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聖女、神殿に到着する

 しばらくアンナリーザとカルミネは必死で走っていた。

 白亜の都には誰もおらず、ときどき出てくるリビングデッドは、全てアンナリーザが錫杖で殴りつけて追い払っていた。


「あ、あの……こう言っては難ですけど!」

「な、に、よ……!」


 ふたりとも長いこと走って、だんだんと脚がもつれてきている。

 しかしそろそろ夕闇が迫り、夜がやって来る。それまでに神殿に到着しなかったら、命の保証はない。

 息が荒く、しゃべることも困難な中、カルミネは思ったことを口にした。


「聖水とかって、ないんですかね? ほら、聖水があったら、リビングデッドを浄化できるんじゃ……」

「そんなものある訳ないでしょ。というより、私よりも信者さんたちに使うわよ。あと怪我人」

「そんな……」

「真水自体は問題ないの。リビングデッドが徘徊していても、真水で洗いさえすれば無事だから。でもリビングデッドを浄化できるだけの量の聖水は、もうないわ。国は食料こそ送ってくるものの、ケチってるのよ」


 その言い方に、カルミネは絶句した。

 この国は、聖女の祈りによる結界によって持っている。実際、他国では山はドラゴンの、畑はゴブリンの被害が尋常じゃなく、小さな村ひとつが消失する悲劇は後を絶たないが、この国では結界のおかげで魔物の侵入がまずなく、畑が魔物で荒らされてひもじい思いをすることも、行路をドラゴンに壊されて流通が止まることもない。

 その聖女を聖都を覆う結界の中に閉じ込めて、聖水のひとつも寄こしていなかったのか。いくらなんでも、それは罰当たりでは、とは信仰心の薄いカルミネですら思う。

 アンナリーザは顔に汗で貼り付いた髪を指でときながら嘲笑う。


「同情なんていらないわ。感謝よりも物資のほうが欲しいくらいだし。本当だったらあることないこと酒場で言って回る吟遊詩人なんて捨て置いてもよかったんだけど」

「じゃ、じゃあ……どうして助けてくれて……」

「そんなの決まってるでしょ。目覚めが悪いからよ。私、魔力切れ起こしているとはいえど、聖女よ。あんたがこの国の者である以上信者なのだから、聖女として保護する義務があります」


 彼女はそう言って走る。

 カルミネは思わず彼女をまじまじと見た。

 彼女の美しさは、顔のパーツひとつひとつの美しさから来るものではない。その聖女としての矜持、誇り、プライドから来る姿勢の正しさこそが、彼女の美しさをつくっているのだ。

 なんということだ、とカルミネは思う。

 こんな聖女と呼ぶべき人を、結界で聖都に閉じ込めているって、この国どうかしているんじゃないか。

 とはいうものの、実際問題ここはリビングデッドが徘徊しているものだから、結界を張って、ルーチェごとなかったことにしてしまったほうがいいという、国の考えもわからないでもない。

 そうこう言っているうちに、大きな柱が見えてきた。

 神殿だ。本来なら拓けていて、信者なら誰でも大歓迎という風情なのだが、今は様子が違う。その前には大量に棺が積まれて、壁を形成していたのだ。

 アンナリーザが叫ぶ。


「私です、アンナリーザです! 民間人を保護してきました!」

「アンナリーザ様! すぐにお入りください!」


 途端に棺がガタガタ揺れたと思ったら、装備を付けた人々が顔を出した。神殿騎士の人々が、棺の壁を守っていたのだ。

 神殿騎士たちが開けてくれた隙間からアンナリーザとカルミネは中に入る。

 途端に、アンナリーザは自身の着ていた神殿装束に手をかけた。元々ただ立っているだけでもスタイルのよさが際立つというのに、なんなのか。

 カルミネは「あわわわわ……」と狼狽えていると、控えていた巫女から咎めるような声を上げられる。黒い髪に金色の瞳が鋭い、猫を思わせる少女であった。


「大変申し訳ございませんが、民間人のお方、服を脱いでくださいませんか?」

「えっ……どうして……そもそも聖女様が服を脱いで……」

「呪いがかけられているかもわかりませんので、あらかじめ神官様たちに診てもらってからでなければ、神殿内に入れる訳には参りません」

「え……」

「ほら、聖女様も既に神官様たちの元に向かわれていますから」

「わ、かりました……」


 お年頃ともいうべき巫女の前で気恥ずかしくなりながらも、カルミネは着ている服に手をかけた。彼はオーソドックスなチュニックにパンツという出で立ちだったから、すぐに真っ裸になってしまう。

 しかし巫女は気にする素振りもない。そもそも巫女たちは、神殿で保護している人々の世話も担っているのだから、人の裸は見慣れていた。残念ながらカルミネの思っているような邪な考えは微塵もないため、さっさとカルミネを神官たちの前に送ると、彼女自身もせかせかと神殿の奥へと引っ込んでしまった。

 裸になったカルミネを、神官たちは真剣な顔で彼の周りを見る。


「君、普段はなにを?」

「ええっと……元々は王都の酒場で吟遊詩人を行っていました……」

「全く……こんなところまでやって来て。わざわざ結界を突破してやって来るのは、勇気ではなく蛮勇とか無謀とか言うものだよ」

「うっ……聖女様にも言われました」

「聖女様も、自分自身を大事になさらないから……だから君みたいな若者を助けに行ったりするんだよ。君も聖女様の優しさに感謝なさい」


 神官たちは、全員が全員、あまりにもカルミネに対して冷たかったものの、彼に呪いがかけられてないのを確認してから、先程服を脱ぐよう促してきた巫女が用意した服に着替えて、ようやく神殿の中に入ることができた。

 巫女が用意したのは、白い神殿装束で、カルミネが好んで着ているものよりも地味だが布地の質は驚くほどいい。その肌触りに感動しながら、カルミネはようやく神殿の中へと入っていった。


「あの……俺の服は?」

「外からいらっしゃった以上、神殿の中の方々を刺激しかねませんから、今洗っています。乾きましたらお返ししますから、少々お待ちください」

「ありがとうございます……ところで、アンナリーザ様……聖女様は?」

「アンナリーザ様は現在、呪いの確認を済ませてから、祭壇に祈りを捧げてらっしゃいます」

「え……ちょっと待って、アンナリーザ様。魔力が既に切れてらっしゃると……」

「ええ、切れてます。切れてますけど、現在の神殿には魔力供給の重宝がございませんもの。全て怪我人の治療やリビングデッドになりかけた人たちのための解呪に使ってしまってございません。ですけど、アンナリーザ様がお祈りしなかったら、国の結界がほつれてしまうじゃないですか。そんなことになったら、誰がどう責任を取るおつもりで?」


 神官たちもだったが、巫女もまた、ものすごくカルミネに対しての当たりが厳しい。

 自分そこまで悪いことをしていたのかと、今更ながら反省するが、どっちみち外から中に入ることはできても、中から外に出ることが難しいのが、ルーチェ全体に張り巡らされた結果だ。しばらくはここに滞在するほかあるまい。

 カルミネは冷たい巫女に「あのう……」と声をかける。


「なんですか」

「君、名前は?」

「私は神に仕える身ですので、逢い引きは神殿を出てからおこなってください」

「いや、そうじゃなくって。アンナリーザ様のことを教えてくれたから、その感謝も込めて」

「……ラビアです」

「そっか。ねえ、ラビアちゃん。アンナリーザ様は魔力が枯渇しているのに、どうやって神に祈りを……?」

「そんなの決まっているじゃないですか」


 ラビアは目を細めた。


「命以外に、魔力の代わりになるものがあるんですか」

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