさわれない。装丁が美しい本もあれば、額縁にはまった大きな絵画(カタツムリの絵だ)まである。
でっかいクマのぬいぐるみが部屋の前に座っているのを見て、わたしは頭が痛くなってきた。
そのクマを運び込もうとしていたふたりの男性が、わたしに気付き立ち上がる。
「あなたがライラ・ウェリタスさんかな?」
「お届けものだ」
配達員の恰好をしているが、明らかに配達員ではない。
ひとりは、30歳半ばかと思われる甘い顔立ちの美丈夫。切れ長の目や薄い唇、すらりと引き締まった体躯は、郵便配達員の恰好よりビシッとした正礼服が似合いそう。長い髪が額に数本かかって、それがとっても色っぽい。そう、絶対に郵便配達員ではない。
もうひとりは、40歳程度の天を衝くような大男。刈り込まれた短髪の下、三白眼ぎみの小さな瞳は、小動物くらいなら睨み殺せそうな迫力がある。筋骨隆々、胸元は配達員の制服がはじけ飛びそうに鍛え上げられ、二の腕は太さがわたしの腰くらいある。重ねて言うが、絶対に郵便配達員ではない。
キンピカマントの次は、セクシーポストマンとムキムキデリバリーだ。
(どうして、どうしてこんなことに……)
白目になって現実逃避をするわたしに、ムキムキデリバリーがのしのしと歩み寄る。
頭蓋骨を粉砕できそうな分厚い手のひらで、小さな(普通サイズの)伝票を差し出した。
「こちらにサインをお願いします」
「…………ひ、う、受け取り、拒否ってできないですよね……?」
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学術院のメインストリートを、ふたつの影が歩いている。
「ずいぶん可愛らしいお嬢さんだったな。本当に彼女が例の魔女なのかね、ボア将軍」
呼びかけられた強面の大男は目を細める。
「黙ってろルクス。今の我々は『ただの宅配便のおじさん』だ」
「……私も大概だけど、あんたは違和感がすごいぞ……そんな配達物を片手で握りつぶしそうな配達員には荷物あずけたくないな」
「貴様も握りつぶそうか」
「やめて」
「確かに『強欲』や『暴食』がこちらに来て騒ぎを起こす前に、本物か見極める必要はあるが」
「え?ふたりとも明日にはこっちに着くぞ?ルーザーの砦攻略終わったってさ。報告してなかったっけ?」
「……聞いていない」
ボアは無表情のまま「こいつはやっぱり握りつぶそう」と思った。




