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聖女、結界の向こう側へ行く

 ルーチェの出入り口。本来ならば信者や観光客のための馬車が行き来する場所だが、今は結界が張られてしまい、人が出入りすることは困難を極めている。

 残念ながら結界の内側からは外側の様子を見ることができない。アンナリーザは結界の壁に錫杖を突き刺すが、当然ながら物理的な手段では、結界を突破することはできない。


「ふむふむ……やっぱりここは、結界が張り巡らされたときから変わってないって訳ね」


 カルミネはリビングデッドの動きにドキドキしながらも、アンナリーザの言葉に相槌を打つ。


「本当だったら、この辺りにほころびがあったんですけど、今は塞がれているみたいで」

「宮廷魔術師たちも、交代して体力温存に努めているみたいだから、呪文が途切れたところで、わずかにほころびが生じるんでしょうけど……」


 アンナリーザは結界のほころびを探している中も、カルミネはきょろきょろとリビングデッドを探していた。

 もし見つけたら逃げなければいけないし、そもそも日が高くなってきたのだ。日が傾きはじめる前に帰らなかったら、また神殿に向かうリビングデッドに鉢合うし、噛まれるリスクが高まる。

 そうハラハラしている中、アンナリーザは言う。


「そもそも、私たちを閉め出した結界に、ほころびが生じるっていうのがおかしいのよ。可能性はふたつ。宮廷魔術師たちの身になにかあったか……」

「いや、宮廷魔術師になにかあったら、そっちのほうがまずいのでは?」


 能天気なカルミネではあるが、王都フォッラを守っている騎士団に宮廷魔術師になにかがあったら、国が揺らぎかねないことくらいはわかる。

 ……もっとも、宮廷魔術師は戦場にも駆り出される身なのだから、アンナリーザみたいに国内の結界を張り続ける余力はないようだが。

 アンナリーザも「ええ」と頷く。


「宮廷魔術師がそんなことになったら、国が揺らぐからねえ。それはないと思う。もうひとつは、だけど」

「はい」

「……見せ罠じゃないかって思うのよ」

「見せ罠とは?」

「元々、国王はルーチェを放棄して私を手元に置きたがってたからねえ。まだ聖女が見つかってない以上は、私を手元に置いて安心して、リビングデッドごと宮廷魔術師に聖都を総攻撃させる気じゃないかって」

「ええ……!」


 元々は、アンナリーザが聖都に居残っている理由は、彼女がいる以上は、聖都を攻撃できないからだとは、昨日も聞いた話だった。でも。

 彼女が調査に行くように仕向ければ、話は変わってくる。そのまま彼女を確保してしまえば、聖都はリビングデッドに乗っ取られてしまったために殲滅する、大変に遺憾な事件だったとでっち上げてしまえば、聖女人気で目を光らせている国民も欺けるだろう。

 カルミネはラビアたちはじめ巫女たちや、戦っていた騎士たち、あそこで今も避難生活を送っている信者たちやルーチェの住人たち、旅一座を思う。

 あれを全員見殺しにする気なのか、本気でと。


「じゃ、じゃあ……どうしてここにっ!? それこそ騎士や他の神官なり巫女なりに行かせれば……!」

「王都も私を利用したがってるからねえ。結界のほころびをつくったら絶対に神殿関係者が見に来ると踏んだんじゃないかしらね。そのときに聖女を見つけたら、そのまま王都に連行するんじゃないかと」

「あ、あなたは、自分のことをなんだと……!?」


  カルミネは信じられないものを見る目をアンナリーザに向けた。しかし彼女は平然としている。


「だって、向こうに重宝があるんだもの。結界を突破したいに決まってるでしょ。向こうもリビングデッドをかいくぐってさらいに来てくれない以上、私のほうから出向いてあげたのよ」


 カルミネは彼女の物言いに、ただただ絶句していた。

 いったいなにを食べたらこうなるのか。オリハルコンか、ミスリルか。彼女のやっていることは向こう見ずではあるが、決して捨て鉢になっている訳でもない。

 彼女は最初から、これ以上犠牲者を増やさないようにすることしか考えていない。


「……いったい、どこをどうしたら、あなたみたいなのが聖女になるんですかぁ……」

「あら、祈りを捧げるだけでなにもかもが解決して、魔力も全部回復できて、リビングデッドも完全に浄化できて、聖都が元に戻るんだったら、いくらでも奥ゆかしい聖女になるわよ? そうならないから、魔力供給に重宝が欲しいのであって」

「いや、そうなんですけどぉ……」


 カルミネは頭を抱えているときだった。

 聖都の人気のない門に、ガサガサと音が響いたのだ。風ひとつ吹かないこの場所で、砂塵が吹き抜けることはまずない。


「ゲゲッ……ゲッゲッ……」


 犬のような姿勢を取ったリビングデッドが、四つん這いのまま勢いよく走ってきたのだ。吐き出す声は、リビングデッドの無音よりも不気味な上に、そもそも既に人の声帯が出していい音ではない。


「……リビングデッドもやっぱり進化しちゃってるわね」

「進化ってなんですか!? あれ進化ですか!? どう見ても噛まれただけじゃあんな動きしないでしょ!?」

「とりあえずあなた、石でもあれに投げて! ここからじゃ、錫杖が届かない!」

「そんな物理的な!?」


 それでも、石を投げる以外に、今は迎撃手段もないのだ。

 カルミネは泣きながら石を拾うと、それをリビングデッド目掛けてぶん投げる。四つん這いのリビングデッドは、そのまま石を頭に当てて「ゲッ!」と声を上げる。

 一瞬姿勢がつんのめったのを確認して、アンナリーザとカルミネは走りはじめた。昼間のリビングデッドは動きが鈍いはずなのに、あの四つん這いのものは、夜のリビングデッドと動きに遜色がない。

 まずい、まずい、まずい、まずい。

 心臓をバクバクさせながら、ひたすら走っている中。

 見えないはずの透明な結界が、わずかに透けて外の景色が揺らめいて見えることに気が付いた……結界がわずかにほころんでいる。そこ目掛けて、アンナリーザは錫杖を突き立てた。

 本来ならば物理的な方法では、結界のほころびを突破することはできないが。


「カルミネ!」

「ひっ、は、い……!!」


 無理矢理手で結界をかき分けても、見えているはずなのに感触がない。でも目の前の視界が急に開けるのだ。

 聖都ルーチェ全体を取り囲むようにしてできている門の外は、草原が広がり、街道が敷き詰められ、王都までの道がまっすぐに伸びていることに。

 手を離してみたら、結界はすぐに元に戻った。

 カルミネが振り返ると、たしかに白亜の街並みがあり、四つん這いのリビングデッドが徘徊しているが、結界に鼻先をぶつけると「ゲゲゲッ」と上げてはいけない音を上げてひっくり返り、これがリビングデッドではなく犬であったらと思わずにいられない自分に絶望した。


「……聖都から、出られたわね」

「は、はは、は……本当に、外に出られたぁ……」


 カルミネはそのまま地面に座り込んだ。

 アンナリーザは錫杖を構えたまま、辺りを見回したとき。

 首元にひやりと金属が押し当てられたことに気付き、カルミネは固まる。


「結界の外に、聖女様以外が!? 何者だ!?」


 首に当てられた金属には、国の文様が刻まれていることに気付き、カルミネはダラダラと汗をかく。王国騎士団のものだ。


「お止めなさい。私の友人です」


 途端にアンナリーザがピシャリと声を上げ、騎士は金属を下げる。それは剣だったことに、ますますもってカルミネは冷や汗をかいた。


「……聖女様、ご無事でなによりです」

「ようやく聖都を放棄する決心を……」

「誰が国民を、我が信者を見捨てると申しましたか。国王に謁見を希望します」

「そ、それはいくらなんでも……」


 よくよく見れば、結界を維持している宮廷魔術師たち以外に、王国騎士団が布陣しているのに、カルミネはますますもって呆気に取られる。先程アンナリーザが言っていたことを思い出す……彼らは、大儀さえあったら、いつでも聖都を攻め滅ぼす気なのだと。

 同じ国民だというのに。リビングデッドが現れた理由だって、神殿側の落ち度ではないというのに。

 カルミネはそろそろとアンナリーザのほうを見上げる。アンナリーザは凛とした眼差しで、錫杖を持ち、なおも言い募る。


「……聖女アンナリーザ、国家を揺るがす情報などいくらでも持っています。私が仮に他国に亡命して我が信者たちのために他国と提携したとき、困るのは国王ではなくて?」

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